冒険者ギルド編 9
トロッコが置かれた隠し部屋から帰ってきたウェイン達は、再び二手に分かれた岐路の部分まで戻る。そして、まだ調査をしていない左の道へと進む。
左の道は今まで通ってきた何の変わり映えもしない採掘場の道。そして、所々にゴブリンの骨と思わしきものが脇に転がっているだけで、モンスターの影も形も存在していなかった。
だが、これまで数多くの冒険者達が行方不明になったこの場所で、このまま何事もなく終わるわけも無かった。
しばらく採掘場の道を歩き続けた二人の前に現れたのは、もう一回り広くなった採掘場の通路だった。
あまりにも突然、そして不自然に大きくなった通路。今まででも十分広かった通路を、あえてここまで拡張する意味は無いぐらいに大きくなっていた。
「おいおい、何だよコレ?」
焦るウェイン。これもゴブリンの仕業なのか? とエルーニャに訊くと、その隣で採掘場に来た時と同じように、エルーニャは壁を触っていた。
そして、彼女は気づく。
先程まではあれだけ滑らかに削られた壁が、拡張された部分からは、やけに荒々しく削られた壁になっている事に。この時点で、エルーニャには何が原因か、そして冒険者の命を奪った怪物の正体に対し、おおよその見当がついてしまう。
これが相手ならば、初級冒険者達で勝つことは到底不可能であろうと。
エルーニャの行動はウェインには分からず、不可解な行動としか見えない。
「何か分かったのか師匠?」
「ああ。おおよそ……いや、もう全て何が原因なのか分かったよ」
「ええ! それ本当かよ! 勿体ぶらずに教えてくれよ!」
「慌てるな。このまま奥に進めば直ぐに答えは分かる」
そのエルーニャの言葉通りとなる。
奥へと進むウェイン達。数分も歩くと、採掘場の
これ以上先が無くなった行き止まり。そこには大量の破損した武器防具、人間の腕と思わしき白骨化した一部分があった。武器は折れ曲がり、防具に関しては何かとてつもない力で潰されたように平らになっていた。
その中で、見覚えのある武器と防具があった。
ウェインが忠告したのにも関わらず、無視して依頼を受けた少年の防具とその付き添いの少女の帽子だ。それらは赤黒い液体がこびりついており、ここで起きた惨劇を物語っていた。
「何でこんなところに大量の武器防具が?」
不思議に思うのも無理は無かった。どれも悲惨なものであるのにかかわらず、肝心の冒険者達の遺体が一つも無かったのだ。そして、これだけの冒険者を苦しめたモンスターの死体も無かった。
しかし、この採掘場はほとんど一本道。隠れるような場所は多少ありはしたが、普段の採掘場の暗さならいざ知らず、光精霊を用いて洞窟の奥まで来た二人が見落とすことはあり得ない事であった。
冒険者達の遺品を手に取り、考えるウェイン。だが、全てを知るエルーニャはこれからが本番であることを知っていた。
「さてと、そろそろ出てくる頃ではあるかな?」
まるでそれを合図としたかのように、採掘場が一度大きく揺れる。その揺れで天井からは土や石がパラパラと降ってくる。何事か、とウェインが頭上を見た瞬間、禍々しい黒い靄が天井一面を覆っている事に気づく。背筋に冷たい物が伝うような気持ち悪さがそこに含まれていた。ウェインの持つ危険回避の能力がそれを知らせていた。
「やべぇ、天井から何か来る。かなりの大きさだぞ師匠!」
「だろうな。おそらく、サイズ的にはこの採掘場の横幅と一緒の筈だ」
「横幅と一緒って……」
右端と左端の壁を目で追う。その長さはおよそ十メートルほどあり、それが出てくるとなれば、どれだけの巨体なのかが直ぐに分かる。
「それ、本気で言ってるの師匠?」
「当然だ。急に通路の大きさが変わったのは、この上に居るモンスターが通った跡だからだ。今までの通路と比べて、壁面が雑に削げ落ちているのが証拠だ」
「ゴブリン……じゃないよね? やっぱり」
先程ウェイン達が通ってきた通路の天井が突然崩れる。そこから姿を現したのは巨大な蚯蚓であった。
採掘場の通路を隙間なく埋める巨体。その横を潜り抜ける事は例え鼠であろうと不可能なほど隙間が無い。体全体が銀色に鈍く輝いており、その皮膚は生半可な事では傷一つ付けられそうにない鉄の強度を誇る。蚯蚓の先端には大きな円形の口が搭載されており、その中にある鋭い歯があらゆる方向に敷き詰められ、中に入ってきたものは一瞬にして挽肉にされる。口からだらしなく出ている唾液まみれの長い舌が、ウェイン達の方を向いていた。
「な、なんだよコイツ?」
「
「呑気に言ってる場合かよ!」
砂石蚯蚓に対してウェインは腰に備えていた剣を抜き、構える。
「やめておけ。そんな安物では砂石蚯蚓の皮膚には傷一つ付けられん。ああなるのがオチだぞ?」
地面に転がった無残な姿をさらす武器防具を指さすエルーニャ。転がっている武器防具も、砂石蚯蚓に立ち向かった結果だったのだろう。今でこそボロボロに朽ちているが、それらがまともな状態だった時は、ウェインが持っている安物よりかは少なくとも良質な品であるのは分かる。
