第3章 バージニアの王女編
第1話 バージニアの王女編 1
冒険者が恐れるモンスターと言うのは数多くいる。
その中の一つが『サイクロプス』と呼ばれる単眼の巨人型モンスターであった。
頭頂部分に角を一本生やし、顔面にある大きな一つ目が特徴的。頭の良さは無く、単細胞で短絡的なモンスターである反面、その肉体は恵まれていた。
人間の背丈の数倍ある巨体を持ち、その肉体は筋骨隆々。鋼のような硬さを持つ体には、生半可な剣による攻撃や魔法では傷一つ付けられない。彼等は生まれながらにしてその身が鎧であり、身を纏う布は頼りない腰布一つ。筋力を用いた攻撃は、単純でありながらも一撃が致命傷になりかねない威力を有する。
たった一体でも、熟練の冒険者が束になってかからなければ倒す事は至難の業。それがサイクロプスと呼ばれる巨漢のモンスター。
彼等の生息域は幾つかあるが、最も多いのが高山である。標高の高い山を好む特性があり、バージニア王国とグラフォート王国の国境沿いに位置する『イサ山』には多くのサイクロプスが生息していた。
この高山には希少な薬草や花が生えており、それらは難病の薬にも使われるものが多い。そのため、毎回ある時期になると、薬草を回収する依頼がギルドに出回る。
依頼料金は高い反面、サイクロプスと出会う確率も高い。依頼料金の高さに目が眩み、サイクロプスと出会って命を落とす冒険者は少なくない。
サイクロプスから見れば、人間など矮小な存在。軽くその手足を捻るだけで、心地よい叫び声を上げる玩具であり、手頃な肉と骨を有する食料としか見ていなかった。日に日にイサ山を訪れる冒険者達を力でねじ伏せ、断末魔を上げる冒険者の姿にサイクロプス達は快感を覚える。
そんなイサ山にすむサイクロプスの中でも、胸にバツ印が刻まれたサイクロプスは他よりも体格が一回り大きく、サイクロプスのボス的存在となっていた。彼は二体の仲間を連れて毎日数多くの冒険者を襲っていた。
その日も彼の行動は変わらなかった。
冒険者がイサ山を訪れるのは決まって天候の良い晴れた日を選ぶ。標高が高く、道も険しいイサ山で雨などの悪天候はそれだけで命にかかわりかねない。それをサイクロプスは本能で分かっているのか、晴れた日に彼等は行動を起こす。
彼は何時も通り二体の仲間と一緒に岩陰に隠れ、イサ山を訪れた冒険者の姿を確認する。その冒険者はたった一人で険しいイサ山に来ていた。
それを確認すると、奇声を上げながら冒険者の前に姿を現し立ち塞がった。
一般的な冒険者ならば、サイクロプスの姿を見ると、途端に顔を歪めて絶望する。その表情がサイクロプス達を優越に浸らせる。
だが、その日だけは違っていた。
目の前に居る冒険者は恐れるどころか、意味深に口端を吊り上げた。
彼が気づいた時は、手遅れであった。
冒険者は背に担いでいた二本の大剣の一本を手にすると、一瞬の内に二体のサイクロプスを切り伏せる。鋼と同等の硬さをもつ肉体は、その男の前では何の意味もなさず、一刀両断されてしまう。
残ったのは彼だけだった。その手には骨付きの肉を連想させる巨大な棍棒を手にしていた。
彼は数多の冒険者をその棍棒で叩き潰してきた。本来ならばそれで目の前にいる冒険者を今までと同じように叩き潰せばいい。
しかし、それが出来ないでいた。
この時サイクロプスは目の前に居る人間を恐れていた。
短髪を鱗のように逆立て、片目眼帯を付けた男。体を黒い甲冑で覆った不気味な男は身の丈以上の大剣を片手で軽々と操る。
人間はモンスターを恐れる。だが、モンスターが人間を恐れる事はない。ならば何故目の前の冒険者を恐れるのか?
