第8話 バージニアの王女編 8


 声のした方向に全員の視線が誘導される。

 そこには、若い男が立っていた。

 頭を青い布で巻き、全身を青一色に染め上げた外套を身に着けていた。その男の傍らに、剣と鎧で武装した屈強な男が守護するよう両隣に立っていた。

 その男を見た住民達はざわつき始める。



「その二人はこの『ロイ・ハワード』の客人だ。文句がある奴は、前に出ろ。このおいらが相手をしてやる」



 男が勇ましい名乗りを上げると、蜘蛛の子散らすように住民達は逃げていく。一人もいなくなった後、ハワードと名乗る青い布を巻いた男がウェインに近づいてくる。



「久しぶり、ウェインの兄貴。元気にしてた?」

「え? 俺の事を覚えていてくれたのか?」

「ったりめえだよ! 何処の世界に兄貴を忘れる馬鹿が居るんだよ!」


 ハワードはウェインの背中から腕をまわして肩を組み、ウェインの頭をわしわしと掻きまわす。


「一体、二年も何処ほっつき歩いていたんだよ兄貴!」

「悪い、悪い! こっちにも色々と事情があるんだよ」

「なんだ弟子よ、お前兄弟が居たのか?」

「あ、いや、血のつながりはないんだけど、俺を兄貴と慕っているのがこのロイなんだよ」

「ん? 兄貴、この美人さんは?」

「ああ、紹介するよこの人は――――」

「私の名はエルーニャ・ウィンタリー。この名を聞けば分かるだろ?」



 沈黙。

 気まずい空気が流れた後。



「あ、いや、全然知らないです」



 ハワードは申し訳なさそうに言う。それを聞いたエルーニャは怪訝な顔を浮かべる。そして、エルーニャの口上は何時もの事なのでウェインは何も言わなかった。



「ところで、いきなり兄貴が帰ってきたのには何か理由があるんだろ?」

「分かるのか?」

「そりゃ、好んでこんな場所に帰ってくる奴はいないでしょ。それで、どうして帰ってきたんだよ?」

「いや、実はお前に用事があってさ」

「おいらに?」

「昔、お前が情報を集めていたの思い出してさ。今はどうなのか分からないけど、今もやってるのか?」

「ああ、そう言う事ね……なら、ついてきて」



 踵を返し、ハワードは歩き始める。ウェイン達はハワードの後ろをついていく。

 ハワードは無法区画の奥へ向かって歩き続け、ある場所で立ち止まった。

 目の前には無法区画にあるとは思えない程、大きな屋敷が立っていた。素材も木材ではなく、頑丈なレンガを使った家であった。

 入口の扉の前では、ハワードの両隣に立っている剣士のような無頼漢が、その屋敷の警備にあたっていた。

 ご苦労、とハワードが門番に声をかけると、門番はスッとその場を離れる。ハワードの後に続いてウェイン達は屋敷の中に入る。

 屋敷に入った二人を歓迎したのは、大量の本が並んだ棚であった。壁一面に配置される棚は、部屋すべてを覆いつくしそうな数。それは魔法区画に存在する図書館を連想させるものであった。

 それらを管理、運営をするための人員が数多くみられる。



「ここは一体?」

「ここはおいらの家。それと『青の風ウィンド』と呼ばれる組織の本部なんだ」

「青の風?」

「昔、兄貴に話しただろ? これから必要になるのは情報。情報を持っている者が出し抜き、全てを支配する。噂というのは風に乗って流れてくる、という事が名前の由来。ここに居る連中も組織の一員なんだけど、大半はあらゆる場所で活動をしているんだ」

「じゃあ、二年前の悲願を達成したんだな」

「まだ途中。これからここをもっと大きくしていかないとね」



 ハワードは屋敷の奥にある扉に向かい、中へと入っていく。それに続いて中にはいるウェイン達。

 そこは入口から入ってきた部屋とは別に小さな部屋だった。だが、そこに飾られている絵画や足元にある絨毯といった品の数々は、どれもこれも眩いほどの豪華なものであった。最も目を惹いたのが、壁に貼られている大陸全土の巨大な地図であった。

