冒険者ギルド編 終

 依頼達成をした翌日の昼。天は一面の青で埋め尽くされ、清々しいその様は実に爽快であった。

 そんな青空の下、ウェインとエルーニャが馬車に乗って移動する。ウェインがちらりと幌がかかっている荷台の方に目をやる。そこには頭からスッポリと黒いローブを纏った女性がフードを被って座り込んでいた。

 チラリ、とフードの隙間から見える横顔から、それがアイナであることが分かる。



「アイナさん、大丈夫?」



 声をかけるウェイン。アイナは「大丈夫です」と返事をするが、声は弱々しい。

 その理由は乗り物酔い。アイナは基本的に馬車を苦手としており、遠出でもなければ馬車を利用することは無い。

 ただ、今回に限ってはどうしても馬車での移動をしなければならなかった。

 馬車に揺られる事数時間、彼等は目的の場所へと辿り着いた。

 目の前にある村を守るべき正面の入口に門番はいない。相変わらず門は半開きの状態で置かれていた。

 そう、彼等は再びイクノ村へと訪れた。

 エルーニャは馬車からサッサと降り、ウェインはアイナをエスコートしながら一緒に馬車から降りた。



「ここが、イクノ村ですか……初めて来ましたが、その、杜撰ずさんですね」



 アイナが率直で正直な感想を述べる。思っていた事をありのまま言ってしまったアイナに対してウェインは苦笑いをするしかなかった。

 門をくぐって村の中へ。そこには以前と同じ光景が広がる。農作業を終えた後なのか、外で出歩く人間の姿は少なかった。

 三人は脇目も振らずにアレックスの家へとやってくる。玄関の戸を叩き、アレックスが現れる。



「あなた達は……昨日の冒険者の方! 今日はどのような件で?」

「何、少し話が長くなりそうだから中に入れてもらっても構わないか?」

「は、はい! 勿論」



 どうぞ、と快く中へと迎えてくれる。三人は中へ入ると、四つあるテーブル席に案内される。そこにエルーニャとアイナは座るが、何故かウェインだけは座ろうとしない。


「どうしました? どうぞお席へ」

「いや、そいつはそのままでいい。それよりも一つ、アレックスに頼み事があるんだが良いかな?」

「何でしょうか?」

「ここの村長を呼んできて欲しい。依頼の件と言えば直ぐに飛んでくるだろう」

「依頼……という事は、依頼を完遂されたんですか?」

「それは村長を交えた話をした時に全てを話そう。良いかな?」



 わかりました、とアレックスは直ぐに家を出て村長の下へと向かった。アレックスが居なくなると、黒いフードを目深にかぶり直し、アイナは胸の位置で祈りを捧げるように手を組み合わる。



