冒険者ギルド編 4

「お客様! 大丈夫ですか!」



 倒れこむエルーニャを見て、アイナは思わずカウンターから身を乗り出す。そこには「何故、私の名前は知られてないのだ……」と、うつ伏せの状態で何度もうわ言のように呟くエルーニャの姿。とりあえずエルーニャが無事だと分かる。



「あの、私は何かマズイ事を言ってしまったのでしょうか?」



 酷くショックを受けているエルーニャを見て、アイナは連れ添いのウェインに訊ねる。自分の発言が悪くてこのような事になってしまったのではないか? と、不手際が無かったのかどうかの確認を取る。

 心配するアイナに、ウェインは大丈夫です、と告げる。



「この人、こういう変な所あるので気にしなくても大丈夫ですよ。それより、聞きたい事があるんだけど」



 目の前で横たわるエルーニャそっちのけで話を始めるウェイン。



「確認なんだけど、俺たちはとりあえず冒険者に成れた。ただ、一番下のランクからスタート。この認識で間違いない?」

「はい、間違いありません。そして、受けられる依頼の方はあちらにあるボードの中だけであります」

「ランクはどうやって上げればいい?」

「上げる手段は主に依頼の内容と数によりますが……」

「やめだ! もうやめるぞ弟子よ!」

「師匠?」



 横たわる人形と化していたエルーニャが起き上がる。だが、未だに精神的なダメージがあるのか、その顔色は良くない。



「やめるってどういう事だよ?」

「文字通りの意味だ。冒険者にはならない、帰るぞ」

「昨夜と言ってることが全然ちがうじゃねぇか。冒険者になって一攫千金夢みるんじゃなかったのか?」

「馬鹿者、それは銀翼鷲のペンダントが通用しての話だ。今から上のランクに上がるまでどれだけの苦労があると思ってるんだ弟子よ」

「まぁ、大抵の依頼の数をこなさないと無理だってことだろ?」

「それだけではない。ギルドのランクを上げるには実力の他に『面談』がある」

「面談? 何の面談があるんだよ?」

「ギルドにはきびしーい規則があってな。実力と共にその性格も査定される。そこで、ギルドの上位者としてふさわしいかどうかの、面談がおこなわれる。ここでダメだと、いかに実力があっても上がる事が出来ないのだ」

「師匠が上がれるぐらいだから、あんまり大したことないだろ」

「この面談のせいで私は一年余りを無駄にしたぐらいだぞ?」



 二人の話す内容は、当然近くにいたアイナの耳にも届く。そして、エルーニャがギルドの内実に詳しい事に、アイナは驚いた。

 ギルドの定める上位者として上がるには、エルーニャの言った通り面談を突破しなければならない。ただ、この面談というのはかなりランクが上がらない限りされることはない。つまり、大抵の冒険者はこの面談という関門に至らない者が大勢を占める。その事をエルーニャが知っているという事にアイナが驚くのも無理は無かった。



「お詳しいのですね、お客様」



 感心したように言葉を漏らしたアイナ。それを聞いたエルーニャは、目に見えて機嫌を良くする。



「ふふん、当然だ。私はこのギルド十二階級の最上位にまで上り詰めた者だ。知ってて当然だ」

「え? 十二階級? ギルドは十二階級ではありませんよ?」

「何? そんな筈はないだろ。一番下の一階級から頂上の十二階級。丁度時計の針の如き階級の筈だ」

「あー、それは改定以前のお話ですね。今は規則が改定されて十二階級ではなくなりました」

「何と! では、減ったのか! それは有難い事ではある――――」

「昔は『十二階級』でしたが今は一階級に連れて上級と下級を加え、それが十二階級あるので『二十四階級』になりました」



 沈黙。

 ただでさえ多い階級に、その倍の階級が増えたとなれば当然、エルーニャがとる行動は一つ。



「帰るぞ、弟子。もう、畑仕事でもしてコツコツ稼いでいった方がマシだ」



 がっくりと肩を落とし、トボトボと入口向けて歩いていくエルーニャ。そんな去ろうとするエルーニャの肩を掴むウェイン。



「畑仕事してるのは猫さんであって、師匠じゃないだろ。このままだと、資金難だからこうしてここに来たんだろ」

「五月蠅い! 一番下の依頼など、ドブ攫いや害虫駆除だぞ! 何故最高位まで上り詰めた私がそのような下衆な事をしなければならん」

「じゃあとりあえずそれは俺がやるから、師匠は上位に上り詰めた時に働いてくれ。それでいいか?」

「仕方あるまい、せっせと仕事に励めよ弟子」

「態度変わりすぎだろ」



 余程ドブ攫いなどの仕事がしたくなかったのか、エルーニャはご機嫌でロビーの端に置いてある客用の長椅子に向かって歩き、腰を掛ける。そんなエルーニャに振り回されたウェインは一度溜息を吐いて、アイナの方に向き直る。



