第2話 バージニアの王女編 2
バージニア王国では、一つ、悩ましい問題を抱えていた。
それは、一人の王女の存在である。
王女の名は「ロゼ」といい、ルリアン王の一人娘であった。
今年で齢十四になる美しい女性。背中まで伸びた栗色の長髪で、毛先がウェーブがかっている。目鼻が整い、貴族として申し分ない美貌を備えている。その容姿は先に亡くなった妃によく似ており、立っているだけなら品行方正で知的な女性という印象を受ける。
妃を早くに亡くしたルリアン王は、一人娘のロゼを溺愛した。その寵愛を受けた結果なのか、幼少期は手の付けられないほど我儘でお転婆な性格であった。
育つにつれて、精神が大人になる事を期待したが、その性格は高飛車で傲慢になってしまう。
国王の側近や家臣が提出した意見に対して、事ある毎に理由を付けては噛みつき、食って掛かる。一度としてまともに意見が通ったことなど無い。
そんな傍若無人ぶりに拍車をかけるように、ロゼは今までの王族達と違い、何かと変装をしては街へと繰り出す。その行為は、今まで築き上げてきた王族の品位を汚すものであった。そんな行動をとるロゼに対し、家臣達は再三の注意を促すが全く聞く耳を持たない。
王族の暮らしに不満があるのか、それとも父親に対しての反抗か。そんな破天荒な王女に対し、家臣たちの間では礼儀知らずの愚か者と陰口を叩かれる。
だが、そんな王女でも何故かバージニアの民からは非常に愛されていた。
民衆達に愛されているという事が分かる事例が『誕生祭』であった。
毎年行われる王女の誕生祭。これは今までの王族達でも行われる通例であったが、ロゼの誕生祭は今までの王族達とは比べ物にならない程熱気が違う。
通常、王国の指示で街の人間が誕生祭に向けての準備を行う。言うなれば指示があってから仕方なくその準備に取り掛かる。
だが、ロゼの誕生祭に関しては王国の指示など無くとも、ひと月以上前から既に街の人間があわただしく準備に入り、盛大に盛り上げる。これには家臣たちも首をかしげる程理解が出来なかった。
そして、今年もまたそんなロゼの『誕生祭』がやってくる。
♦♦
三日後にやってくる誕生祭。それに向けて、今年も街は賑わいをみせていた。
祭りに向けての出し物や、出店が数多く出ており、民衆の話題も大半がロゼ王女の誕生祭に向けての事であった。
この誕生祭は朝から夜まで一日中盛り上がりを見せる。これが終わると、時期は少しずつ日が長くなり、暑い時期を迎えてくる。
そんな盛り上がりを見せる一方、冒険者ギルドの方では打って変わったように静かな場所があった。
ギルド内部に存在する応接室。そこは客人を迎え入れる為に作られたもので、魔法による仕掛けで、外部に音が漏れないよう設計されている。
部屋の中は開放的な空間と共に、凝った趣向を巡らせた大きな窓が幾つも並び、そこから陽気な日差しが入り込む。豪華な壺や絵画といった調度品がアクセントとして僅かな数が置かれており、部屋の高級感を演出する。
部屋の中央の位置に、反発力のある豪華なソファーが二つ、ローテーブルを挟んで対面に向かって置かれていた。
そのソファーに三つの人影があった。二つのソファーに対し、一人と二人という構図で向き合って座っていた。
一人だけの人影の正体はエルザであった。
ギルドの管理、管轄を任されているエルザはギルド職員の服装を纏い、その手に持っている長い羊皮紙に目を落として何やら呟いていた。
対する二人の人影は、ウェインとエルーニャの二人であった。
ウェインは緊張した様子で、膝の上に手を置いてエルザの言葉に耳を傾けていた。対するエルーニャはソファーの端に存在する肘掛けに腕を乗せ、足を組んでだるそうにエルザの言葉を聞いていた。
「――――以上が、お二人に対してギルドの下した裁決となります」
手元の羊皮紙を読み上げたエルザの冷静な声が響く。
ウェイン達がここに来ている理由は、ギルドからの呼び出しを喰らった為である。
前回の依頼の際、ウェイン達がギルドの出入り禁止を受けた理由は、エルーニャが起こしたエルザ達職員に対する暴言が原因であった。
白昼堂々と行われた喧嘩のやり取りは、他の冒険者や職員からも注目を集めていたらしく、相当目立っていた。
