冒険者ギルド編 7

 翌日の朝、予定通り二人は街を出た。

 まだ陽が昇り切らない朝は闇が残り、視界が悪い。ただ、時間の都合で早めに出なければ今日中に帰ってくるのが難しいという判断があった。

 何時も通り馬車を走らせるウェイン。目指す場所は王国の南方に位置する山であった。辿り着くには平原を超えるのだが、その途中に依頼人のいる『イクノ村』がある。だが、道から少し外れているため必ずしも通らなければならない、という事ではなかった。

 時間が惜しいので、イクノ村による事なく依頼の山に直行するであろうと、ウェインは考えていたのだが。


「弟子よ、イクノ村に寄るぞ」


 隣に座っていたエルーニャがウェインに指示を出す。


「本気なのか? 別に立ち寄る理由は無くないか?」

「一度依頼人のつらを見ておきたい」

「物好きだな師匠。さっさと依頼を終わらせた方が良いんじゃないか?」

「まぁ、そう急くな。少し確認しておきたいことがあってな。ほら、進路を村に取れ」



 言われるがまま、ウェインは依頼人がいるとされるイクノ村へと進路を取る。道沿いから少し外れた場所にその村は存在した。

 村の前まで辿り着いたウェイン達。だが、二人は目の前にあるイクノ村を意外そうな顔で見ていた。

 村を守るべき正面の入口には門番は一人もおらず、加えて門は半開きの状態で置いてあった。村の周囲を囲む柵は手入れを怠っているためか、風雨に晒され続けたせいで腐食しており、穴があちこちに開いて自由に街へと出入りできる状態であった。

 村の前に馬車を置き、二人は村に入っていく。村の現状を目の当たりにした二人は更に驚いた。

 周囲の家の老朽化は一目見て分かるぐらい酷く、朝の早い時間に畑などで働いている人間の数も少ない。見れば若い人間はおらず、年老いた方々が一生懸命畑の世話をしている状況であった。

 依頼人が住んでいるとされるイクノ村は、ウェイン達がお世話になっているリドネ村と比べ、明らかに生活レベルが低かった。



「おやぁ、アンタたち、こんな村に何しにきた?」



 村にやってきたウェイン達に話しかけて来たのは、腰の曲がった老婆。頭に頭巾をかぶり、服には所々泥が付いていることから、農作業の途中だったことが分かる。


「俺達ギルドの冒険者なんです」

「ぼうけんしゃぁ? ははぁ、さては村長さんに会いに来たのかい」

「村長さん?」

「ほれ、あのでっかい建物」


 老婆が指さす方向。そこには他の家とは明らかに別格の豪華で巨大な家が建っていた。その場所だけ王国にある建造物に匹敵するほどの立派なものが存在していた。周囲の惨状に気を取られて、その建物に気づいていなかったウェイン達。