『――――真の言葉、我が耳に届けよ。欺く嘘を暴き給え』



 ブツブツ、とアイナが言葉を紡ぐ。すると、淡い光が耳を一瞬覆って直ぐに消える。そして、エルーニャの方を見て小さく頷いた。

 それから直ぐに、アレックスが家に戻ってきた。その後ろにはふてぶてしい態度の村長の姿があった。

 アレックスの隣の席に村長は勢いよく椅子に座る。村長の体重に椅子が悲鳴をあげるようにミシミシと音を立てた。

 昨日の件でエルーニャに対して良い印象を持っていない村長は、ムスッとした様子で三人を見ていた。



「おや? こちらの黒いローブの方は? 昨日は見かけませんでしたが?」

「ああ、私の友人だ。この用事が終わり次第、ここより先の村に連れていく予定なのだが、一人馬車に置いていくのもなんでな。それよりも、私は依頼の話をしにきたのだが?」

「おお、アレックスからお聞きしましたよ。何やら依頼を終えられたとか? それは本当ですかな?」

「ああ、そうだ。昨日の内に依頼の方は終わらせた」



 それをエルーニャの口から聞いた村長は、途端に笑みを零す。



「何と! それは良かった! いやぁ、本当に長かった。あなた達には本当に感謝しておりますよ!」

「そうか。しかし、それにしては妙だな……」

「何がですかな?」

「本当の依頼主であるはずのアレックスは喜んでいない様子なのだが?」



 アレックスは、え? と疑問の声を上げる。すると、村長はアレックスの肩に手をまわして一緒に喜ぶように見せる。



「何をおっしゃいます! おどろきのあまり喜ぶことを忘れていたのですよ! だろ? アレックス!」

「……そ、そうです」 


 ぎこちない返事をするアレックス。隣にいる村長の顔色を伺うその様子をみれば、それが本心かどうかは直ぐに三人には分かった。


「まぁ、仕方あるまい。この依頼について何も知らないのだから喜べというのも無理があるだろう」



 エルーニャが言うと、あれほど浮かれ、騒いでいた村長の動きが急にピタリと止まる。それは核心を急に突かれた事による動揺であった。



「な、何の事ですかな? 勝手な憶測はやめていただきたいですなぁ」

「憶測か……アレックス、お前は金に困っていた。そこで村長から言われたのではないか? 『金を渡す代わりに、依頼を届けて欲しい』と」

「ば、馬鹿な事をおっしゃらないでいただきたい!」



 ドン! とテーブルを強く叩く村長。先程の笑顔は薄れ、口を真一文字にしてエルーニャの方を見ていた。それを見たエルーニャの口端は微かに吊り上がる。



「何をそんなに焦っている? 別にそれ自体は悪い事ではない。足が不自由で依頼できないものだっているし、時間の都合が無くて他の者に頼る者だっている。大いに結構な事だが?」



 言葉を詰まらせる村長。焦りからか、早とちりをしてしまい、逆に自分の立場を悪くしてしまった事に気づく。



「もしかしてだが、何か隠していることがあるのかな?」

「な、何を馬鹿な! 隠し事なんて一切ありませんよ!」

「では聞こう。何故、あれを採掘場ではなく洞窟などと偽っていたのかな?」

「! な、何故それを!」



 ハッ、と口を手で覆う村長。だが、すでに言葉が出てしまった後であった。

 採掘場? と小首をかしげるアレックス。そして、その予想通りの反応に笑いが止まらない様子のエルーニャ。

 この時、村長は危機感を覚えていた。

 一番危険な場所においては隠していたのでバレる筈がない。そう、高を括ってはいるものの、万が一バレていた場合の危険性を考えると、村長は脂汗が止まらなかった。この女は一体、どこまで知っているのか? そこに隠されている真実に気づかれていたら、自身の身に危険が及ぶことを村長は知っていた。



「やはり、あれは採掘場だったんだな?」

「……そうです。あれは洞窟などではなく、私が掘り当てた採掘場です」

「認めるのか。何故隠していた」

「恥ずかしいからですよ。自分の管理していた採掘場がゴブリン共に占領されただなんて」

「妙だな、お前は先日「あの怪物を退治してくれ」と言った。それはつまり、ゴブリン以外の存在を知っていたのではないか?」

「ち、違う! ゴブリンの事を指していただけだ! それに、採掘場と知ったところで何も意味はない筈。貴女方がすべきことはモンスターの討伐なのですから」

「確かに、私達の仕事はモンスターの討伐。お前の言う事は一理ある」

「そうでしょう? 分かっていただけて何よりですよ」

「だが、嘘は良くないな。貴様が洞窟と偽っていた理由は別の所にある」

「……と、言われますと?」

「あくまで白をきるか。良いだろう」



 エルーニャはローブの中に手を入れ、懐から何かを取り出した。

 白い鉱石。それは昨日、エルーニャが採掘場で手にいれた鉱石であった。それを見た村長の目が飛び出しそうなほど大きく見開いた。



「アレックスよ、これが何か分かるか?」

「それは……軽鉱石ですか? 白色が特徴で、よく見かける鉱石の一つですね。あまり価値がなく、値段も低いものだと聞いてます」

「そうだ。実際、私も軽鉱石だと思っていた」

「思っていた? では違うのですか?」

「これは軽鉱石ではない。そして、これこそがそこの村長ブタが隠していた不都合な真実という奴だ」

「な、ななな、何をおっしゃっておるんですか! それは軽鉱石! 間違いなく軽鉱石ですよ!」


 再びエルーニャがローブの中に手を入れ、取り出す。そこから取り出したのは羊皮紙であり、テーブルの上にそれを広げた。

 羊皮紙には長々と文章が書かれており、最後に誰かのサインが書かれていた。



「これを鑑定してもらった結果『魔銀鉱石ミスリル』だと判明した」

「えぇっ! こ、これがあの、魔銀鉱石ミスリルなんですか!」



 慌てふためき、鉱石に顔を近づけてまじまじと眺めるアレックス。アイナとウェインは既に聞かされている為驚きは無かったが、初めて聞かされた時はアレックスと同じような反応であった。