「わるい、受付のお姉さん。依頼を受けるにはどうすればいい?」

「先程言った通り、ボードに貼ってある依頼を手に取ってこちらに持ってきてください。そして、それをこちらで受理します。受理しましたら依頼を受けたという証明書を発行して渡しますので、それを持って依頼主の方へと向かってください」

「了解」



 くるりと体を回転させ、ウェインはボードの方へと歩み寄り、マジマジと依頼の紙を見ていた。それを、不安そうに見守るアイナ。


 ――――どうか、あの依頼だけは取りませんように。


 そう、彼女は強く願う。

 あの依頼について彼女は思いだしていた。

 ギルドに依頼を出す場合、その依頼の料金は依頼主が提示しなければならない。高額であればあるほど、実力の高い冒険者がやってくれる。

 だが、この報酬制度というのがネックであった。

 依頼主が提示した額が適しているかどうかは、分からない。内容を自己申告し、それを聞いてギルドが幾らぐらい必要になるかを判断する。その気になれば、その額を吊り上げる事も可能だという点だった。その上、依頼料の数パーセントをギルドの手数料として割引くことも拍車をかける。

 こうなってくると、資金の余裕の無い依頼人がどうするかは、わかり切った事だ。

 虚偽の報告。簡単な依頼と判断させ、依頼金を安くしようという算段だ。


 この依頼もその例外ではなかった。

 彼女は直接依頼を受けた同僚に話を聞いたところ、この依頼主は挙動不審で、依頼の内容もコロコロと変わっていた。従って、嘘を見抜く魔法『真実のみを聞く耳イアホン』をかけた。『真実のみを聞く耳イアホン』は相手の言動に嘘があれば、それが分かるようになる魔法。それをかけて聞いた所、依頼主に無かったらしい。そして、その依頼は受理された。

 だが、それは半年かかっても、未だに依頼として残っていた。

 そして、アイナは考えた。依頼人は嘘は言ってない、しかし、何か隠し事があったのではないか、と。


 そんな事を考えていたアイナだが、ウェインはボードの一つの依頼に目を止め、それを手に取る。それは、アイナが危惧していた依頼だった。

 だが、それは致し方の無い事なのかもしれない。

 他にも数多くの依頼があるが、どれも雑用な仕事が多い。そんなものをするために冒険者になったわけではない。そんな中で、唯一モンスター討伐の依頼があればどうだ? 当然、それを手に取るに決まっている。

 依頼を手に持ったまま、考えこむウェインを見てたまりかねてアイナは立ち上がろうとしたその時、先程まで座っていたエルーニャがウェインの側へと近寄っていた。



「どうだ弟子、何か良い依頼があったのか?」

「ん? いや、実はさ……この依頼なんだけど」



 差し出してきた依頼をエルーニャが受け取り、目を通す。



「ほう、モンスター討伐の依頼か。しかもゴブリン……依頼額も妥当じゃないか」

「いや、実はさ……この依頼、結構危ないかもしれないんだ」

「それはつまり『あれ』か?」



 言葉を濁してウェインに確認をするエルーニャ。ウェインは小さく頷く。ふむ、とエルーニャは考え込む。



「ならやめておくか。割に合わない仕事は沢山だからな」

「いいのか? これ置いたままで」

「心配するな。ギルドの規定で何度も依頼を失敗するようなら、依頼の再調査という名目で上級冒険者が動く手筈になっている」

「なるほど、じゃあこれは返しとくぜ」



 手にしていた依頼をウェインが再びボードに戻す様子をアイナは見て、腰を下ろした。

 何故、あの依頼を一度手にして戻したのかアイナは不思議でならなかった。

 違う依頼を手にしたウェインがアイナの下にやってくる。依頼はドブ攫いの依頼であった。

 アイナは持ってきた依頼を受け取り、別の羊皮紙にその依頼を受けたという証明書を発行するため、サインしている最中に。



「何故、あなたはあの依頼をやめたのですか?」



 気になったアイナはウェインに訊ねた。問われて、ウェインは困ったように頭を掻く。

『危機回避』の事は他言無用とされており、直接そういう事を言えない。どう、誤魔化すか悩んだ挙句。



「まぁ、直感かな。ちょっと怪しすぎる気がして」



 リドネ村で使っている言い訳を流用した。そう言われればアイナも納得するしかなかった。

 サインを書き終わり、ギルドの特徴でもある鷲を象った木製の判を押す。



「はい、これで証明書の発行は終わりです。あなたはこの依頼を受けた事になりますが、もし何らかの理由で取り消しをされる場合はこちらに申し出てください。また、期日が決まっているので、それまでの解決をお願いいたします」