 ハワードは部屋の中心に置かれている机に向かい、その椅子に腰かける。



「さてと、おいらに話って言うのは何だい?」

「冒険者ギルドに居る七星のゲオルグって言うのは知ってるか?」

「勿論。あれだけの有名人を知らない奴の方が珍しいよ」

「そのゲオルグっていう冒険者が今、人捜しをしているらしい。その内容を知りたいんだ」



 ウェインがそう言うと、ハワードの目の色が変わる。



「……兄貴は何でそんな事を知りたいんだ?」

「身も蓋も無い事を言えば、興味本位だ」

「興味本位? ダメダメ! そんな事で知りたいって言うのならやめておいた方が身のためだよ」

「その言い方からすると、お前は知っているのか?」

「……まぁ、ね。悪いけど、これに関しては兄貴でも教える事は出来ない。この話はなかった事にしておくれよ」

「うーん、そうか。それじゃあ仕方ないよな」



 ウェインはチラリとエルーニャの方を目配せする。「だ、そうだけど?」とエルーニャにどうするか判断を仰いでいた。



「ハワードと言ったか? 何故、話が出来ないのか理由を教えろ」

「面倒な事に巻き込まれる。それだけ言えば分かるだろ」

「巻き込まれても構わないと言ったら?」

「正気とは思えないね。お姉さんが何を思っているのか知らないけど、思っている以上に事は深刻なんだよ」

「構わん。言え」

「なら情報量として500万オーラル払ってくれよ。1オーラルたりともまけない」



 素っ気ないハワードの対応。提示された額がそれを表していた。



「吹っ掛けすぎだな。形もないものにそんな額を出せと?」

「それが『青の風』だからね。無いならこの話は無かった事にして」

「弟子。お前の弟だろ、なんとかしろ」

「何とか教えてくれないか? 俺とロイの仲だろ」



 ウェインの頼みに、ハワードは首を縦に振らない。

 何とかハワードに説得を試みるウェイン。その途中、入口からノック音が部屋に伝わる。



「何だ?」



 入口の方に声を投げかけるハワード。



「失礼。ハワード様にお客様です……また、です」



 扉の向こうから聞こえてくる部下の言葉に、ハワードは小さな舌打ちをする。



「すまない。客が来たから、悪いけどまた今度にしてくれ」

「仕方ないな。今度は食事でもしながらのんびり話できると良いなロイ」

「おいらもそう思うよ。兄貴なら何時でも歓迎するから」



 ウェインとハワードの二人は互いに別れの握手を交わす。



「まぁ、そういうことだから師匠。また今度にしよう」

「良いだろう。いずれ、またな」



 ウェインはハワードに別れを告げて部屋を出る。

 部屋の入口の扉を開いた際、ウェインは一人の女性とすれ違った。

 優雅になびかせる長いブロンドの髪に、一瞬見えたその顔は見惚れてしまうほど美しい。締まった体に対して、強調するような大きさの胸。それらは白を基調とした張りのあるバージニア王国騎士の服装で身を包む。その腰に細身の剣を携え、下は黒い布地のズボンが足を包んでいた。

 息を呑む美しさであった。現に、ウェインは一瞬見ただけでその場に固まった。女性は一瞬、ウェインの方を向いた後ハワードの方へと歩いて行った。



「何をぼーっとしている、帰るぞ」



 エルーニャの言葉で我に返るウェイン。後ろ髪を引かれる思いでウェインはその場を後にした。



 無法区画でめぼしい情報を得られないまま離れた後、二人はそのまま馬車に乗って帰路についていた。

 道中、ウェインはエルーニャの事が気がかりであった。

 ハワードは間違いなく何かを知っていた。だというのに、あっさりとエルーニャが身を引いた事が不思議で仕方が無かった。



「師匠、本当によかったのか? 何も情報を得られずに帰ってきて」

「どうしてそんな事を言う」

「師匠らしくないと思ってさ」

「情報なら幾らか得られたさ。今日はそれでいい」

「え? 何時の間に情報を?」

「あの小僧が言っていただろう。厄介な事で、危険だと。そうなると、ギルドに依頼を出さず直接あの七星の男に依頼が回ってきたという事だ。つまり、内密に処理したい案件であることは明白。ここで色々私達が嗅ぎまわる事は得策ではないだろう」

「はぁ……なるほど」

「明日もう一度王国へ行くぞ。何か進展があるかもしれないからな」



 エルーニャの言葉に「了解」と返事をするウェイン。

 二人を乗せた馬車はそのままゆっくりとリドネ村の方へと向かっていた。









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