ギルドに対する礼節や感謝、そして職員に対する冒涜。これら全てを踏まえた結果、ギルドの七星が二人にギルドの出入り禁止を命じたという流れであった。
その間、二人はギルドに対して一切近づく事は無く、黙々と家事に勤しむ。そして十日が経った頃、ギルドからようやくお達しが届き、こうして馳せ参じたのだ。
だが、エルザの言葉を聞いた二人の表情には喜んでいる様子は微塵も無かった。
「えーっと、それはつまり……ようするに?」
長々と読み上げられた文章の内容に整理しきれていない様子のウェイン。多少理解しているものの、自分の思っている事実と内容が食い違っている可能性も考えていた。
「簡単に言えば、冒険者としての記録を抹消。つまり、冒険者を解雇だ」
見かねたエルーニャがウェインに無慈悲な現実を告げた。
「やっぱりそうなのか……って、嘘だろ! 俺と師匠は、そんな冒険者記録を抹消されるほどのひどい事してないだろ!」
ソファーから立ち上がり、大袈裟な動作を交えてエルザに訴えかけるウェイン。納得がいかない、と声を荒げた。すると、エルザはピンと張っていた背筋を前に倒し、深々と二人に対して頭を下げたのだ。
突然の事に戸惑うウェイン。
「え、エルザさん? どうして?」
「……申し訳ありません。お怒りは最もです。本来ならば感謝こそあれど、このような仇で返すような真似をする事になってしまいました。私とアイナ職員は反対したものの、決定が覆る事はありませんでした」
「私と弟子が解雇なのも、七星という奴らが指示しての事か?」
「分かりません。七星と言うのはギルドの頂点に君臨する七人の事で、そのような方々が末端のお二人の進退の事まで手を煩わせるとは考えにくいでしょう」
「成程。まぁ、冒険者自体が飽和状態である現状、問題を起こすような冒険者は必要ないという判断だろうな」
よいしょ、という掛け声と共にゆっくりと身体を起こし、ソファーから立ち上がるエルーニャ。
「帰るぞ、弟子。長居は無用だ」
「師匠はこれに納得してるのかよ?」
「納得する、しないの問題ではない。向こうが決めた事だ、それに従うさ。ここで暴れても、結局は問題行動を起こす問題児として認識されるだけだ」
まだ納得いかないウェインではあったが、エルーニャがそういうのであれば従う他ない。ウェインもソファーから立ち上がる。
「邪魔したな、エルザとやら」
「お待ちください。最後に一つ、お伝えしたい事があります」
「何だ?」
「あの依頼を解決していただいたことに、感謝しています。お二人が居なければ、更なる犠牲者が増えていたことでしょう。改めて、お礼を言わせてください。エルーニャ様、ウェイン様」
「エルザさん……」
「それだけか? では、もう会う事もあるまい」
エルーニャの言葉は、別れの言葉としてはあまりに冷たい物言いであった。だが、それも仕方のないことだった。不当とも言える解雇を受けた立場で優しい物言いなど言えるわけもない。エルザとしては、もっと罵声を浴びせられる覚悟もあったが、あっさりと身を引いた二人に、申し訳ない感情が溢れていた。
ウェイン達が部屋を出ていく時、エルザは立ち上がり、深々とお辞儀をして二人を無言で見送った。
♦♦
ギルドを出た二人を待っていたのは、目も眩むような太陽の日射であった。憂鬱な二人の気持ちなどお構い無く、陽射しが照りつける。外は祭りの準備もあってか、沢山の人波が通りにできていた。
「まさか、解雇とはなぁ。これからどうするんだ師匠……師匠?」
ウェインが呼び掛けても返事がない。エルーニャの顔を見れば、明らかに怪訝な顔をしてため息をついていた。
「師匠? もしかして落ち込んでる?」
「こんな事態は想定していなかったからな」
「なんだよ、さっきは平気そうな顔してたのに、結構ショック受けてるじゃん師匠」
「私の計画が狂ったからな。あの事件の解決を足掛かりにランクをあげていき、お前が馬車馬のように働いて私を楽させるという崇高な計画が全てご破算だ……!」
「……なんか解雇になって正解だったような気がしてきた。それで、これからどうするんだ師匠? このまま帰るのか?」
「ここまで来ておいて、そのまま帰るというのも味気ない。気晴らしに街で買い物でもするか」
うーん、と背筋を伸ばした後、エルーニャは通りを歩き始める。その横を一緒に並んで歩くウェイン。
