冒険者ギルド編 5

 太陽が陰り、暗さが濃くなってきた頃、外に鐘の音が鳴り響く。それは、冒険者ギルドの仕事が終わる事を意味した。

 ギルドの内部は既にもぬけの殻。既に職員しか中にはおらず、皆後片付けに奔走していた。

 ギルドが終わった後は掃除と、今日受けた依頼の大まかな国別の仕分け。そして、依頼達成の確認が行われる。

 受付のカウンターでアイナとカリンが仕分けを行う。アイナの手早い仕分けに対し、カリンは疲れているのか、その手はハエが止まりそうなぐらい遅い。



「ちょっとカリン、そんな速さだと何時まで経っても終わらないわよ」

「むりぃ……こっちの仕事きつすぎて、疲れて手が動かないよぉ、手伝ってアイぃ」

「もう、こっち終わったら手伝ってあげるわよ」



 仕分けをするアイナの手が更に早くなる。二人分の仕事をするのであれば、今やっている早さでは到底間に合わないと判断したのだ。

 素早く終えて、カリンの書類を半分受け持つ。

 カリンの書類は予想以上に残っており、他の職員達は仕事を終えて、次々に帰宅していく。そんな姿を見届けながら、カリンと居残りでそれをこなしている最中。



「アイナ主任。どうですか、お仕事の方は」



 何時の間にかアイナの横に立っていたエルザ管理官。それを見て、反射的にたちあがろうとしたアイナに対し、立たなくて良い、と手で押さえるような合図を送る。



「エルザ管理官、私の受け持ちは終わりまして、今カリンの手伝いをしている所です」

「それは長くかかりそうですか?」

「いえ、今、終わったところです」



 持っていた書類を隣にいるカリンに手渡すと、カリンは泣いて喜び、それを持って奥の方へと向かっていった。ロビーに残された職員は、エルザとアイナの二人だけだった。



「では、アイナ主任。少しお話をしてもいいかしら」

「私にお話ですか?」

「ええ。ここ最近、あなたはギルドについてどう思っていますか?」



 鋭い視線。何時もエルザはその研ぎ澄まされた視線で相手を見るが、この時アイナを見る視線は特に鋭いものだった。



「とても忙しいですね。数多くの職員がいるというのに、手が足りないぐらいに」

「そうですね。しかし、私が聞いているのは、そういう事ではありません。ギルドそのものについてどう思っていますか?」

「……変わったと思います。良くも悪くも」



 それを聞いたエルザの眉が一瞬動く。



「アイナ主任はギルドに不満をお持ちですか?」

「はい。その理由はエルザ管理官も分かっていると思っています」

「貴女の言いたい事は分かります。ですが、私たちが幾ら声を上げても体質はかわりません。そう、今日の昼の時と同じで」



 力の無いエルザの声。あれだけ鋭い視線と、威厳に満ちた立ち姿はそこになかった。彼女もまた、アイナと同じ気持ちを持つ者であった。



「エルザ管理官……ギルドはこのままでいいんでしょうか?」

「その質問に対する答えは私は持っていない。昔の良さもあれば、今の良さもある。どちらが良いのかなんて。ただ……」



 その後の言葉は継がず、頭を振るエルザ。その仕草は、何か考えを振り払うようにアイナは見えた。



「私の方から振っておいて何ですが、この話はもう止めましょう。今日の出来事で何か変わった事はありませんでしたか?」

「そうですね……職員との連絡で特に問題が起きた様子はありませんでした。変わった事と言えば……」



 唇に指をあてがい、考えこむアイナ。



「そういえば、エルザ管理官はこのギルドで働いて何年程になられますか?」

「……そうね、まぁ、五……四十年ぐらいね」



 言いにくそうに、ごにょごにょ、と口ごもるエルザ。彼女はエルフであるため、寿命が長い。そういう年齢を聞かれることに対して、非常に気にするタイプだった。



「では、銀翼鷲のペンダントと呼ばれるものをご存じですか?」

「銀翼鷲……ひょっとして、ギルドのエンブレムを象ったペンダントかしら?」

「はい。見事な彫刻で、それを今日持ってきていた若い女性の方がいらしたのですが、私にはそれが何を意味しているのかサッパリわからなくて。ただ、話を聞いていると、かなり古く、その方が言うにはギルドの実力者が持っていたというのですが」

