第3話 バージニアの王女編 3
思いもよらないエルーニャの言葉に、ウェインは思わず目を白黒させる。身体を硬直させて止まっている所を見るからに、少なからず動揺を受けている様子であった。
しかし、それは一瞬の間だけ。
直ぐにウェインは貰った果物を口元に持ってきて大きく齧り付く。一噛み毎にシャキシャキと歯ざわりの良い音を口の中で立てた後、ゴクリと飲み込んだ。
「うーん、
ウェインの言葉から焦る様子はみられなかった。
「どうやら、その様子だと信じていないようだな」
「今を取り巻く状況を考えれば、信じろって言う方が難しいよ師匠。昔ならいざ知らず、数十年は戦も無い平和なこのご時世。国同士の
「確かにな。だが、時期がくれば分かるさ。最も、お前の場合は人よりも先にそれを知る事になるだろう」
再び歩き始めるエルーニャ。
今一ピンと来ていない様子のウェイン。エルーニャの言う事に対し、半信半疑と言った感じであった。
だが、言い知れぬ不安はあった。
エルーニャのハッキリとした言い方には、何らかの確信がある。冗談を言う事もあるが、間違いなくこれについては違うとウェインは感じた。一体それが何なのか、知りたくなっていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ師匠!」
歩くエルーニャの前に先回りして、その進路に立ち塞がるウェイン。
「何だ?」
「師匠がそう言うからには根拠があるんだよな?」
「あるさ。それがどうした」
「…………どうしてそう思うのか教えて欲しい」
「信じてないのではなかったか?」
「今は、ね。やっぱりそういう話は無視できないだろ?」
ふむ、と悩む様子を見せるエルーニャ。
その時、街中に響き渡る教会の鐘の音が響いた。
昼の休憩を知らせる鐘の音。それを合図に、そこかしこから労働から解放された人達による安堵の溜息が漏れていた。
「丁度いい時間だな。良いだろう、ついてこい弟子」
エルーニャはそう言うと、何故か通りから離れた細い小路へと入っていく。
未だ賑やかな通りに対し、小路の方は一気に人の数が減ってしまう。本当に同じ街中なのかと疑うほど別の光景であった。
小路の奥へと進んでいくエルーニャ。それを不安そうについていくウェイン。
「師匠、何処まで行くんだ?」
「食事の出来る店が見つかるまでだ」
「それだったらさっきの通りに幾らでもあっただろ」
「あんな通りに面した店など、祭りの準備している客でごった返すに決まっているだろ。こういう通りから離れた店なら客もすくないだろう」
そのまま小路を進んだエルーニャ達の前に、あおつらえ向きな店が現れる。
ひっそりと佇む小さな一軒家。入口の前にあった皿とスプーンの絵が書かれた看板が無ければ店として見られない程みすぼらしいもので、何故こんな場所に店を立てたのかも理解し難い。店の入口の前に立っても中から音が聞こえてこない。開いているのかどうかも怪しいものであった。
そんな店だが、エルーニャ達が望んでいた条件を全てみなしていた為、躊躇いなくその店の入り口にある扉を開けた。
ぎぃ、と建付けの悪い音が扉から聞こえる。
中に入ると、食欲を刺激するような芳しい匂いが漂う。それと、何の特徴も飾り付けもない殺風景な店内が二人を迎えてくれる。そして、ワイン樽を利用して作ったテーブルが幾つか並んでおり、そこには一人の女性しかいなかった。
だが、ウェインはその女性を見て驚いた。
「あれ? もしかして、アイナさん?」
「え? う、ウェイン君! それに、エルーニャさん!」
突然の再会に戸惑う二人。特に、アイナの方はあまり見られたくなかったのか、手をばたつかせ、ソワソワと身体を動かしていた。
「う、ウェイン君達はどうしてここに?」
「いや、成り行きで……アイナさんは何を?」
あはは、と空元気のような笑いを見せるアイナ。その手元には皿に盛られた料理があった。食事中、という事は分かったが、アイナが食事をしている料理は二人が見た事もない料理であった。
興味を惹かれ、二人はアイナの横にやってくる。
「アイナさんは何を食べてるんですか?」
「これ? ここの店長さんのオリジナル料理だよ」
アイナはそう言って自分の食べている皿を見せる。皿の上には大量の小さな白い物体の上に、香草と何らかの粉が降りかかっていた。不思議そうに白い物体を指で一つ掴むエルーニャ。
