第4話 バージニアの王女編 4

 その名を聞いたエルーニャは、それが正解だと示すように首を縦に振る。予想が当たったというのに、アイナの表情は何故か曇ってしまう。



「アイナさん、その、ランフォードってのは誰なんですか?」

「イグダスの王様の事です。ランフォード様は若くしてイグダスの王になられたお方なのですが……少し訳ありな方でして」

「訳あり?」

「ランフォード様は王の子供ではあるのですが、五人兄弟の末弟。つまり、王になれる可能性は限りなくゼロでした。そのためか、早くからランフォード様は数人の家来を連れて王家から出ていかれたと聞いてます」

「それが王に?」

「はい。実は……その」



 何処か歯切れが悪く、言い澱むアイナ。それは口にすることを躊躇っているように見えた。そんなアイナを見かねたエルーニャが、助け船を出した。



「私が話そう。ランフォードは異色の経歴を持つ王だ。奴は王になれぬと分かると、王家を出て、傭兵になる」

「傭兵? ギルドの冒険者みたいな感じか?」

「ああ。冒険者と違い、傭兵は戦いに特化した用心棒のようなものだがな。こっちバージニアと違い、イグダスの国内は頻繁に内乱が起こる国だ。その理由として、イグダスでは多種多様な民族が存在しており、それらは他の民族と武力衝突を起こしやすく、戦闘が絶えない」

「何でそんなに民族同士で争いが?」

「崇拝する神の違い、ちょっとした掟の違い、そんな些細なことが彼等を戦闘に駆り立てる。そして、そんな死地の中にランフォードは自ら突っ込む。だが、奴には才能があった」

「才能?」


「王としての才能だ。初めは少ない人数だったが、戦闘を繰り返していると、奴の考え、戦いに賛同する仲間が現れる。それは少しずつ数を増やし、やがてそれは大きな軍隊と化していった。そして、ランフォードによって、あれほど起きていた内乱も少しずつ影を潜めていく。おかげでイグダスの内乱は僅かなものになった」

「じゃあ、良かったじゃないか」

「話はここからが本番だ。強くなりすぎたランフォードの軍隊だが、王とその兄弟がその強さに恐れ、ランフォードに対して反乱軍という烙印を押しつける。そして、討伐に出たのだ」

「じゃあランフォードもお終い……ってあれ? ランフォードが今は王様だから?」

「その通り。結果はランフォードが勝利する。ランフォードは自分の父親を幽閉し、残りの兄弟を一人残さず殺害した」


「血を分けた兄弟を全員殺したのかよ?」

「残しておいても厄介なだけと判断したのだろうな。だが、その非情さはある意味王になるには欠かせないものだ。万人全てを救うことはできない為、そんな取捨選択を迫られる時は必ず来るだろう。その時に迷いがあれば後々致命的な事になりかねない。非情さと冷徹さ、そして王としての器を兼ね備え『狂える王』と呼ばれるイグダスの王。それが、ランフォードだ」



 エルーニャが話を終えた後、しん……、と静まり返る。ウェインの脳内ではランフォードというイグダスの王は、半分バケモノのような人物像を描いていた。



「その、ランフォードとかいう王様がバージニアにどう関係してくるんだよ師匠」

「奴は以前からバージニアに興味を持っている事は有名な話だ。イグダスの苛烈な環境と比べて、バージニアは恵まれているからな。だが、先代イグダスの王とルリアン王の間で同盟が交わされている為か、攻めてくる気配はない」

「じゃあ、大丈夫じゃないか」

「律儀に守ってくれている間はな。奴とてルリアン王との間で揉め事があればリスクとリターンの採算が合わないと踏んでいるのだろう。しかし、ロゼ王女が王になった場合、話は全く変わってくるだろう」

「師匠はランフォードが仕掛けてくると思っているのか?」

「私がランフォードなら間違いなく仕掛ける。ロゼ王女は他の国の王と違い、唯一、生まれてから一度も戦闘を経験していない。そんな戦闘のイロハも知らない女に百戦錬磨のランフォードだったら、負ける気はしないだろう。勝てない戦をするバカはいないが、勝てる戦をしないバカもいない」

「でも、こっちには白金騎士と、冒険者ギルドの強者がいるじゃないか。それを考えれば、ランフォードって王様でもむやみに仕掛けて来れない筈」

「昔ならまだしも、今の冒険者ギルドは信用するに値しない。金でも握らされたらコロッと寝返りかねない。そうだろ? アイナ」



エルーニャに話を振られ、アイナは愛想笑いを浮かべる。違います、とハッキリ言えないところが答えとなっていた。



「何とかならないのかよ?」

「さっきも言ったが、ルリアン王が存命の間は大丈夫だろう。まぁ近いうちに何かあれば分からないが、そんな直ぐではないだろう」



 そのエルーニャの言葉にウェインとアイナは胸を撫でおろす。重苦しかった雰囲気が一気に吹き飛んだのがわかる。

 まるでそれを合わせたかのように、店の奥からバルガスが大皿を両手で抱えて運んできた。



「遅れてすまなかったな。存分に召し上がってくれ!」



 バルガスがそう言ってテーブルの上に大皿を置くと、そこにあったのは骨が付いた肉の塊が幾つも並んであった。

 肉はこんがりと焼け、食欲をそそる脂の匂いが鼻につく。肉の表面にはイグダスで使われていると思われる香辛料のような物と、香草が掛けられていた。その初めて見た料理の迫力にウェインとエルーニャは目を丸くする。



「なんだ……これは? 肉料理か?」



皿の上にある肉の一つをエルーニャは持ち上げる。香ばしい匂いと、肉から油が滴り落ちる。



「おうよ! こいつは羊肉を使ったシンプルな料理だ。骨を持ってガブリと齧り付いていただいてくれや!」



 羊肉、と聞いてエルーニャの身体が大きく揺れた。羊肉……と、小声で嫌そうにつぶやいたのがウェインに聞こえる。



「なんだ師匠、苦手なのか?」

「羊肉に良い思い出が無くてな。とにかく、独特の臭いが堪らなく嫌なんだ」

「え? そうなのか? でも、特にそんな嫌な臭いはしないけどな」



 肉を持って鼻に近づけ、スンスンと鼻を鳴らすウェイン。それにつられてエルーニャも恐る恐る鼻を近づけて臭いを嗅ぐが、エルーニャも羊特有の臭みがほとんどしない事に気づく。



「確かに……しないな」

「姉さんが食った羊はおそらく成長した羊だな。あれは臭くてたまらないから、俺は子羊を使用するんだ。それから、臭みを取り除くための下処理と香草は欠かせないな。この俺が作った料理だ、味は保証するぜ」



 エルーニャとウェインは互いに目を合わせ、一口ガブリと噛みつく。その肉は驚くほど柔らかく、肉の脂と甘みが舌の上でとろける。

 とにかく美味だった。

 美味い事が分かると、二人は上機嫌でその肉にかぶりつく。



「あ、良かったらアイナさんもおひとつどうですか?」

「え! 良いんですか?」

「さっき師匠が食べてしまいましたからね……良ければどうぞ」

「じゃあ、遠慮なく!」



 アイナもお腹が空いていたのか、並んである羊肉を手に取る。アイナはその肉に小さな口でパクリと噛みつく。一口噛むごとに出る旨味のエキスを堪能しているのか、ご満悦な様子であった。

 三人が料理を堪能していると、不意にキィ、という音が聞こえる。それは最初エルーニャ達が入ってきた時に鳴った玄関の扉の音。

 その音は、店に新たな来訪者を告げる呼び鈴であった。




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