第24話 バージニアの王女編 24

 彼女は覚悟を決めていた。

 揺らぐことの無い決意を秘めて、手にした短剣を自身の喉元目掛けて突き入れようとしていた。

 これより先に自身を待ち構えているのが、死よりも苦しい牢獄の生活。それならば、命を絶つ以外に道はない。

 生きる価値は、生きている間に行った事で決まる。

 その点において、彼女は自分のすべきことを成し遂げたと思っていた。

 これから起こる悲劇を、最早誰にも止めることは出来ない。

 命を奪う刃が勢いよく刺さろうとした時。



「やめてぇぇえー! ぁぁあー!」



 絹を裂くようなロゼの声が部屋に響き渡った。

 喉元に刺さろうかと思われた短剣が、寸前でビタリと手が止まった。

 ロゼの声を耳にしたカナンの女性。その表情は明らかに驚愕していた。

 あり得ぬことだった。

 長い年月の中で、ほんの一瞬ともいえる僅かな時間一緒に過ごしただけ。それは毛筋ほどの短い時間。だというのに、ロゼは正確にカナンの女性の名前を言い当てた。

 カナンの女性は発した本人の方を振り向く。

 そこには涙が頬を伝いながらも、鋭く睨む様子のロゼが居た。




「ロゼ……様?」

「イザベラ! あの時の約束は嘘だったのですか! 必ず生きるという約束は!」

「それは……」

「それだけではありません! 貴女と約束しました。貴女が困っている時、私は必ずあなたの力になると。私は貴女を失いたくない……私の友達なのですから」



 その言葉がカナンの女性……イザベラの感情の堰を切った。

 彼女にしてみれば信じられない事だった。

 長い月日を経ても、その思い出が風化していなかった事が。

 短剣を持つイザベラの手は震えていた。あれほど揺るぎない決意を秘めたはずだというのに、ロゼの一言は彼女の決心を揺らがせてしまった。

 気丈な顔から漏れる感情の想いが、涙となって溢れる。



「ロゼ様……私は、私は!」



 力を無くした手から、するりと短剣が抜け落ちる。そして、その場で泣き崩れるイザベラ。彼女は既に自身の命を絶つ気持ちは完全に消え失せていた。

 それを間近で見たエミリアは剣を鞘に納め、王女の横に居座るゴードンの方に目を向けた。



「私の勝ちでいいわよね? ゴードン」



 最早誰の目から見てもエミリアの勝ちというのは疑いようがない。だが、この勝利に難癖をつける人物がいるとすれば、やはりゴードンであろう。

 相手の出方を伺うエミリア。ゴードンは気に食わなさそうにふん、と鼻を鳴らすと。



「その女は既に戦意を喪失しておる。お主の勝ちだ」

「……どうも。あ、それとこの女性はこっちが預かるわよ?」

「好きにするがよい」



 関心なさそうに吐き捨てるゴードン。

 エミリアはその場で泣き崩れているイザベラに対して手を差し出す。



「……何の真似だ、白金騎士」

「その傷だと歩くのが難しいでしょ? だから手を貸してあげるわ」



 差し出されたエミリアの手をイザベラは押しのける。



「必要ない。これしきの怪我……!」



 立ち上がろうとするが、直ぐにバランスを崩して倒れそうになる。だが、それをエミリアは受け止めてそのまま肩を貸す。



「だから言ったじゃない。その怪我で歩くのは難しいって」

「……私は敵だぞ」

「もう私と貴女の決着はついたのだから、争う理由はないわ。協力する理由ならあるけどね」



 片目を一瞬パチリ、と瞬きするエミリア。

 不思議であった。先程まで命のやり取りをしていた筈だというのに、エミリアはまるでそんな事無かったかのように打ち解けてしまっていた。

 それにつられるように、イザベラも僅かに残っていたわだかまりが消えてなくなる。


 エミリアに体を預ける形でゆっくりとイザベラは後ろで待っているウェイン達三人の下へと連れていかれる。

 動けないイザベラをエミリアは壁際に下ろし、三人の方へと足を運び集合する。



「すげぇ、レーゼさん凄い強いんですね!」



 目を輝かせ、帰ってきたエミリアを迎えるウェイン。



「まぁ、実力だけなら正直負けていた可能性も十分あったわね」

「その鎧が魔装なのか、エミリア」



 ゲオルグはエミリアが身に着けている鎧に目を落とす。



「ええ。バージニアに伝わる最強の鎧。これを身に着けれる者にはその強力な加護が受けられる」

「それをオレが身に着ける事はできないのか?」

「無理ね。この鎧は特殊で、他の者には一切受け付けてくれないわ。私を含めて三人だけ。魔装って言うのはそういう物なのよ」

「持ち主を選ぶ装備……か。使えない装備に未練がましくなっても仕方ない、目の前の事に集中するとするか」



 ゲオルグは視線を最後の一人に向けた。

 ゴードンは何をするわけでも無く、ただ黙ってウェイン達が居る方を見ていた。



「気を付けてゲオ。ゴードンには何か裏があるわ」

「どうして言い切れる?」

「あの余裕さよ。私達が戦っている間も、アイツは何も言わなかったし、味方の援護もしなかった。そして、私達を前にして逃げ出す気配もない。きっと、何かあるわ……私達を全員相手にしてもなんとかできる方法が」



 追い詰められたゴードン。

 手持ちの駒二つを失い、残されたのはゴードンただ一人。最早丸裸も同然。

 だが、その表情からは焦りの色はまるで見られない。ゴードン・アドムは未だその表情を崩す事は無い。


 それもそのはず、彼にとって全てが想定の範囲内……いや、予定通りなのだから。



 

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