魔銀鉱石ミスリル

 

 それは、この世界において希少金属レアメタルの一種として区分けされる貴重な金属の一つ。これが採れる採掘場は数えるほどしかなく、最も多く取れるのが南方の領土を所有する『イグタス』の『神の山脈地帯グレートマウンテン』と『グラフォート』にある火山地帯の一部でしか発掘を確認されていない。そして、この魔銀鉱石は軽鉱石とは違い、その扱いや加工が非常に難しい。だが、それを用いて作られた武器や防具は他とは群を抜いた強さを誇る。

 武器であればどんな硬い岩をも容易に切り裂き、防具であれば巨人の一撃であろうとその防具には傷一つ付かないとされるほど。

 まるで魔法のような強さを生み出す銀。それが魔銀鉱石の名の由来であった。

 希少性とその性能の高さから一般の店に出回る事はほぼあり得ない。それゆえ、魔銀鉱石を見た者自体が珍しいほど。

 手元にあった鉱石を魔銀鉱石と考えたエルーニャは、リドネ村にいるニーネの母親に頼んで鑑定をしてもらった。王国にも鑑定士はいるが、その場合、これが魔銀鉱石だと自分達にあらぬ疑い、嫌疑を掛けられることを考えた。その結果、リドネ村のニーネの母親を頼ったのだ。


「で、ここで一つ確かめなければならない事がある。村長、貴様はこれの採掘及び扱いの許可を王国からもらっているのかな?」

「――――――――!」


 村長は口をパクパクと動かし、顔面蒼白になっていた。

 それは、村長が危惧していた中で最も恐れていた事態であった。



「え? 冒険者さん、魔銀鉱石というのは勝手に扱ってはいけないのですか?」

「そうだ。イグタス、グラフォートの採取できる国ですら国の管理下に入れるほど重要な希少金属。それはこのバージニアでも同じで、取引等においては必ず国の許可が必要と国の規定で定められている。もし、仮に無断で取引等を行えば厳罰は免れない」

「で、でたらめだ! こんな訳の分からない鑑定書を使い、採掘されるはずもない魔銀鉱石を使って私をお前は陥れようとしているんだ!」


 村長は立ち上がりエルーニャを指さして反論する。

 完全にパニックに陥り、大声で喚き散らして全てを否定する。そうしなければ、自身の地位や金、そして命が危ういからだ。

 そんな追い詰められた村長にエルーニャは追い打ちをかける。


「そう言えば、伝えていなかったな」

「な、何がだ!」

「あの採掘場だが、ギルドが調査をするため差し押さえる事になった」

「は……はぁああああ? ちょ、調査ぁああ?」

「異論はあるまい。もし、お前の言う通り軽鉱石しかでないのであれば、お前自身の疑いも晴れる。良かったな」

「良いわけねぇだろ! ふざけんな! テメェ、勝手な事ぬかしやがって! 大体キルドの連中ならまだしも、冒険者のテメェが言うのはおかしいだろうが!」



 自身の生命線とされる採掘場。それの差し押さえともなれば、息の根を止めらるのと同意であった。もはや善人の皮を被っている余裕など村長には無く、醜い本性を曝け出してエルーニャの言葉を拒否する。



「ギルドの人間か……だそうだぞ、アイナ」



 エルーニャが隣のローブを纏った人間に目配せをする。すると、被っていたフードを外し、ローブを脱ぐ。その下からはギルドの職員でしか着る事のできない制服が現れた。それを見た村長は左右の頬に手を当て、幽霊でもみたかのような絶叫を上げる。