「私も実物を見た事は無いけれど、話に聞いたことはあります。昔は今と違い、冒険者になるにはそれ相応の実力を伴わなければなれない時代で、ギルドの実力者として頂点に君臨する僅かなものにだけ、その証として銀翼鷲のペンダントが渡されたと聞いた事があります」

「ええっ! じゃあ、あの人の言ってた事はまさか本当に……」

「アイナ主任、残念ながらそんな事はありません」

「どういう事ですか?」

「聞いた話によれば、その銀翼鷲のペンダントを授かったものは百年以上前で、更にそれを持てる冒険者が何人いたと思いますか?」

「冒険者全体の規模を考えれば、千人程でしょうか?」

「その数はたったの十人です」

「そんなに少ないのですか!」

「ええ。ペンダントの持ち主は錚々たる顔ぶれ。あのゼファー様もその一人だと言われております。その中で獣人やエルフもいたようですが、アイナ主任がお会いした女性と言うのはどのような女性でしたか?」

「耳は尖っておりませんでした。そして、亜人とは思えなかったので『』だと思います」

「人の身で百年以上若いままでいることは不可能。そしてペンダントの持ち主は十人で誰もが超がつく一流の冒険者。それはどれも逸話や伝説の中に出る、それこそ誰もが知っているかのゼファー様クラスの人間。その方は、何処からか入手したとと考えるのが妥当ですね」 

「その方はエルーニャと名乗っていたのですが……聞き覚えは?」

「全く聞いたことがありませんね」



 自分よりもはるかに長生きをしているエルザが言うのであれば、それは間違いないのであろう。だが、エルーニャ自身は変わり者で厄介な人間という印象がアイナにはあったが、そんな嘘をつくような人間には到底思えなかった。

 それから定時報告を終え、アイナは更衣室へと戻る。朝着てきた服に着替え、エルザの前にギルドを出た。

 外に出ると、辺りは朝と同じぐらいの濃い闇に包まれていた。こういう時、一人で帰る時不安に駆られてしまうのは、自分がれっきとした一人の人間であり、女性なんだという事を彼女は痛感する。

 早足で自宅の方へと向かう。幸いなのは家が目と鼻の先にあるという点だろう。既に空いている店は酒場ぐらいで、アイナが立ち寄りたい店は既に閉まっているので、何処かに寄って帰るなどという誘惑は無い。

 何事もなく無事に帰ると、部屋に灯りを灯す。アイナは自分が思っている以上に疲れているようで、夕食の用意もすることなく自室の部屋のベッドに横たわる。



「はぁ……」



 寂しい。アイナは思った。

 両親は病で亡くなり、一人暮らし。憧れのギルドの職場についたのは良かったが、忙しい毎日で彼氏を作る暇なんてない。誰か話相手が欲しいと最近は特に思っていた。多少なりとも不満や喜びを分かち合えるなら、どれだけ気が楽になるだろう。ギルドの受付をしているアイナは余所行きの顔。本当の自分を曝け出せる相手が欲しい年ごろであった。

 ふと、ベッドの傍らに置いてある手のひらサイズの糸で編んだ粗雑なウサギを模した人形を手にする。それは、昔にアイナが両親に買ってもらった大切な人形であった。それの手を持って上下に動かしたりするアイナ。



