冒険者ギルド編 8
アレックスとの一件を終え、村を出たエルーニャ達は、直ぐに依頼の場所へと馬車を走らせる。村から依頼の場所まではおおよそ十分程度で辿り着く。
馬車に揺られ、依頼の場所に向かう二人。
大欠伸をして、今にも寝てしまいそうなほど緊張感のないエルーニャと違い、手綱を握っているウェインの表情はどこか強張っていた。
「どうした? 初めての遠征で緊張しているのか?」
何時もの調子で無い事をエルーニャに察知される。そして、その理由もエルーニャは見抜いていた。
「まぁ、多少は……こういう依頼は初めてだし」
「そうだな。冒険者になったというのに、掃除とお使いしかしてないからな。冒険者になったのならば、やはりこういう旅とロマンが醍醐味というものだ」
「師匠は全然緊張してないよな」
「当然だ。お前と私では場数が違いすぎる」
「……師匠は初めてこういう冒険を伴う依頼を受けた時はどうだったんだよ? 緊張とか無かったのか?」
「毛筋ほども無かったな。緊張よりも楽しみや興奮が勝っていたよ」
「今から命を落とすかもしれないのに?」
「そんなもの何処に居ても起こる事だ。一々気にしていたら気が持たん。寧ろ、まだ見ぬ未知の世界に対しての興味が、そんなものを忘れさせた」
「羨ましいよ。俺もそんな風になれたらいいのに」
「なら、なれば良い」
「……は?」
「簡単な事だ。あらゆることを悪い方向で考えず、良い方向に考えろ。楽しむことが秘訣だな」
簡単そうに言うエルーニャであるが、そう単純な事ではない。
これは長年冒険者としてあり続け、驚異的な能力を備えているエルーニャだからこそ言える話であり、行きついた境地である。それを他の者が真似しようとしても、実際上手くはいかないだろう。
訊く相手を間違えた。そう、ウェインは思った。だが、エルーニャの言葉には不思議と妙な説得力があり、それがウェインの緊張を
「分かったよ。俺は俺なりに楽しんでみるさ」
何処か吹っ切れたらしく、ウェインの表情に固さは無くなっていた。
♦♦
馬車に揺られて 依頼に書いてある山の麓に辿り着く。山道を少し上ったところに、依頼の洞窟はあった。
洞窟の入口の大きさは横幅、縦幅が共に大きく、横幅なら人が並んで五人入れる猶予と、縦幅は二人の身長を足しても余裕があるほどの大きさだった。
馬車を近い場所に置いて山道を登る二人。
やがて入口の前に立つ二人。洞窟に陽の光は全く届かず、先は暗闇しかなかった。その様子はぽっかりと大口を開ける怪物を連想させた。
「よし、じゃあ行くか師匠」
街の武器屋で購入した二束三文の粗雑な剣を腰に携えるウェイン。気合も十分といった様子なのだが、エルーニャは入口を眺めたまま動こうとしない。
「ふむ……妙だな」
首を捻って疑問を発するエルーニャ。
「妙って、何がだよ師匠」
「弟子よ、今一度依頼の確認をしてみろ」
「はいはい。えっと……「山の麓付近に出来た洞窟にゴブリンが住み着いたので退治して欲しい。なお、数は不明」だってさ」
「文面からすればゴブリンが作った巣穴と考えていたが、それにしては大きすぎる。加えて、奴らの習性を考えればこの日中には見張りを出す筈だ。それすらいないのも何かおかしい」
「ここであーだこーだ言ってても仕方ないだろ。とりあえず、中に入ってみるしかないんじゃないか?」
「ふむ、そうだな。では入ってみるか」
洞窟の入口へと二人は足を踏み入れた。
湿った空気が肌を撫で、一寸先は全て闇。この中を進むとなれば、どんな者であろうと躊躇するだろう。
洞窟の奥をまじまじと眺めるウェインと違い、エルーニャは洞窟の内壁をペタペタと手で触っていた。
「師匠、何してるんだよ?」
「何、ちょっと気になってな。さて、洞窟の奥へ進むぞ」
「奥にって言うけど、松明も無いのにどうやってこの暗い中進むんだよ。だから街で松明買っていこうってあれだけ言ったのに」
「まぁ、そう慌てるな。ちゃんと用意はしてあるさ」
ローブの中から本を取り出す。すると、勝手に本がめくれ、開いたページに手を当てるエルーニャ。
「――――来い『
一言告げると、本が輝く。そこから眩い白く発光する球体が飛び出してくる。それは暖かい優しい光でエルーニャ達の周囲はおろか、洞窟の先を照らす。ふわふわと浮いて、エルーニャ達の前方の位置に留まる。
「へぇ、便利な魔法もあるもんだな師匠」
「触るなよ? 触れればこれが弾けて身を裂くような衝撃がお前を襲うぞ」