「はぁ……あれが村長さんの家ですか」

「そうだよ。この村で一番の金持ちだよ。だからアンタ達は会いに来たのかと思ってね。この村には、他になーんもありゃせんからな」

「実は俺達、この依頼書の主にお会いしたくてここに来たんです」


 持っていた依頼の羊皮紙を老婆に見せ、依頼人の名前を見せる。ううん? とその記された名前をマジマジと眺めた後。



「ああ、アレックスかい。あの子なら、そこの家にいるよ」



 老婆がそう言って指さした家は、小さなボロボロの家であった。

 親切な老婆に、依頼人であるアレックスの家を教えてもらい、ウェインは一度老婆に礼を言って、アレックスの家へと向かう。

 アレックスの家は周囲の家と同様、貧困していると感じられる一軒家であった。二人は玄関の前に立つと。



「ああ、弟子よ。一つ言っておくが、ここからは私が全て会話をする」

「意外だ。全部任せるって言うならともかく、自分から進んでやるなんて」

「まぁ、色々あるからな」



 玄関の扉に設置してあるリング状の叩き金を手にし、何度か鳴らす。すると、家の中から若い男性の声が聞こえる。声がして直ぐ、玄関の扉が開く。

 家の中から出てきたのは二十代前半と思われる若い男性。

 垢ぬけない顔の冴えない印象で、着ている服はよれよれだった。初めて見るウェインとエルーニャを交互に見て、男性は戸惑いを隠せない様子。


「どちらさま?」


 自分達が冒険者ギルドの冒険者である事をエルーニャが伝えると、男性はそれを疑いもせず信用する。あまりにも素直な男性に対し、拍子抜けした様子。

 ウェイン達は目の前の男性がアレックスであるかどうか本人に確認を取る。すると、男性は元気よく本人で間違いないと返事をする。

 少し聞きたい事があるというと、アレックスは立ち話もあれだから中へどうぞと促す。


 ウェイン達はアレックスの好意を受けて家の中へと入る。家の狭さ、必要最低限の家具と、使い古された調理器具を見て金銭的な余裕が無い事を改めて確認する。

 奥の部屋から年老いた女性が出てくる。女性の足取りはよろめいており、立つのもやっとという印象。「お客さんかい?」と女性は言うとゴホゴホと咳をする。アレックスは慌てて女性の側へ駆け寄る。


「母さんは寝ててよ。体調がよくないだろ」


 アレックスは母親を支えながら、部屋の奥へと一緒に消える。しかし、アレックスだけは直ぐに戻ってくる。


「お待たせしました。どうぞこちらへ」


 小さなテーブル席。席は四つあり、エルーニャとウェインが横並びに座り、対面にアレックスの位置。


「さきほどの女性は母親か?」

「ええ。元々病弱な母で、体調を崩しておりまして。本当なら薬を貰わないといけないほど弱っているんですが……」


 アレックスは心配そうに壁越しに隣の部屋を見る。


「金が無いのか?」

「はい。一応農作業をして稼いでいるのですが、中々そこまで手が出なくて」


 ハハ、と笑うアレックス。それは自身の不甲斐なさや、情けなさに対しての自虐の物であった。


「確かに、見て分かるぐらいには金銭に困ってそうだな。半年前もこの状態だったのか?」

「半年前? 半年前どころか、もうずっとこんな調子ですよ。ですから、何とかしないといけないんですけど、母親を置いて出稼ぎというのは難しい状態ですから」

「ずっとこの調子か……では、これは何だ?」


 スッ、とエルーニャは持っていた依頼書をテーブルの上に置く。アレックスはそれを手に取り確認する。


「これは……ゴブリン討伐の依頼書? それに、僕の名前!」

「そうだ。お前が依頼した物で間違いないんだろ?」

「た、確かに依頼した事はあります。ですが、あれは半年ほど前だったはず……その、半年前の依頼がどうしてここに?」

「未だにこの依頼が完遂されていないからだ。だから、今日こうして私たちが出向いた。お前から話を聞くためにな」

「完遂されてない? じゃあこの依頼は半年間放置されていたのですか?」

「違う。他の冒険者が失敗しているからだ。半年の間帰ってきた冒険者は一人もいない」


 事実を告げると、アレックスの顔色はみるみる青ざめ、持っていた依頼書を手から放してしまい、地面に落とす。落ちた依頼書はウェインが拾い上げる。アレックスはテーブルの上に両肘をつき、頭を抱えてしまう。



「私が気になっている事は、依頼料金をどうやって捻出した? この生活から見てとても出せるとは思えん。村の人間全員から徴収したのか? それとも――――」

「あの、実は――――」



 バン! と派手な音ともに玄関の扉が乱暴に開かれる。音の方向を三人が揃ってみると、そこにはふてぶてしく、派手な身なりをした中年の男が立っていた。

 頭皮は薄く、頭頂部は光り輝く。肉のついた脂ぎった顔つきに、髭を沢山蓄えた面構え。その身なりは贅沢の粋を極めたような服で、アレックスとは違い皺ひとつない光沢のある服装。腫れあがったような太い五指に高級装飾品として扱われる金の指輪をはめていた。



