第4話必死の懇願

 立ち上がって去ろうとして俺の足に、OL岩倉真美が必死にしがみついてくる。


「アナタしかいないんです! 私を助けてくれるのは!お願いします! 食料をもっと分けてください!」


「助ける、だと? なんで赤の他人であるアンタを、俺が助ける義務があるんだ?」


だが俺は冷たく突き放す。


 何故なら今は非常時。

 どう考えても他人の命まで構っている状況ではない。

 最優先で自分の命を、自分自身で守る必要があるのだ。


「――――っ⁉ そ、そんな……で、でも沖田さんは、この食料を分けてくれたじゃないですか⁉ それって優しい人だからですよね⁉」


「俺が“優しい人”だと? 勘違いするな。その食料を渡したのは、一週間の情報を提供してもらった“対価”だからだ。もしも、もっと食料が欲しければ、他の対価を出して交渉してこい」


 一週間寝込んでいた自分にとって、真美の情報は二日分の食料の価値があった。


「ほ、他の対価……って、もう私が知っていることは何も……」


 部屋に引き籠っていた彼女には、これ以上の情報はなかった。

 俺の足に抱きつきながら、彼女はアワアワしている。


「そ、それならお金を支払います! お財布に二万円ならあります! 足りないようでしたら、こっちの通帳に五十万円くらい入っています! 全部対価として支払うのでお願いします! 食料をもっと分けてください!」


 真美は財布と通帳口取り出し、俺に差し出してきた。

 短大二年間のバイトと、OL一年間で貯めていた預金。まだ21歳の彼女にとって大事な全財産だという。


「金で支払うだと? 本気で言っているのか? 一週間以上も何の救援活動がないこの無政府状態で、そんな紙ペラや数字が役に立つと、本気で思いっているのか? それなら今すぐ近所のコンビニでも行ってこい」


「コ、コンビニ⁉ でもマンションの下は、あいつら子鬼ゴブリンが……うっぷ――――」


 ベランダから見てきた惨殺を思い出したのだろう。真美は思わず吐き出しそうになる

 この分だと一人でマンションから出ていくのは無理だ。


「理解できたか? つまり今の俺が対価として欲しいのは、食料と綺麗な水、燃料。あと必要な情報……つまり人間の欲を安全に維持できるモノだ」


 人間は生きていく上で“生理的欲求”を満たす必要がある。

 その中でも更に大事な欲求カテゴリーは、有名な三大欲求。「睡眠欲」「食欲」などだ。


 サバイバル状態では人間は特にこの欲を必要とする。

 つまりサバイバル活動とは大げさに言えば、三大欲求を満たすための活動なのだ。


「そ、そんな……綺麗な水も食料も、他の情報も私は持っていません……そんなの無理です……」


 対価の内容を聞いて、真美は更に泣きそうになる。

 何故なら彼女が必要としているのも食料と綺麗な水なのだ。


 つまり俺が助けるべき対価を、彼女は何も有していないのだ。


「そうか、何も出せないのか? それじゃ、俺はいくぞ」


「――――お、沖田さん⁉」


「タダで助けてくれるお人よしが、餓死する前に助けに来てくることを、祈っておく」


 呆然としている真美を放って置き、俺は部屋を急いで出ていこうとする。


 できれば明るいうちにマンションの周囲を確認したからだ。


「ま、待ってください! 今、沖田さんに、見捨てられたら、私、絶対に死んじゃいます……」


真美は言葉を失っている。

最後の希望だった俺に見捨てられて、自分の死を確信しているのだ。


「死……か。それなら、コレをやる。あとは自分で何とかしてみろ」


 俺は個人主義だが鬼ではない。

仕方がないので少しだけヒントを出してやることにした。

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