「なんとかならないかな……ねぇ? モル君」



 語りかけるが、当然人形は答えない。ひとしきりその人形と戯れた後、アイナはゆっくりと瞼を閉じてそのまま就寝する。




 ★★★★




 時間が流れる。アイナは忙しい毎日、冒険者の応対に追われる、ウェインと出会ってから既に二ヵ月という月日が流れていた。

 愛想を振りまき、何人もの冒険者の相手を終えた後、疲れから一度肩を大きく上下させた。

 疲労が隠せなかった。当然二カ月の間に休みもあったが、休みの日にしかできない事が多くあり、少しずつ疲労が蓄積をしていく始末。

 それでも彼女は休むことなくギルド職員として働いていく。

 そんなある日の昼だった。

 窓から差し込む陽射しを受けて、彼女は受付の仕事中だというのに、知らず知らずのうちに椅子に背を預けて舟をこいでいた。



「依頼、終わりましたよアイナさん」

「ふぇっ!」



 その声に気づき、慌ててアイナはあたふたしながら起き上がる。勢いよく起きた為、バランスを崩して椅子から落ちそうだった時、目の前の冒険者がアイナの腕を掴む。その腕を掴んだ冒険者は、ウェインであった。

 ゆっくりと掴んだ腕を引っ張り、元の態勢に引き戻すウェイン。



「あ、ありがとうございます……」

「珍しいね、アイナさんが居眠りだなんて」

「申し訳ありません、ウェイン君。こんなみっともない所をお見せして」

「俺としては、真面目なアイナさんの意外な一面が見れて幸運だったな」



 もう! と、拗ねたような言い方をするアイナ。

 和気あいあいな雰囲気を醸し出す二人ではあるが、アイナにとってこれほど親密に話をするような関係になった冒険者というのは少ない。何しろ、冒険者の数は膨大で、その一人一人の顔など一々覚えていられるわけもない。

 だが、何故か新人で間もないウェインの顔を覚えているアイナ。その理由の一つは、ウェインの師であるエルーニャの存在が大きかった。

 何しろ、アイナ自身が見惚れてしまうほどの美貌の持ち主であることもあり、ギルドの中に居れば自然と視線が向いてしまうほどであった。

 その横に何時もいるウェインの顔を覚えるというのは必然とも言えるだろう。


 アイナはウェインの依頼書に判を押し、完了の手続きをとった。



「はい、確かに。報酬は奥の受付で受け取ってください」



 了解、と返事をしてその場を離れていくウェイン。その後ろ姿を目で追っていくと、そこにはやはりエルーニャの姿があった。仲睦まじく話すその様子に、少し羨ましい感情がアイナに芽生えていた。

 エルーニャ達が何を話していたのか気になるものの、距離が遠くて声は聞こえない。その後直ぐに違う冒険者がアイナの下に来たので、彼女は視線を戻し、自分の仕事に集中することにした。

 それから何人かの冒険者とアイナは手続きなどのやり取りを行い、仕事をこなして時間が幾らか過ぎていった後。



「はい、報酬は向こうでお受け取り下さい。では、次の方……っ?」



 アイナは言葉を詰まらせた。

 目の前にやってきた冒険者の姿は、何を隠そうエルーニャだったのだ。近くで見ると際立つその美しさに加えて、普段見た事も無い笑みをエルーニャが見せていた為、アイナの心拍数が一段と跳ね上がる。



「やぁ、受付さん。少し聞きたいことがあるんだけれど良いかな?」

「は、はい! なんでしょうか?」



 一体どのような話だろうか? 期待に胸を膨らませるアイナ。しかし、彼女は気付いていなかった。

 エルーニャの背後に立つウェインの姿。その顔は不安を隠せない怪訝な表情をしていた事に。そしてアイナは知らない。エルーニャと言うハーフエルフは性根の曲がった恐ろしい人物であるという事に。



「実はこれなんだが」



 エルーニャは手にしていた羊皮紙をアイナの前に差し出す。そこに記されていたのは依頼内容。そして、ゴブリン討伐の文字であった。



「これは……!」



 一気にアイナの表情が固まる。それを見たエルーニャは更なる笑みを浮かべる。



「さて、聞かせてもらおうかな? この依頼について『興味がある』からね」

 



 

 



 





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