第5話 バージニアの王女編 5

 重厚感のある鉄の音がした後、ミシリと床が軋む音を上げる。姿を見なくとも、その音だけでやってきた人物が、かなりの重装備をしているのかが容易に想像できる。

 食事をしていた三人は、やってきた来訪者の方に振り向いた。

 ウェインとエルーニャはその人物を見ても無反応であった。だが、ただ一人アイナだけは違っていた。

 その人物を目の当たりにした途端、驚きのあまり口にしていた食べ物を思わず吹き出し、立ち上がる。



「げ……げげ、ゲオルグ様!」



 え、嘘? 本物? と動揺して落ち着きを失い、明らかにパニックに陥っているアイナ。背中に背負った大剣と、片目眼帯の男は、紛れもなく『双剣の黒き嵐』ゲオルグであった。



「あれ? アイナさんの知り合い?」

「し、知り合いなんてものじゃないですよ! あの人は、ギルドの七星が一人、ゲオルグ・ハーディラント様ですよ! その強さはギルドでも五本……いえ、三本の指にはいる強さで、こんな本物と会える機会滅多にないんですよ!」



 興奮気味に語るアイナ。だが、その言葉の中にエルーニャには聞き捨てならない言葉が含まれていた。



「七星の一人……か。なら、ろくでもない奴に違いないな」



 ゲオルグにも聞こえるぐらいハッキリと言葉にするエルーニャ。



「な、何を言ってるんですかエルーニャさん! このゲオルグ様は七星の中でも立派なお考えを持つ方ですよ!」

「その言い方だと、他の六人はろくでもない奴に聞こえるが?」

「もう! そういう揚げ足を取らないでください!」

「七星はろくでもない……か」



 ゲオルグがゆっくりとウェイン達の居るテーブルへ近づいてくる。ゲオルグが一歩進む度に、ガシャリと身に着けている金属が鳴る。そして、テーブルに座るエルーニャを見下ろす形でゲオルグが睨む。

 アイナはこれから起こる事を危惧してゲオルグ、エルーニャ双方の顔を交互に見比べどうやって止めに入ろうか、と考えていた。

 そんな一触即発のような状態の雰囲気だったが。



「違いねぇ。アンタの言う通り、七星はろくでもない、クソ共の集まりだよ」



 ゲオルグの表情が和らぐ。エルーニャの言葉に怒るどころか、賛同する言葉を贈る。



「なんだ、怒らないのか?」

「怒る理由がねぇよ。むしろ、ギルドの連中は七星に媚びへつらうしか能が無くて俺も反吐が出るぜ」

「そうは言うが、お前も七星なのだろう?」

「成り行きでな。他の奴らが言うには、俺が七星の一人でないと、他の連中に示しがつかないんだとよ。だから、俺自身が七星になりたくてなっているわけじゃない。アンタみたいに本音を言ってくれた方がスッとするぜ」

「……変わった奴だな。だが、私はお前みたいなのは嫌いじゃない」

「奇遇だな、俺もだ」



 ハハハ、と笑い合う二人。先程までの状況がまるで嘘のように打ち解けてしまっていた。それを見たアイナは口をあけたまま茫然としていた。



「アイナさん、あのゲオルグって人、変わってますね。うちの師匠と気が合うとは」

「私も驚いてます……ゲオルグ様は中々気難しい方で、他の方とこんなに笑って談笑するような事は滅多に見た事が無いです」



 騒ぎを聞きつけたのか、店の奥から店長がやってくる。そこにいるゲオルグの姿を見て店長は驚く。



「やや! あんたひょっとして、冒険者のゲオルグじゃないのか! こんなうちみたいな店に来てくれるとは何かあったのか?」

「通りに面している店は全部満席でな。どこか空いている店が無いか歩いていたら、ここに行きついたわけだ。親父、食い物とエール酒はあるか?」

「勿論、あるぜ。うちは料理の方は勝手に作らせてもらうが、構わないか?」

「構わん。できればこういう肉料理が好みだ」



 ウェイン達が食べている肉料理を指さす。それに、了承するように相槌を打つ店長。

 再び店の奥へと帰っていく店長と、近くの壁に大剣を預けて席に座るゲオルグ。

 意外な大物の来訪ではあったが、再び食事に戻る三人。

 ゲオルグの方も店長が持ってきたエール酒を手に一杯ひっかける。

 各々で有意義な時間を過ごす中、ウェインはゲオルグの姿が気になるのかチラチラと視線を向けていた。



「どうした弟子?」

「いや、あのゲオルグって人なんだけど……どこかで見た事ある気がして。何処だったかな?」

「お前もか? 実は私もどこかで見た事ある気がしてならないんだ」



 何処だったか? と記憶の中から何とか引っ張り出そうとする二人。しかし、どうしてもウェイン達はそれが分からなかった。



「なぁ、眼帯の人。どこかで俺と会わなかった?」



 思い出せず、本人に直接聞くウェイン。



「ああ、ダメですよウェイン君! ゲオルグ様は――」

「会った事か……あるぞ」

「あ、やっぱり! 何処か覚えてない?」

「二年前の王国にある酒場だ」

「二年前……そんな事あったか? 師匠?」

「ふむ、何となくあったような気もしなくもないな」



 ゲオルグからの指摘に対し、未だにその記憶の方は靄がかかったようにハッキリしない二人。

 そんな記憶があったか、無かったかの下らないやり取りをウェイン達がしている最中、アイナは驚く出来事に遭遇していた。


 それは、ゲオルグが二人を覚えている事であった。


 ゲオルグという男はアイナが知る限り、人の顔を全く覚えないのである。それは、ギルドの受付であるアイナであっても、顔を合わせるたびに初対面のような振る舞いを見せてくる。

 そんなゲオルグが二人を覚えているという事は、アイナには信じがたい出来事であった。



「ああ、思い出したぞ! あの時の剣士か。あのいけ好かない槍使いと揉めていた時だな」



 未だ記憶を手繰り寄せていた二人だったが、エルーニャがついに思い出す。その時の内容をウェインに伝え、ようやくウェインも思い出した。



「エルーニャさん、その時ゲオルグ様とはどういう会話を?」

「会話? いや、会話などしていないが?」

「してない? 一言も会話を?」

「ああ。奴と会ったのも僅かな時間で、直ぐに出ていったからな。まぁ、私ほどの女性になれば忘れることも難しいのだろうな」

「はいはい、よくそんな恥ずかしい事胸張って言えるよな師匠は」



 アイナは信じられなかった。会話もしてない二人をゲオルグが記憶している事に。何がゲオルグの記憶に残るほどの印象を植え付けたのかが分からなかった。



「ああ、そうだ。おい、そこの三人」



 エール酒が空になった酒杯を置いて、ゲオルグがウェイン達を指さす。



「少し聞きたい事がある。最近、怪しい三人組を見かけなかったか?」








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