それは、相手が同じバケモノであるからだ。
サイクロプスにとって、目の前にいる存在は人間などではなく、自分と同等以上の存在ではないかと感じていた。
「グオオオオオ!!」
サイクロプスは大きく吠えた。
自身を鼓舞するその叫び。巨体を揺らしながら目の前にいる冒険者に近づくと、撲殺せんと棍棒を力強く握りしめる。
大きく振り上げ、そのまま一気に振り下ろした。同時に炸裂音のような爆音が響く。棍棒を振り下ろした地面は大きく陥没しており、その威力を物語る。サイクロプスは自身の勝ちを確信したのか、その眼がにやける。
ゆっくりと棍棒を持ち上げ、冒険者の死体を確認する。だが、そこにあるはずの冒険者の死体はなかった。
驚き、焦るサイクロプス。左右を見渡して冒険者がいない事を確認した後、自分の頭上に突如として影が出来ている事に気づき、顔を上げる。
瞬間、眼前に迫る鋼鉄の刃をサイクロプスは見た。
抵抗するどころか、悲鳴を上げる間もなく、サイクロプスの身体は両断されて力なく前のめりに倒れた。
あっという間の出来事だった。
地面に転がるサイクロプスの骸に、慈悲のない冷たい眼差しを冒険者は向ける。持っていた大剣を一度大きく振って付着していた血を払い、再び背負う。
サイクロプスの亡骸に腰を下ろして椅子代わりにすると、冒険者は腰に付けていた皮袋から干し肉を取り出し、食事を始めた。
特に言葉を発する事もなく、黙々と食事を続けていく冒険者。ふと、何気なく空を見上げると、青と白が混じるそこに、小さく輝くモノを見た。それは、少しずつ大きくなり、輪郭がハッキリと分かるようになる。
鳥であった。大きな翼を優雅に羽ばたかせ、それは冒険者のいるイサ山へと向かってくる。そして、冒険者の前にある大きな岩石の上に降り立った。
金色に輝く鷹。鋭い嘴と目を持ち、大きな体に刻まれる鮮やかな斑模様は一種の芸術品とも思える美しさを宿していた。
金色の鷹は前にいる冒険者に視線を合わせると。
「――――久しぶりだな、ゲオルグ」
声を発した。
人語を有する鷹の声は、渋みのある大人の男性に似た声であった。
「……ホルスか」
ゲオルグの言葉に久方ぶりの再会を果たした嬉しさは見られない。むしろ、どこか憂鬱そうな表情を見せていた。
ホルスと呼ばれた鷹はゲオルグから視線を外し、転がるサイクロプスの死体を見る。
「相変わらず貴殿の腕は大したものだな。たった一人で三体のサイクロプスをこれほど鮮やかに倒すとは……流石は『双剣の黒き嵐』と言った所か」
大したことじゃない、とゲオルグは言って干し肉にかぶりつく。実際、彼にとってサイクロプスは相手ではなかった。
「しかし、何故貴殿はイサ山に? 貴殿が薬草回収などするとは思えないが?」
「……単なる腕試しだ。どうしようが俺の勝手だろ」
ふむ、とホルスは一応納得したような返事をする。転がるサイクロプスの死体をジッ、とホルスは見ていると、胸にバツ印があるサイクロプスに目が留まった。
「これは……」
「おい、ホルス。用が無いならさっさと失せろ。俺もすぐに下山する予定なんだからな」
「これは失礼した。貴殿は私が用事も無いのに来たとお思いか?」
「思ってないから訊いたんだよ。下らない事じゃないだろうな?」
「察しているとは思うが
それを聞くと、ゲオルグは肩をガックリと落とし、溜息を吐き出す。
ゲオルグにとって、その言葉は最も聞きたくない言葉であった。
「内容は?」
『やぁ、親愛なる同士ゲオルグ。相も変わらず君は実に大変そうで私としては心が痛むよ。この度は緊急な依頼が舞い込んできたので、同士のホルスに伝言を預けておく。最も君が生きていればの話だがねぇ。どこかで野垂れ死にして――』
「うるせぇ! その声真似は要らねぇ!」
鷹の口から剽軽な男の声が漏れると、一層不愉快な顔をするゲオルグ。
「お気に召さなかったか?」
「当たり前だ! 俺がどれだけアイツの事が嫌いか知っているだろうが!」
「そうだったな。では、控えるとしよう。伝言は長いが心して聞いてくれ」
「短く、要件だけ言ってくれ」
「承知した。伝言の内容はこうだ『火急の依頼が舞い込んできた。ゲオルグ、貴殿の力が必要となったので早急にバージニアへと戻ってこい』という内容だ」