「ぶ、ブルームさん!」



 入ってきた中年男を見てそう言うと、アレックスは立ち上がり頭を下げる。ガハハ、という汚い笑い声と共にアレックスの方へと近寄る。


「邪魔するぞ、アレックス」

「今日はどうされたのですか? 僕の家にやってくるなんて」

「何、お前に用があってきたわけではない。先程、お前の家に冒険者の方がやってきたという情報がワシの耳に入ってな……しかし、ここは相変わらず汚いな! ワシの飼っている豚小屋よりも汚いわ」


 平然とブルームは床に唾を吐き捨てる。それに対していたたまれない悔しい表情を見せるアレックス。そして、その行動を見ていたエルーニャ達は、ブルームに対して凍り付くような白い眼差しを向けていた。

 それからブルームはエルーニャ達の方へ視線を向ける。すると、その視線はウェインよりもエルーニャに対して注がれる。ジロジロと、上から下まで嘗め回すような汚い下衆の視線だった。


 空いている席にブルームは座る。それは、エルーニャを正面から見れる位置の席で、もう一つの空いている席にアレックスは座る。



「これは、これは。冒険者というからどこの馬の骨かと思ったら……まさかこれほど美しい女性だったとは。良ければお名前をお聞かせ願いませんか?」

「すまんな、生憎私は記憶喪失で名前を覚えてない」

「そうでしたか! いやぁ、それは勿体ない! さぞお美しいお名前だったのでしょう! 私、この村の村長をやっております『ブルーム・ベン』と申します。以後お見知りおきを」


 そう言って手を差し出すブルーム。だが、エルーニャは手を出さない。握手をする気配がないと分かり、ブルームはその手を仕方なく引っ込める。



「悪いが、私はそこのアレックスと話をしている。依頼についてな」

「依頼ですと! ひょっとして半年前の依頼ですか!」


 その言葉に食いつき、体を前のめりにして立ち上がるブルーム。


「その通りだが……何か?」

「いや、本当に待っておりましたよ! 何時になったらあの依頼を果たしてくれるのか、本当に首を長くして待っておりましたからね私は」

「悪いが、まだだ。これから依頼を果たしにいくところだ」


 まだ、と聞いた途端、ブルームは腰を下ろして椅子にもたれ掛かる。笑顔が崩れ、だるそうに溜息を吐く。


「まだぁ? 一体何時になったらできるのですか? 余程冒険者ギルドというのは人材が不足しておるみたいですな」

「確かにそうかもしれないな。だが、この依頼に関して少し気になっている事があってな。今アレックスに聞いている所だ」

「……どのような内容で?」

「例えばだが、この依頼の料金だ。見た所アレックス一人が出せる金額ではない事は明らか。そうなると、この依頼の料金は一体どこから出てきたのか、という事だ」

「あの、実は――――」

「ああ! その依頼料金は私が負担したものです!」


 何かを言いかけたアレックスの声をかき消すように、大きな声を上げるブルーム。


「ほう? 何故貴方が依頼料金の肩代わりを?」

「ハハハ! この村を治める村長として当然の事ですよ! 村を守るために、それぐらいの出費は当たり前です」

「……なるほど。失礼だが、その身なりからして、相当なお金を所有していると見受けるが、どのような仕事を?」

「それは秘密ですな。ただ、もしよければ私の家まで来ませんか? 私の仕事の秘密が知りたいのでしたらそちらでお教えしましょう。こんな豚小屋とは比較にならないほど広く豪華な部屋ですし、お食事も用意しましょう。そこでじっくり、手取り足取り……ね」