 滑らかな口調で説明するアイナ。これを毎回依頼を受けた冒険者に言っているのだから、当然と言えば当然ではある。

 依頼の証明書を受け取り、その場でウェインが目を通していると。



「ちょっと! 終わったんならどいてくれよ!」



 後ろで待っていた男の冒険者が、ウェインを強引にはねのける。

 見た所、その見た目から活発な男の冒険者はウェインと同世代のように若く、身に着けている鎧は多少の傷はあるものの、それが新品物であるのは見てわかるほど輝き、腰には半端な長さの剣を携えていた。そして、その後ろで男の冒険者の連れと思わしきとんがり帽子を被り、杖を持った同年齢の女魔法使いがいた。



「これ! この依頼を受けたいんだけど!」



 活発な男の冒険者は依頼をアイナに見せる。それは、先程ウェインがやめた依頼であった。

 それを見たアイナの顔つきが途端に険しくなる。



「あの……これは」

「ゴブリン討伐の依頼でしょ? 大丈夫だよ、俺達はこう見えてゴブリン討伐は何度かしているんだから」

「確認ですが、何故この依頼を引き受けようと……?」

「決まってるじゃないか。他の仕事よりも報酬が良いし、モンスター討伐は階級の昇格には持ってこい。きっと、この依頼を終えれば俺達は一つ上の階級に上がれるはずなんだよ」

「もし、良ければ他の依頼をしても大丈夫ですよ?」

「まどろっこしいよ。最近、ドブ攫いとか害虫駆除しかなくてさ、もううんざりなんだよ」

「ですが、ドブ攫いや害虫駆除も立派な仕事ですし、思わぬ為になる事も……」



 バン! と思いっきり掌をカウンターに叩きつける男の冒険者。やんわりとアイナが依頼の変更を促している事に気づいた為だ。



「この依頼を受けるって言ってるんだから、受けるでいいだろ!」

「ですが……」

「やめとけよ、新米。そこの受付のお姉さんはお前を心配して言ってるんだぞ」



 思わぬところからアイナを擁護する声。口をはさんだのは、ウェインだった。

 茶々を入れられた冒険者は当然、面白いはずもないので、怒りの矛先をウェインに向けた。



「なんだよ、お前。見た所僕と同じ歳のようだけど、階級は幾つだよ」

「いま冒険者に成ったばかりだよ。ほら、ドブ攫いの依頼書」

「なったばかりって、僕と同じじゃないか。いや、依頼をこなしているだけ僕たちの方が上だ。そんな奴が口を挟んでくるのか」

「仕方ないだろ、わざわざ死にに行くような人間を止めない訳にはいかないだろ」

「死にに行く? 何を言ってるんだ、ゴブリン討伐ぐらい僕達は何度もしてきた。こんな依頼、目じゃないさ」



 彼の口から怯えは無い。自信に満ちたその言葉の裏付けは、幾度と依頼をこなしてきた成果からだ。彼もこの冒険者というものに馴れてきたころなのだろう、立ち止まることをせず、ただひたすら突っ走る。だが、自身が歩いている冒険者と言う名の道は一瞬で崩れ去る薄氷という事を彼が感じるには月日が短すぎたのだ。

 言っても聞かない冒険者を、ウェインはおろかアイナにもどうすることもできない。



「分かったよ、新米が口を挟んで悪かった」

「分かればいいんだよ。どうせ、この依頼を受ける僕達が羨ましいんだろ」



 ふん、と鼻息を荒げて再び男の冒険者は受付に依頼を要求する。ウェインはそんな冒険者に対して視線を送る。羨望などではない、ただ哀れむような悲しい目であった。

 依頼を受けたウェインに、エルーニャが近寄ってくる。



「随分とお節介を焼いたものだな、弟子よ」

「まぁ、そりゃあね。忠告ぐらいはするさ」

「それで……見立てとして、あの二人はどうなると思うんだ?」

「言わなくても分かるだろ。早い所あの依頼が無くなる事を祈るさ」



 そうして冒険者となって初の依頼をこなすためウェイン達はギルドを後にした。

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