ゲオルグは気に食わないのか、聞くや否や、ペッ、と地面に唾棄する。
「簡単に言ってくれるぜ、あの守銭奴が。依頼の内容は?」
「ここで詳しく言う事は出来ないが、人探しの依頼だそうだ」
「人探しだと? なら、断らせてもらう。偶には自分で動けとフォックスに言っておいてくれ」
「残念だがこの依頼を断る事は出来ない」
「上級冒険者様は下級冒険者がこなすような依頼に関して拒否する権利があるはずだが?」
「そのギルドのルールであれば、この間変更があった」
「何? 変更だと?」
「ああ。聞くところによれば、とある依頼内容に不備があったらしく、その内容がギルドにとっては見過ごせない内容だったようだ。そのため、ルールに改定がされて上位の冒険者の派遣も可能になった」
「……へぇ、これは驚きだな。あのフォックスが自分の考えたルールを変えるとは」
「私も驚いている。それと、言っていなかったが、この依頼人はルリアン王だ」
「ルリアン王が?」
「貴殿をご指名だそうだ」
チッ、と舌打ちをするゲオルグ。
ゲオルグが得意とする依頼は当然自分の力を発揮できる討伐の依頼。こんな人探しなどは苦手であった。だが、王様の指名とあってはやらざるを得なかった。
「分かった。だが、ここから王国までは帰るのに相当時間がかかる」
「どのくらいかかりそうか?」
「馬で四日はかかるな」
「遅すぎるな。せめて一日で帰ってきてもらいたい」
「無茶を言うな」
「馬で、ならだろう? 私は一足先に王国に戻り、フォックスに伝えておく。貴殿も早く帰ってこい」
ホルスは羽をばたつかせ、今にも飛び立とうとするが、何か思いだしたようにばたつかせていた羽を止めた。
「どうしたホルス?」
「そういえば、最近イサ山で冒険者の一味が全滅しかけたという情報を耳に挟んでな。辛くも逃げ延びた一人が、胸にバツ印のついたサイクロプスにやられたと言っていた」
「……何が言いたい?」
「その殺された冒険者の家族に、小さな女の子がいてな。ギルドに父親の仇を依頼したが、女の子がギルドに提示したお金は幾ばくかの小銭と、父親からもらったと言う花飾りだった。当然、ギルドは女の子の依頼を受理することはなく、周囲の冒険者から女の子は笑いものにされた」
「…………」
「まぁ、サイクロプスを相手に端金でそんな酔狂な事をする奴はいないだろう。もし、そんな冒険者がいたとしたら……」
「いたとしたら?」
「私は、そんな冒険者を誇りに思う」
ホルスはそれだけ告げると、大きく翼を羽ばたかせ、大空へと帰っていく。あっという間にその姿は小さくなり、見えなくなってしまう。
ホルスが見えなくなったのを確認した後、ゲオルグはズボンに付属してある衣嚢に手を入れる。
取り出したのは小さな花飾りであった。それを、バツ印の刻まれたサイクロプスの亡骸の片隅に置いた後、指で輪っかを作り、口に含ませ大きく息を吹く。
ピーッ! と言う高い音が響き渡る。その数分後に、再び空からこちらに向かってくる物体があった。
それはサイクロプス以上の巨大な体と大きな翼を有し、全身が深緑の翡翠色に統一されていた。鋭い爪を持つ手足に、大きな口。鉄より硬い鱗を備えたそれはワイバーンと呼ばれる翼竜の一種であった。
ワイバーンは降り立つと、ゲオルグに顔を近づける。その顔をゲオルグは撫でてやると、気持ちよさそうにワイバーンは頬を近づける。
「よしよし、良い子だ。乗せていけるか?」
ゲオルグはバージニアの王国がある方向を指さす。すると、ワイバーンは頷くと同時に威勢の良い鳴き声を一度する。
ゲオルグはワイバーンの身体を伝い、その背に跨る。ゲオルグを背負ったワイバーンは翼を大きく広げ、力強く羽ばたかせる。何度か羽ばたかせると、その巨体が少しずつ地面から離れて宙に浮く。
鳥のように翼を広げて保ち、大空を翔る。その速さは馬の比ではなく、一日かけて進める距離を数分で超えていく。ワイバーンの背中から地表を見れば、森や山が豆のように小さく見え、人という存在がどれだけ小さいかを認識させられる。
風を切って進むワイバーン。ゲオルグの視線は遥か彼方に見えるバージニアの城を見据えていた。
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