「折角の申し出だが、お断りしよう。別にそこまで知りたいわけでも無いし、私よりももっとお似合いのものを連れた方がいいのでは?」

「貴女以上に私とお似合いの方が? いませんよ、そんな者」

「なんなら私が紹介しても良いが? 丁度近くに居るしな。四足で歩く丸々太った桃色の肌をしたお似合いの生物が」



 全く隠す気の無いエルーニャの悪口に、ブルームの頬がぴくぴく小刻みに動いており、怒りに震えているのが見て取れる。


「そうですか、そうですか。それは残念でした……が、少し口の利き方には気を付けた方が良いと思われますよ?」

「ほう、何か含みのある言い方だな?」

「実は私、冒険者の中でも『Ⅴ』のランクに値する冒険者と知り合いでして。下手に私を怒らせると、安心して日常を過ごせなくなりますよ?」

「Ⅴの冒険者と知り合い、か。丁度ランクとしては中堅どころより上のレベルか。いやぁそれは恐ろしい。ランクが一番下の『Ⅰ』の私では到底勝てないなぁ、困ったものだ」

「そうでしょう? ですから――――」

「だがおかしな話だ。そんな強いランクの冒険者と知り合いであれば、そいつに頼めばいい話だ。なのに、何故わざわざこんな手間を犯すのか、些か理解できないな」

「そ、それは……偶然用事があって受けてくれなかった。それだけの話ですよ!」

「まぁ、そういう事にしておいてやろう」


 痛い所を突かれ、恥をかいたのを感じたブルームは今にも頭の血管が切れそうなほど顔を紅潮させる。それを見てウェインは笑いをこらえるので必死だった。ブルームはテーブルを強く叩いて立ち上がる。


「もういい! 早くあの怪物を倒してくれ! こっちはいい加減待ちくたびれてるんだ!」


 一度アレックスの方を睨みつけた後、ドカドカと威張るような姿勢で歩きながらアレックスの家を出ていくブルーム。


「すみません、冒険者のお二方。気を悪くしないでください」

「あのブルームとかいう男、何時もあんな調子なのか?」

「ええ。大きな声では言えませんが、あまり村の人の評判はよくありません」

「まぁ、あの態度を見れば一目瞭然だ。ところで……あの男、やけに他の村の連中と違って羽振りがよかったが、何故なのか知っているか?」

「いえ、それが僕も知らないんです」

「口外してはいけないとかではなく?」

「本当に知らないんです。ブルームさんは父の遺産を受け継いだものの、ああいう性格で、事あるごとに女の人と遊んで財産を食いつぶし、遺産であった莫大な土地をほとんど売り払ってしまい、一時は見る影も無いぐらい悲惨な状態でした……けど、ここ何年か前に突然羽振りが良くなって」

「また土地を売ったとかではないのか?」

「それはあり得ません。もうブルームさんが所有している土地なんて、畑などでは使用できない山の土地だけだと聞きます」

「……山の土地。それはどのあたりだ?」

「冒険者さんが持っている依頼書の山辺りだと聞きました。それが何か?」

「いや、何でもない。随分と手間を取らせてしまって、悪かった。もう十分だ」



立ち上がるエルーニャ。それを見て、追随するウェイン。


「これから依頼の方へお二人は行かれるのですか?」

「ああ。早ければ夕刻前には終わる予定ではあるが、どうなるかは分からない」

「あの……依頼をした自分が言うのも何ですが、気を付けてください。何があるかわかりませんよ」

「心に留めておこう。では、またな」



アレックスの家を出るエルーニャ達。家を出た後、エルーニャが何処かご満悦な様子なのをウェインは感じ取った。



「随分と楽しそうだな師匠」

「なんだ? お前は楽しくないのか?」

「俺はスリルとかそういうのを求めないから。楽で終わるなら楽な方が良いよ」

「残念だが、その可能性は無に等しいぞ。諦めろ、弟子」

「師匠のその反応で察してるよ」

「それでいい。さてと……大方の材料は出揃ったな。依頼答えあわせといくか」


 




 




 


  


 






 

 


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