ウェインの行動を読んでいたのか、忠告するエルーニャ。それは今正に指先で光精霊を突こうとしていた所であった。慌ててウェインは指を外す。
「そういう事は早く言ってくれよ師匠」
「今言っただろ。さて、行くぞ」
先導して歩くエルーニャの後ろについてウェインが歩く形で中へと進む。
入口から続く一本道をずっと歩き続けている途中。
「なぁ、師匠。ちょっと訊いてもいいかな」
「言ってみろ」
「洞窟って言う割には何か変じゃないか? まぁ、洞窟に来たのが初めての俺が言うのもおかしな話だけど」
「ほぅ? どうおかしいのか言ってみろ」
「あまりにも出来すぎな気がするんだよ。洞窟って言う割には広いし、高さも十分ある。息苦しさがあまり無い快適な状態。後、これ」
平らな地面を足で何度も踏むウェイン。
「歩きやすい。自然に出来たものなら、もう少し石や岩で道に起伏があってもおかしくないはず。これだけ平らな事ってあるのか?」
「良い所に目をつけたな。それで、ここは何だと思う?」
「何だと思う……って言われても、俺が聞きたいよ。何なんだよ?」
「それでは赤点だな。もう少し考えろ」
「答えを教えてくれないのかよ」
焦らされ、不満顔のウェイン。言われて考えるものの、気になる点しか分からず答えには辿り着かないでいた。
それからしばらくして、突然エルーニャの足が止まる。
「どうした師匠」
「見ろ、あれを」
地面に転がる大量の白骨化した死体。それらは全て子供ほどの大きさであり、明らかに人間ではないのが分かる。
その死体の骨を拾い上げて観察するエルーニャ。
「これは、ゴブリンの骨だな。どれも深い切傷や粉砕されたものが見受けられる」
「ここで戦闘があったって事か師匠?」
「そう考えるのが妥当だろうな。しかし、そうなると……おかしい。この骨を生き残ったゴブリン共が放置するとは思えん」
「それはつまり何が言いたいんだよ師匠?」
「ゴブリンは既に全滅している可能性が高いという事だ」
「はぁ? じゃあ他の冒険者達は?」
「それを調べるのが私たちの役目だ。それで、お前の「危機回避」の方はどうだ?」
「今の所該当なし。それらしい気配は微塵も無いよ」
「そうか。では、先へ進むとするか」
手にしていた骨を無造作に放り捨てるエルーニャ。ガラン、と無情な音が洞窟内に響き渡り骨が転がる。
それから二人はどんどん先へと進む。
既に入口は遥か彼方に遠ざかり、今何かあっても直ぐに引き返すのは容易ではない距離になっていた。
それでも先へ進む二人に対し、左右に分かれた二股の道が現れる。
「左か右か。さて、どっちを選ぶんだ師匠」
「とりあえず右に行くぞ。後で左だ」
「即決した理由は?」
「勘だ。どちらにも行くつもりだから結局遅かれ早かれの問題なだけだ」
右の道を歩いていくと、前方が行き止まりになっているのが見える。
「成程、結局他の冒険者もこっちに来て行き止まりで左の道を歩んだわけかな」
「……待て」
静かに、と口元に指をあてがうエルーニャ。
「どうした師匠?」
「……音がするな」
「音? 何の音だよ?」
「風の音だ。何処からか風が吹いている」
「風の音って……全然聞こえないぜ」
耳をすませるウェインだが、自身達の声が空しく洞窟内で反響するだけだった。
ゆっくりと歩を進め、やがて横壁に体を向けて立つエルーニャ。壁をぐっぐっ、と手で押すと、その壁は他の壁と違い柔らかさを持っていた。よく見ると、その壁の周りだけ、色が微妙に違っていた。
「見つからぬように、土を盛って隠したという所か――
壁に右手の人差し指と中指を向け、魔法を唱えるエルーニャ。それだけで目の前の壁は強烈な力を受けて粉々に四散する。
本来ならば魔法によって大きく抉れた壁が出る筈のそこには、人一人分が通れる隠し通路が現れていた。
「これはまた……行くのか師匠?」
「当然だ。雑な隠し方とはいえ、こんな事をするには理由があるだろうからな」
現れた隠し通路を二人が進んでいくと、やがて広い空間へと辿り着く。
そこで目にしたのは、高くそびえる削られた壁と、その周囲の床に転がる多数のつるはしとスコップ。そして、銀色の石を大量に乗せた運搬用のトロッコがレールの上に乗っていた。レールの先は目の届く範囲では先が見えないものの、荷物を外へと持ち運ぶものだというのは推測は出来る。
地面に転がっているつるはしとスコップを手に取るウェイン。その尖端には泥が付着しており、明らかに使い込まれている感じが見て取れた。
何故このような道具がここにあるのか不思議そうに見ていると。
「分かっていたことではあったが、やはりこういう事か」