買い物とは言ったものの、突発的な行動の為、何を買うか全く決めていないエルーニャ。歩きながら考えていると、頻りに首を左右に動かしてそわそわしているウェインが気になりはじめる。
「さっきから落ち着きがないが、何をしてるんだお前は」
「いや、街がやけに活気づいているなぁ、と思って」
「もうすぐ『誕生祭』だからな。その準備のせいだろう」
「師匠は誕生祭ってどういう事するのか知ってる?」
「朝から晩までどんちゃん騒ぎだろ。通りでは踊りや、演奏が行われたり、屋台や露店では雑貨や珍しい食べ物などを売るのが通例だな」
エルーニャの言葉を肯定するように、普段見られない屋台が既に現れており、そこでは見た事もない果物や、怪しげな小物が売り出されていた。
「へぇー、意外と詳しいんだな師匠」
「何度も見て来たからな、興味が無くてもこれぐらいは分かる。しかし、何故そんな事を聞く? お前だってこの王国に住んでいたのなら分かっているだろ」
「いや、全然! 当時は祭りなんて俺には関係ないと思ってたから……あ! 別に理由があって聞いたわけじゃないからな!」
明らかに挙動不審なウェイン。何かある、と考えたエルーニャはその理由を考えると、ある一つの事柄に行きついた。
「なるほど、そういう事か。いや、これは失礼。師匠ともありながら弟子の気持ちを見抜けなかったとは」
「何の話だよ?」
「リドネ村の女か」
「! ち、違う、違う! そんなんじゃない!」
「確かに、この誕生祭は男女の仲が進展するにはうってつけのイベントと言える。本来ならば冒険者という立場で祭りに参加することも難しかったかもしれないが、既にその心配も無くなった。ああ、そうだ。思い返せばお前は冒険者の資格を剥奪されたというのに、驚きはしていたが、あまり悲しそうな表情を見せなかったな。それはこの祭りを見据えての事だったか。なるほど、それならば全て合点が――」
「師匠! ちゃんと話を聞けって! 俺はそんなんじゃないの!」
「違うのか?」
「あ、ああ。違う」
「本当に、違うんだな? 正直に言えば誕生祭の日に暇を与えることも考えてやらんでもない」
「……全て師匠の言う通りです」
ウェインはあっさり折れる。逆に言えばそれだけこの祭りに対する想いが大きい事が分かる。そんな色恋沙汰に現を抜かす弟子に呆れたのか、大きく肩をすくめて息を吐くエルーニャ。
「やれやれ。まぁ、冒険者の仕事も無いのだから止める理由もない。祭りの日は存分に満喫してくるといい」
「え! 本当か師匠!」
エルーニャの意外な返事に思わず笑みが零れるウェイン。
「私も鬼ではないからな」
「鬼って言うより悪魔だからな」
「……何か言ったか?」
「いや、何も」
「これから先の事を考えれば、それぐらい大目に見てやろう」
右腕を高々と掲げ、大仰にして喜びを表現するウェイン。
「流石師匠! 話が分かる!」
「調子の良い奴め。修行の方もこれぐらいやる気を出してくれれば良いんだがな」
祭りに行けるとなって、ご機嫌になるウェイン。誕生祭の事を考えながら、エルーニャとの買い物に付き合う。
しばらく歩いていると、通りに出ていた果物を売る露店の前でエルーニャが立ち止まり、店頭に並んだ果物をまじまじと見つめる。そして、紅玉のように赤く丸い瑞々しい果物を手にとり、露店の店主と値段を交渉するエルーニャ。そんな様子をウェインは遠巻きに見ていた時、ふと、思い出す。
「なぁ、師匠」
「何だ? 今こっちは忙しいんだ」
「さっきの話なんだけど、師匠変な事言わなかったか?」
「変な事だと?」
「ああ。これから先の事を考えたら、って。これから何かあるのか?」
エルーニャは露店の店主との値切り交渉に勝ったらしく、その手には果物が入ってると思われる皮袋を手にしていた。
「その事か。まだ先の話だが、そう遠くないうちに起こるだろうと私は思っている」
「起こるって……何が?」
エルーニャは袋の中から果物を取り出し、その一つをウェインに渡すエルーニャ。そしてもう一つ取り出し、果物にかぶりついた後、エルーニャは告げた。
「戦争だ。バージニア王国を巻き込んだ大きな戦が起きる」
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