冒険者ギルド編 6

「興味……?」


 その発言の意味がアイナには理解できなかった。


「そうだ。これは以前、初心者向けのクエストとして張り出されていたものと同一のものであると認識しているが、どうなのかな?」

「……その認識でまちがっておりません。それが何か?」

「そうかそうか。で、ここで気になるのが『何故、これが未だに張り出されている』のかだ」

「依頼が達成できなかった場合、再度張り出されるのがギルドのルールです。依頼を受けた以上、その依頼を達成しなければならない。それが掟ですから」

「そうだな。では、聞き方を変えよう。お前達はのかな?」

「こ、殺した? 物騒な事を言わないでください! 私達は殺してなんて――」

「いいや、間違ってはいない。この依頼は調べた所、かなり前から存在する依頼というのは分かっている。だというのに、未だにこうして依頼の達成が出来ていない。それを踏まえれば亡くなった冒険者の数は幾つだ?」

「やめて、やめてください……」

「十か二十か? それとも――」

「やめてください!」



 悲痛なアイナの叫びがギルド内に木霊する。それに反応して騒がしいギルドが一瞬にして波を打ったように静寂になり、周囲の視線はアイナ達へと注がれる。アイナは手で顔を覆い、嗚咽混じりの声が聞こえていた。その構図を見ればエルーニャが質の悪いクレーマーのようにしか見えなかった。

 ただ事ではないと判断したのか、すぐさまエルザがそこに駆け付けた。エルーニャと、アイナの二人を見比べ、スッとエルーニャの方に体を向ける。


「どういった御用件でしょうか? アイナ職員に代わり、私がお答えさせていただきます」

「そうか。では答えていただこうか」

「その前に、この場所では他の方々にご迷惑となるので、向こうの個室で――」

「ここで良い。私の質問に対し、お前が答えるだけ。時間と手間は取らせんよ」


 本来、こういう難癖をつけてくる手合いに対しての対処法は、否が応でも個室の方へと連れていき、ゆっくりと話を聞くのがギルドにおける対処の鉄則。興奮して暴れまわったり、子供のように駄々をこねられると周囲に迷惑が掛かる為である。

 だが、目の前に居る手合いは中々手強いとエルザは直ぐに感じ取る。そして、その手に持っている依頼書を見て、大方察する。



「なるほど……その依頼の件ですか」

「どうやら、認識はしているみたいだな。私が気になっているのは、このような長期に渡って達成できない依頼は、調査の名目で上位の冒険者が派遣される筈。だが、一向に派遣されている気配がない。どういう事なのか?」

「それは昔のギルドのルールにあたります。現在のギルドはそのような事で上位の冒険者の手を煩わせるわけにはいかない、という理由で撤廃されました」

「つまり、弱者は完全に切り捨てる方向に舵を取ったという事か」

「誤解を招くような言い方はおやめください。なるべくそのレベルにあった冒険者が対応する事を念頭に置いての事です」

「物は言いようだな。なるほど、それならばこの依頼が何時までも残っている理由も納得した」

「ご理解していただけたようで、幸いです」

「ああ。つまり、この依頼は今後もあそこに張り出され続けるという事は理解した」



 皮肉な言い方をするエルーニャ。それに対し立場上、声を挙げて反対すべきエルザなのだが、無言を貫いた。

 反対したくてもできなかった。事実、それは未だに依頼として残っていることがなによりの証拠であるからだ。

 ギルドのルールが変更でもされない限り、今後も依頼が果たされることはない。それは彼女も認めざるを得なかった。



「良かろう。ならば、この依頼を受けてやる」


 その言葉に困惑の声が三つ上がる。エルザとアイナ、そしてウェインであった。

 手にしたゴブリン退治の依頼を、受付担当のアイナに渡す。アイナは受け取った依頼と、エルーニャを交互に見る。


「本気でこの依頼をお受けになるのですか?」

「そうだ。何か不服か?」

「いえ、そういう訳ではありません。危険だと分かって、何故向かうのかと。報酬も決められた額しかでませんし、今まで帰ってきた冒険者もいません。貴女も同じようになる可能性もあります。とても割にあう仕事だとは思えません」