無駄な抵抗と分かり、剣を鞘に納刀するウェイン。
砂石蚯蚓の方はというと、ウェイン達の退路を塞ぎ、ゆっくりと迫ってきていた。
「あのモンスターはこれからどういう動きをするのか分かるか師匠?」
「まぁ、我々の背後にある壁と、自分の巨体を利用して圧し潰す気だろうな」
「どうりで防具があんな潰れていたわけだ。これは万事休すってわけ?」
「まぁ、そうなるな」
ズリズリと地面を這いずり、獲物の反応を楽しむように焦らす砂石蚯蚓。このモンスターにとっては、ウェイン達がご馳走に感じているのだろう。その舌から分泌される唾液の量が増えて地面に滴り落ちる。
そして、その巨体が一度大きくのけぞり、反動をつけてウェイン達を捕食しようと襲い掛かる。
だが、このモンスターは知らない。
「――――ただし、それは初級冒険者の話だがな」
彼等が捕食する側の立場にあるという事に。
エルーニャがローブの中から本を取り出すと、意思を持つか如く本が宙に浮きページが勝手に開かれる。
「
それをエルーニャが口にした瞬間、目の前の巨体はグラリと傾き、その場に崩れ落ちる。その巨体を痙攣しているように小刻みに震えさせ、動けなくなっていた。
「確かに、砂石蚯蚓は地中を動き回る為、その皮膚は強固で頑丈。並みの武器では傷一つ付けられん。だが、残念な事に一つ重大な欠点がある。それは
「コイツ、もう動けないのか?」
「ああ。ちょっとした状態異常にさせるともう後は料理するだけのモンスターだ。とはいえ、これだけ巨体だと
「じゃあどうする気だ?」
「まぁ、見ておけ」
右手の食指を立てて、エルーニャは言葉を紡ぐ。それはウェインにとって忘れられない記憶を思い起こさせる。
ブツブツと呟くその暴力的な詠唱は、聞く者を恐怖に陥るような感覚へと誘われる。そして、詠唱を終えるとその人差し指には白い火が宿る。それは蝋燭のように儚く、頼りない。風が吹けば飛びそうな程弱々しい炎だった。
だというのに、その炎を見た瞬間ウェインはエルーニャの側から直ぐに離れた。
決して自分に向けられる筈の無い魔法。それが分かっていながらも、自然と身構えてしまうほど強烈に嫌な気配を感じ取ったのだ。
「ほぅ、この魔法の危険性を感じ取ったのか? それは正解だ。決して触れようとするなよ?」
炎が宿った食指を、砂石蚯蚓に向けて放つ。炎はゆっくりと動けない砂石蚯蚓に近づき、蝶が花に止まるように砂石蚯蚓の身体に触れる。すると、一瞬にして炎が毒のように砂石蚯蚓の全身に巡る。だが、砂石蚯蚓は燃えるどころか、ただ白い輝きを放っているようにしか見えない。
「
エルーニャが唱えると、砂石蚯蚓の全身が一瞬にして白く染め上がる。そして、一瞬でその巨体は白い灰となり、原型を保てずにあとかたもなく崩れ落ちた。
衝撃的な出来事にウェインは、目を見開いたまま唖然としていた。
「どうした弟子? ボーッとしているが、何か問題でもあるのか?」
「あるというか、なんというか……こんなヤバい魔法あるのかよ。これじゃあ他の職業商売あがったりじゃないのか?」
「こんな魔法が誰彼なしに使えると思うな。これは『
「
「この魔法が出来たのは遥か昔。古来の魔法使いというのは実用性よりも、その魔法の強さだけを追求していた。故に、その時代で作られた魔法はこのような極悪な性能を誇る魔法が多い。そのため、時代の流れと共にそれらは禁忌魔法というカテゴリーに纏められ、今では封印されている」
「それを使用できるのは何人ぐらい?」
「現存する魔法使いで使っているのを見たのは私ぐらいだな。もしかすれば、使える人物はいるかもしれんが、禁忌魔法を使用するのは禁止されているからな」
「じゃあ、何で今使ったんだよ」
「使う場所が限られているからに決まっているからだろう。弟子のお前しか見てないのなら全然問題は無い。折角使える魔法を使えないというのは辛いことなんだぞ?」
「ただ使いたかっただけかよ……」
「身も蓋もない言い方をすればそうなるな。さて、脱出口は開けたのだから、さっさと帰るぞ」
「はいはい、それじゃあ帰りますか。とりあえずここを出たらギルドに報告するのか? それともあの依頼人に報告?」
次の目的地が定まっていない為、その指示を仰ぐウェイン。順当に考えればギルドに報告するのが妥当ではあるが、エルーニャは違う事を考えていた。
「リドネ村だ」
「リドネ村? 何でギルドじゃなくてリドネ村に行くんだよ?」
「理由は……これだ」
エルーニャはローブの中から先ほど手に入れた鉱石を取り出す。
「それとリドネ村に何の関係が?」
「まぁ、後で分かるさ。結果によっては、面白い事になるぞ」
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