第9話 バージニアの王女編 9

 リドネ村に住まうニーネは母親との二人暮らしであった。

 生活は決して裕福ではない。女性二人で暮らしていくというのは、並大抵の苦労では無かった。

 家畜の世話に、家事の手伝い、水汲みなど。朝から晩まで働き続ける。そうして得られる収入も一般の人よりも劣る。

 だが、ニーネは一度としてこの生活を抜け出したいとは思わなかった。

 先立った父の代わりに、母親が粉骨砕身で自分を育ててくれた事を知っている。そして、今の生活で十分に満足していたからである。


 この日は快晴であった事を利用して、ニーネは洗濯物を手に外へと出る。そして、手慣れた手つきで衣服を紐に吊るして干していく。

 ズラリと並ぶ洗濯物は壮観であった。

 そんな洗濯物を眺めながら、ニーネはある一人の男の事を考えていた。

 冒険者になったその男は以前とは違って会いに来てくれる時間が減ってしまった。それは仕方のない事だと思いつつ、もどかしい気持ちがあった。

 そんな折、一人の男性がニーネに近づいてくる。



「やぁ、ニーネさん」



 爽やかな笑顔を振りまく好青年。名前は「アルベルト」という。

 彼はバージニア王国に住まう男性なのだが、最近何度もニーネに会いに来ていた。

 以前、王国に出掛けていたニーネの姿を見かけたアルベルトは、ニーネに一目惚れをしてしまったのだ。

 ニーネの容姿は農村に住む女性としては似つかわしくない美しさを備えており、求愛をしてくる輩は少なくなかった。アルベルトもそんな一人に数えられる。

 ニーネは笑顔でアルベルトに応対するも、その心中は困惑していた。



「あの、何か御用ですか? アルベルトさん」

「ええ。あのお話の件、もう一度考えなおしていただけませんか?」



 アルベルトはニーネに懇願する。

 それは、ニーネをアルベルトの嫁として迎い入れたいという話であった。

 アルベルトの家は裕福であり、そこそこの家柄を持つ。アルベルト自身も王国で子供に読み書きを教える教員という立場で仕事をしていた。

 妻になれば今の生活よりも遥かに良い生活を迎えられるだろう。



「すみません、そのお話は無かった事にしてください」



 申し訳なさそうに断りを入れるニーネ。

 相手の好意を否定するという事に罪悪感を感じる為、ニーネはハッキリと言えない。だが、それを都合の良いように解釈する男もいる。



「どうしてですか、ニーネさん。そんな辛そうに……もしかして誰かに言わされているんじゃないんですか!」

「違います。そういうのじゃありません」

「でしたら、何故! こんなにも僕は君の事を愛しているのに」



 何度もアプローチしてくるアルベルトにニーネは困っていた。どうすれば、諦めてくれるのか。



「あの、お互いよく知らない身ですし。いきなりそういうのは」

「でしたら、今度祭りに行きましょう!」

「祭り?」

「ええ。三日後にロゼ王女様の誕生祭が行われるんです。その日は必ず盛り上がるので、お互いの距離を縮める素晴らしい一日になりますよ」



 ニーネはアルベルトの言葉を聞くまで、誕生祭の事をすっかり忘れていた。

 もう、そんな時期なのかとしみじみ感じる。

 毎回盛り上がることで有名なロゼ王女の誕生祭。その祭りを最後に見たのは、子供のころ先立つ前の父と一緒に見た時であった。

 もし、祭りにいくのであればそれは――

 



「申し訳ありませんが、私はいきません」

「どうして?」

「他に、一緒に行きたい人がいるんです。いくのであれば、私はその人と行きたい」



 ニーネの表情が恥じらいつつも、柔らかい笑顔を見せる。それは、アルベルトがみたこともない表情であった。

 それを見たアルベルトは全てを察した。



「……少し妬けてしまいますね」

「え?」

「貴女にそんな表情をさせる男がいる。最初から私にはつけ入る隙間はなかったようですね」


 肩をすくめて首を振るアルベルト。


「アルベルトさん……」

「今までのことは全て忘れて下さい。貴女とまだ見ぬ彼氏に幸運を」



 アルベルトはそう言ってその場から離れていく。本音をいえばアルベルトはニーネに未練はのこっている。しかし、ニーネが見せたあの顔は、万の言葉を用いるよりも諦めさせる説得力があったのだ。

 アルベルトは一度も振り返ることなく、ニーネの下から去っていった。

 照らし合わせたかのようにアルベルトが去っていった後、ニーネの所にまた一人男性がやってくる。その男性を見たニーネは先程とは打って変わって花のような笑顔を見せた。



「ウェイン!」

「よぅ、元気だったニーネ」

「私は大丈夫。どうしたの? こんなに早く。まだお昼だけど」

「あー、実はさ、二つほどニーネに言わなくちゃいけないことがあってさ」



 物言いにくそうにするウェイン。それを見たニーネに不安が過る。

 冒険者となれば、遠く離れた地に赴くことは決して珍しいことではない。もしかしたらウェインが何日も帰ってこれない依頼を受けたのではないか、とニーネは考えていた。



「ニーネ、実は俺、冒険者辞めることになったんだ」

「……え?」

「いや! 俺はまだ冒険者をやるつもりではいたんだけどさ、ギルドの方からそういう風に今日話があって……」



 本来ならば、冒険者として名を馳せてニーネが自慢できるような男になりたかったウェイン。しかし、現実は上手く行かずニーネにこんな報告をする羽目になり、恥ずかしさと情けなさが入り交じるウェインであった。



「それじゃあ、ウェインはもう依頼を受けないの?」

「まぁ、そうなる……」



 穴があったら入りたい。そんな羞恥心に苛まれるウェインであったが、ニーネは落ち込むどころか、ご機嫌になる。



「そう。じゃあ、仕方ないじゃない。冒険者はもうムリだけど、今度は別の何かを見つければ良いじゃない」

「あれ? 怒ってないのか?」

「怒る? どうして?」

「てっきり、不甲斐ない男だと思われて」

「そんなことで怒るわけないじゃない。それで、もう一つは何?」

「実はさ、今度王国でロゼ王女の誕生祭があるのニーネは知ってる?」

「うん。それがどうしたの?」



 見ればウェインの表情は先ほどよりも緊張している。その様子にただ事ではない、と感じたニーネは、次に発する言葉に身構える。



「ニーネ、もし、もし、よかったら俺と一緒に祭りにいきませんか!」



 飾り気も何もないウェインからの誘いの言葉。緊張のあまり表情も固く、女性を誘うことに馴れてないのは、たどたどしい言葉からも明らかであった。

 あまりに不器用な誘いに、彼女は可笑しくて笑みを零す。

 それに対する彼女の答えは既に決まっていた。




















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