足元に転がる道具を蹴り飛ばしながらぼやくエルーニャ。
「どういう事だよ師匠」
「そうだな……順を追って話してやろう。私がこの依頼を受けるに当たって、ギルド職員の会話を聞いた事がキッカケといった事は覚えているか?」
「ああ、言ってたな。それがどうしたんだよ」
「職員の話していた内容はこうだ。『この依頼に関しては、依頼人に疑わしい点があってギルドの職員が『
「じゃあ、本当にゴブリン退治だってことなんだろ?」
チッチッチ、と人差し指を立てて指を左右に振るエルーニャ。
「間抜け。これは私がギルドに居た頃、よくあった詐欺の手口だ。お前は嘘がバレたくない時、どういう手口を使う?」
「魔法を防ぐ魔法を使う?」
「正解は嘘をつかなければいいだ」
大きく首をかしげるウェイン。エルーニャの解答に、納得できていない様子。
「嘘をつかなければいい……って、魔法でバレるのに無理だろ! 矛盾してるぞ!」
「そうではない。簡単な話だ、代理人を立てればいいんだよ。例えば『金に困っている男に、金を握らせて適当な作り話を教え、ギルドで依頼してきてほしい』という感じか。これならば代理人は言われた通り依頼しに来ただけだから、嘘は言っていない。だから、見抜けない」
「てことは、やっぱりあの村長か」
「まぁ、間違いないだろうな。本当の依頼人はあの
「ああ、なるほど。そうなると、洞窟が妙に広かったり歩きやすかったのは、人の手が加えられていたからなのか。どうりで」
「そういう事だ。だが、ここで少し気になる点がある」
「気になる点?」
「依頼を偽る事に関してはメリットよりもデメリットの方がはるかに高い。冒険者を派遣するのだから、依頼が嘘だったとバレるリスクはかなり高い。そして、バレた時のギルドの処置はかなり重い。当初はこういった詐欺まがいの行為があったが、罰則を厳しく化した後、この行為はパタリと無くなった」
「昔と違ってルール変更されたとかは?」
「確認はしたが、その点においては変わっていなかったさ。さて、何故洞窟などと偽ったのか? 採掘場という事実を隠した意味はなんなのか? そこが気になる」
考え込むエルーニャ。ウェインは近くに放置されているトロッコへと近づく。そこには白い輝きを放つ鉱石が大量に積まれていた。その一つを手に取ると、見た目に反して羽のような軽さがあった。
「採掘してたのは、この石なのかな師匠?」
「それは
「じゃあ、これがバレたくなくて嘘ついたんじゃないのか?」
「いや、それは考えにくい。軽鉱石は珍しい素材ではない為、ここだけではなく他の採掘場は幾らでもある。その上、大量に発掘されるため軽鉱石の価値は意外と低い。そのため安価で取引されているのが現状だな」
「じゃあこのトロッコに乗っている数で幾らぐらい?」
「ざっと見て三百いけば良い所だな」
ええっ! と驚くウェイン。自身が思っていた以上に安価な取引をされている現実。これだけの鉱石を発掘するのには大変な労力を伴う事を考えると、とても割のいい仕事とは誰も思わないだろう。
手にしていた軽鉱石を放り投げ、トロッコの中にある軽鉱石を漁るウェイン。
「こんなデカイ石や、綺麗な石もあるのに三百って安いなぁ」
「軽鉱石は大きさや質がそこまで価値を左右するものではないからな」
「ええ、信じられないな……だって、これなんか滅茶苦茶綺麗……って、重っ! 何だこれ! これだけ重さがまるで違う!」
ズシリ、と、今までにない重さがウェインの手に宿る。
気まぐれに手にしたそれは、明らかに他の軽鉱石とは別の重さがあった。
「……何? 軽鉱石はそんな重さを持つはずはないぞ」
「そんな事言っても、全然違うんだけどコレ」
ウェインの手にした軽鉱石を、エルーニャがひょいと取り上げる。そして、真剣な眼差しでその軽鉱石を眺めていた。
「……まさか、これは」
「師匠どうした?」
ブツブツ、とうわ言のように呟きだすエルーニャ。やがて、その石を自身のローブの中に入れると、トロッコの中を覗いて中の軽鉱石を漁りだす。何度か中の石を手に取り、そして再びトロッコの中へと戻した後、大きく一度頷いた。
「なるほど、そういう事か。もしかしたら謎が解けたかもしれん」
「え? 本当なのか?」
「ああ。だが、ここでやる事はまだ残っているからそちらを片付けに行くか」
「やる事?」
「他の冒険者を殺したバケモノ退治だよ」
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