 アイナがわざわざ黒いローブを羽織っていたのは、村長がギルドの人間がいると分かってしまうと、逃げられる事を考慮したからだ。



「全て話を聞かせてもらいましたよ、村長さん」

「い、いやこれは違うのです! 私は――――!」

「『真実のみを聞く耳イアホン』を使わせていただきました。貴方が語る言葉は嘘にまみれてとても不愉快なものでした。この件は先程エルーニャさんがおっしゃったようにギルドが調査をする事になっております。追って貴方には報告がいくでしょう。今のうちに全てを白状するのが一番と思いますよ」



 これが、村長にとって致命傷となった。

 全てが終わった事を悟った村長は、途端に全身の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。

 観念した村長は全てを話し始めた。



 最初の頃は軽鉱石の採掘を主にしていたが、偶然にもそこで魔銀鉱石が採れる事に気づいてしまう。そして、更なる鉱石を求めて採掘場の開拓をしたが、不運にも砂石蚯蚓に遭遇してしまう。そこで冒険者ギルドに依頼をするしかないが、ここで思わぬ問題が発生してしまう

 魔銀鉱石を許可なく採取している状態の為、これがバレれば命がない。上級の冒険者に依頼するには莫大な金が必要であるし、軽鉱石とあの化物とでは採算が釣り合わないだろう。普通に考えれば軽鉱石の採掘場を諦める。なのに採掘場を取り戻したいなどと依頼すれば疑われてもおかしくはない。依頼をしようにも嘘がバレれば一巻の終わり。そんな折、幸運にも採掘場にゴブリンが住み始める。

 そして考えた。ゴブリンの討伐をネタに偶然蚯蚓と鉢合わせるようにしようと。そしてアレックスに金を握らせ、嘘でありながら本当の依頼を冒険者ギルドで申請をした次第だった。





 ♦♦♦




「しかし、あの村長ブタの絶望した顔は傑作だったな」



 帰り道の馬車、助手席で座るエルーニャがカラカラと笑う。よほど痛快だったのだろう、村を出てからもご機嫌のエルーニャ。



「師匠も人が悪い……完全に遊んでただろ」

「元を正せばあれが全ての元凶だからな。あとはブタ箱にでも放り込まれるか、命を取られるかのどちらかだろうな」

「ちょっと可哀想かな」

「同情の余地はないさ。それだけの事を奴はしでかした」

「あの……エルーニャさん、それにウェイン君」


 荷台で座っているアイナがウェイン達の所まで近づいてくる。ローブを羽織る必要も無くなったので、アイナはギルドの制服のままでいた。


「どうした? アイナさん」

「今回の件、本当にありがとうございました。お二人がこうして依頼を受けてくれなければ被害にあう冒険者は勿論、このような事件が公に出ることも無かったでしょう。改めて礼を言わせてください」

「そんなに礼を言わなくても良いよアイナさん。俺たちは冒険者としての事をやっただけなんだから」

「そうだな。だが、どうせならこの一件を利用する手は無いと思うがな」

「それはどういう意味ですかエルーニャさん?」

「また同じような手口を使う輩が出ないとは限らん。それに、今回魔銀鉱石の採掘場を押さえれたのはギルドとしても美味しい一件だったはず。こんなケースは滅多にないとは言え、この一件を利用して上級冒険者を派遣させるルールを上に提案してみてはどうだ?」

「! そ、そうか! 今なら受け入れてくれるかもしれませんね!」



 アイナは拳を握りしめ、よし! とやる気に満ちていた。今後あのような悲劇の繰り返しを起こさない為にも、絶対に案件を通そうという意思が見られた。



「あ、そうだ。実はギルドの『七星セブンズ』からお二人宛てに手紙をお預かりしています」

「なんだその『七星セブンズ』というのは?」

「ギルドのトップに君臨する七人の事です。彼等がギルドの方針やルールを決めているえらい人達です」



 アイナはくるまれた羊皮紙をエルーニャに手渡す。それを広げ、内容を確認するエルーニャ。無言でそれを見た後、再び丸めてアイナに投げ返した。



「師匠、何て書いてあったんだ?」

「くどい文章が延々と書かれていたが、かいつまんで簡潔に述べてやる。私とお前は当分ギルドの出入りを禁止。今後の事は追って知らせる、だとさ」

「…………は?」



 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る