「何だ? この、ヒマワリの種のような物体は? 柔らかいが……」
「店長さんから聞いた話だと『コメ』って言うらしいですよ。どういう調理の仕方をしているのか分からないのですけど、これが意外といけるんですよ! 一口どうですか?」
どうぞ、と米をスプーン一杯に乗せて差し出してくるアイナ。エルーニャは不安そうにそれをまじまじと見つめ、匂いを嗅いだ後、食べた。
もぐもぐ、と口を動かし、何度も相槌を打つ。
「何とも面白い味だな。香草や何らかの調味料が含まれており、えも言えぬ深い味わいを出している。これは興味深いな」
「でしょ? 店長さんはイグダスで料理していたらしいんですけど、こっちの素材に興味を惹かれて店を出したんです」
「ほぅ、イグダスで……となると、この調味料はイグダスでよく取り扱いされている香辛料の類か」
「詳しいじゃねぇか、お姉さん」
店の奥から声が聞こえると、その人物がぬぅ、と顔を出してくる。
頭をすっきりと丸め、顔に幾らか切傷が刻まれ、立派な髭を生やした強面の男。体格もガッシリしており、荒事を生業としているような人間にしか見えなかった。その身体には全く似合わない料理用の前掛けを付け、手には大振りの包丁を持っていた。
恐ろしい人相の男が現れてウェインは驚く。
「だ、誰っ?」
「ウェイン君は知らないか、この人がこの店の店長さん。名前は……」
「バルガスだ。青い髪のお姉さんの言う通り、イグダスで使われている香辛料を使用している。こっちではイグダスのように香辛料を使った料理は豊富じゃないし、味も淡白なものが多い。だから、こういうのを出せば受けると思ったんだが……」
バルガスは店内を一瞥して、はぁ、と溜息を漏らして天を仰ぐ。現実は上手く行ってないという様子であった。
「他に問題があるのではないか? この料理自体に問題はなさそうだが」
「エルーニャさん! それ、私の料理!」
気付かぬうちに黙々とアイナの料理を食べ進めていたエルーニャ。既に半分以上の量をエルーニャは平らげていた。
「いや、きっと俺の腕が足りねぇんだ。どんな場所であれ、美味いものを作れば必ず客は来る!」
「精進する心掛けは結構なことだな。よければ私と弟子にも料理を作ってもらえるか?」
「良いぜ。料理は俺が勝手に決めて作るぞ」
そう言って店の奥へと帰っていく店主。空になった料理の皿をアイナの元に返すエルーニャ。その皿を見て、嘆くアイナと呆れるウェインが居た。
ウェイン達は料理ができるまでの間、空いている席に座ろうとするが。
「あの、お二人とも良かったら一緒に座りませんか?」
アイナからの申し出。それを無下に断る理由もない二人は、そのテーブルの席に座った。
「あの、お二人はもうエルザ管理官にお会いに?」
「ああ。先刻解雇の知らせを言い渡されてきたぞ」
「そうでしたか……本当に申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに、お二人がこのような事に」
顔を俯かせ、落ち込むアイナ。
「気に病む必要はない。あの出来事が無かったとしても、近いうちに問題を起こしてこうなっていただろう。遅いか早いかの問題なだけだ」
「けど……」
「もう終わった事だ。そんなことよりも、これからどうするかを考えていくのが大事だ」
「師匠の言う通りですよアイナさん」
その言葉にアイナは救われたのか、落ち込んでいた表情も少し和らいでいた。
「そう言えば、どうしてお二人はここに? 成り行きと聞きましたが?」
「ああ、そうだった、忘れるところだった。師匠、そろそろ教えてくれよ、どうして近いうちに戦争が起こりそうなのか」
「そうだな、ここでなら話しても良かろう」
話が盛り上がるウェインとエルーニャと違い、話が飲み込めないアイナはキョトンとして置いてけぼりを喰らっていた。何しろ、突然戦争などというワードが耳に飛び込んできたのだから無理も無かった。
エルーニャはローブから本を取り出し、テーブルの上に置く。すると、本が勝手にページをめくり、見開いたページから大陸の地図が宙に浮かび上がる。
「では、弟子よ。初めに確認だが、この大陸は主に三つの国に分かれているのは分かっているな?」
「イグダス、グラフォート、そしてこのバージニアだろ?」
「正解だ。とりあえず、初めは……ここだな」