「確かにな。だが、私は損得勘定だけで動くような愚か者ではない。その依頼を達成することで、報われることもあるのではないか? お前のように、この依頼で心を痛めている者も少なくない筈だ」



 その一言は、アイナの心を打つ。

 この依頼を受けて帰ってこない冒険者を何度も見てきたアイナ。そのたびに彼女は胸が張り裂ける思いをしてきた。それを少しでも分かってくれる人物がいてくれたという事実は幾分アイナの気持ちを軽くした。

 だが、この依頼の難易度は高い。本当に任せてよいのかアイナは不安であった。

 そんなアイナの考えを感じ取ったのか、エルーニャの後ろで待機していたウェインがアイナに近寄る。


「アイナさん、心配しなくても大丈夫だよ。うちの師匠はドが付く変人だけど、強さは半端じゃないから。安心して俺達を信じて欲しい」

「おい、一言余計だぞ弟子」

「本当に、この依頼を終わらせてもらえるのですか?」

「当然だ。エルーニャ・ウィンタリーの名において約束してやろう」

「……! お願いします!」


 深々と頭を下げるアイナ。それはギルドの受付という立場ではなく、アイナの心の底から出た真摯な願いだった。

 普通に考えれば彼等もまだ冒険者のランクは最底辺の『Ⅰ』であり、下級。任せるどころか、引き留めるべき案件。しかし、アイナは引き留めるよりも何故か彼等に対する期待の方がまさっていた。

 差し出された依頼に、承諾の判を押して再びエルーニャに手渡す。


「ウェイン君、そしてエルーニャさん。どうか無事に帰ってきてください」


 ウェインは笑顔で答え、エルーニャは小さく手を挙げる。二人はギルドを出ていく。その背中が見えなくなるまで、アイナはずっと見届けた。



 ギルドを出たウェイン達は持ち出した依頼に目を通す。


「ふむ、依頼の場所はここから遠く無いな。明日の朝には馬車で出立し、何事も無ければ陽が沈む前には帰ってこれる距離だな」

「その口ぶりからすると、今日は動かないのか師匠?」

「焦る必要はあるまい。今日の所は準備をして、明日で依頼を果たせば十分だろう」


 その意見にウェインも頷く。

 二人は準備の為にその足で街中の大通りを歩く。その道中。


「しかし、さっきは驚いたぜ師匠」

「何の話だ?」

「だって師匠の口から「他人の為に動く」なんて言葉を聴けるなんて。ちょっと見直したなぁ俺」

「何だ、その事か。あんなもの嘘に決まっているだろ」

「…………は?」

「私がそんな理由で動くように見えるか?」

「見えないから驚いていたんだけど、やっぱり別の理由があるのかよ」


 身近でエルーニャを見てきたウェイン。人助けなどという綺麗ごとを理由に動くような人ではないという事は一番よく知っていた。だからこそ、先程彼は意外すぎて声を上げたのだった。


「当然だ。冒険者が犠牲になることなど何時もの事。むしろ、犠牲にならない日があるなら逆に聞きたいぐらいだ」

「さっきの感動を返して欲しいぜ……で、その理由って言うのは?」

「ああ。実は先日、この依頼に関してギルドの職員が話していたのを小耳に挟んだのがキッカケでな」

「相変わらずの地獄耳だな」

「失敬な。あれだけ大きな声で話していれば自然と入ってくる」

「それで? それがどうして理由になるんだよ?」

「いや、これが中々面白い会話だったのだよ。お前に話してもピンとこないと思うが、どうやらこの依頼、中々に愉快な出来事が待ち構えてるかもしれんぞ」


 表情から見て分かるほど、エルーニャのテンションは上がっていた。その理由はここ最近、くだらない依頼ばかりをこなしていた事が起因している。依頼自体はウェインがするにしても、それに付き合うエルーニャは、気分も機嫌も駄々下がりの状態であった。そこに、エルーニャ好みの一癖も二癖もある依頼が飛び込んできたとなれば、テンションが上がるのも無理はなかった。

 浮かれるエルーニャとは逆で、一筋縄ではいきそうにない今回の依頼に、ウェインは諦めにも似た溜息を吐いた。







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