宙に浮かび上がった大陸地図の東側を指さすエルーニャ。そこは大陸の半分ほどの領土を有し、その領土にはグラフォートと書かれていた。
「東の一番大きな敷地領土を有するグラフォート。このグラフォートは広大な平野と山を有している。しかし、周囲に海が無いため、船などの使用が出来ず大量の荷物を一気に運ぶには陸路を使うしかないのが難点ではあるな。広大な土地を有する反面、それだけ広く守備を固めなければならない。そのため、グラフォートは三ヵ国で最も武力があるとされている。
「一時期グラフォートとはいがみ合っていたけど、今の王様になってからはそういう話は聞かなくなったよな」
「そうだな。だが、それは表向きの話だ。水面下ではどうなっているかは分からんぞ」
「じゃあ、グラフォートが師匠の言う戦のキッカケになるっていうのか?」
「そう急くな。次は、ここだ」
南に位置する領土を指さすエルーニャ。そこにはイグダスと記されていた。
「南方の王国イグダス。「ゲラ砂漠」と呼ばれる砂漠が名所で、そこには精霊を奉る神殿もある。イグタスは年中暑い国であり、そのため二つの国にはない、独自の文化が発展している。そして、グラフォートに対抗するため、バージニアとは同盟関係を結んでいる国でもある。船で行き交う事が出来る為、貿易相手国としてなくてはならない国だな」
「イグダスとバージニアを合わせたぐらいの領土をグラフォートが持ってるから、当然と言えば当然だよな。今の拮抗した状態はこの同盟があるからこそだな」
「そして……最後はこのバージニアだな」
「ルリアン王が治めるバージニア王国。その手腕は他国も認める凄腕で、昔グラフォートが大軍で攻め込んできた時、その知略を生かして撃退したエピソードは未だに語り草になっている。歴代の王でも最も優れた王として名高い。今のバージニアが繁栄しているのはルリアン王あっての事と言われてる……だろ?」
「ほぅ、弟子にしては詳しいな。見直したぞ」
「耳にタコができるぐらい聞いた話だよ。そんな凄いのか俺は知らないけど」
「あれは中々の苦労人だな。財政、軍事力、国の整備など全てにルリアン王が力を注いだ結果、今のこの栄えたバージニアがある」
「改めて聞いても、そんな師匠が危惧するような事が起こるとはおもえないんだけどなぁ」
「では聞くが、この三ヵ国の中で最も危うい国は何処だと思う?」
「危うい国?」
浮かび上がった大陸地図と睨めっこをするウェイン。だが、どの国にも欠点らしい欠点というのは思いつかなかった。
「だめだ、分からない。師匠、降参」
「やれやれ。それは……ここだ」
エルーニャが指で示した場所、それは自分達が住むバージニアであった。
「バージニアが? 一体何が危ないんだよ」
「このバージニアは過ごしやすい気候、余所の種族に対しての寛容な法律。山と川、そして海に囲まれる恵まれた環境。そして、最も重要なものがルリアン王の存在だ。で、ここで質問だが、ルリアン王は幾つだと思う?」
「えっ? 俺が生まれるより前だから……四十?」
「既に五十を超える年齢だ。人の種族の平均寿命が四十だから、かなりの長寿である」
「へー、長生きしてるんだな。それが何の関係があるんだ師匠?」
「弟子よ、ここ最近ルリアン王を見かけた事は?」
「……無いけど、王様だったら忙しいからじゃないの?」
「風の噂では、病で床に伏せているとも聞いた」
エルーニャの発言に、アイナとウェインが共に驚く。
「それ、本当なのかよ師匠!」
「真偽の程は分からないが、かなり信用してもいいかもしれんな。それによって最悪のケースが訪れた場合、どうなると思う?」
「どうなるって……そりゃ、次の王様はロゼ様だろ?」
「順当に行けばそうなる。たった一人の血縁者であるロゼ王女に旗が立つ。しかし、このロゼ王女は城内での評価は低い。場合によっては、国の根幹が揺れて不安定な状態になる可能性は高い」
「もしかして、内乱が起こるのか?」
「いや、それは無い。ロゼ王女の評価は城内だけの話で、民衆には非常に愛されている。内乱が起こるとは思えん」
「じゃあ、何がキッカケで――――」
「あの……」
ここまで口を閉じていたアイナが口を開いた。そして、おずおずと手を挙げて解答権の主張をする。
「ひょっとして……『ランフォード様』が関係してくるんじゃないですか?」
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