第18話 バージニアの王女編 18
「ロゼ王女!」
エミリアはロゼの姿を確認すると、直ぐに声をかけた。それに反応して、ロゼもまた「エミリア!」と声を返す。主の無事を確認したためか、エミリアにしては珍しい安堵の表情を浮かべる。
「エミリア、安心しているところ悪いが、まだ終わって無いぞ」
ゲオルグがエミリアに声をかける。
そう、ゲオルグが言った通り何も終わっていないのだ。
ロゼは未だ敵の手中にある。それを取り返さなければ、何も終わっていない。
ローブを着た三人の内、杖を持った人物が一歩前に出る。
「ふぇふぇ……お主ら、よくここが分かったな。何故だ?」
「それを教える義理は無いんじゃないかしら? 貴方が王国の裏切り者って事はとっくにわかってるわよ?」
「白金騎士風情が……まぁ、良い。顔も知らずに死ぬのは可哀想であろう」
フードを取り外し、白日の下にその素顔を晒す。その男を見たエミリアは、何処か納得したようにも見えた。
「ゴードン・アドム。貴方だったのね」
「意外だったか?」
「いえ、そうでもないわね。ここの施設を使える人間で考えれば、一番貴方が確率的に高いと思ってた。けれど、こんなバカみたいなことをしでかすほど愚かだとは思ってもみなかったわ」
「ふん、貴様に理解してもらおうとは思ってもおらぬわ。悪いが、貴様ら全員この場で死んでもらう」
「あら、言ってくれるじゃない? 白金騎士とギルドの七星であるゲオルグを相手に勝てると?」
「まともに戦えば勝てる見込みは少ないと言わざるをえん。そこでだ」
ゴードンは皺だらけの指を一本ピンと立てる。
「一つ、条件を飲んでくれんかのう?」
「条件ですって?」
「そうじゃ。お互い一人ずつ戦う人間を出しての1対1の勝負。これが儂からの条件じゃ。この条件を飲むのであれば、王女には手を出さん事を約束しよう」
「下らん。そんな口約束がこの場で通ると思っているのか?」
全員まとめて相手にしてやる、とゲオルグは勇んで前に出るが、それをエミリアが手で制止させる。
「待って、ゲオ」
「エミリア、何のつもりだ?」
「……この条件、飲んでほしいの。下手に全員で戦うと、王女の身に危害が及ぶ可能性もあるわ。1対1ならその可能性は限りなく低くなる」
小声でエミリアはゲオに訴える。エミリアの提案に、ゲオルグはチッ、と舌打ちをして一歩下がる。
「いいわ、その条件飲みましょう。但し、ロゼ王女に手出しはしないで」
「いいじゃろう。それで、そっちからは誰が最初に出る?」
エミリアは振り返り、三人の顔を伺う。
「どう? 誰か出たい人いる?」
「先程言った通り、私は参加する気はないぞ。お前らだけで頑張れ」
エルーニャはローブの中から本を取り出し、あろうことか敵に背を向けて横になって本を読み始めた。
敵を前にしてそのような行動をとるエルーニャに、ゲオルグとエミリアは唖然とする。
「まぁ、うちの師匠こういう人だから気にしないで。それより、誰が出る?」
「誰も出る気が無いなら私が出ても良いけど?」
「俺が出よう」
「ゲオ? どういう風の吹き回し?」
「なに、元より俺一人で全員相手にするつもりだったからな。お前達よりも戦う覚悟は既にできている」
「流石は七星って所かしら。じゃあ、よろしく」
ぽん、とゲオルグの肩に手を置いた後、エミリアはこっそり耳打ちをする。それを聞いたゲオルグは、ふん、と短い言葉を発した。
ゲオルグは五、六歩前に進んで腕組みをして立つ。
「俺が相手だ。一人と言わず全員でも構わん」
「ふむ……となると、こっちからはやはりお前かのう? ボルボ」
「おうよ!」
血の気が多そうな男の声が聞こえる。
敵の一人がローブを剥ぎ取ると、そこには巨漢の男が現れる。鍛え抜かれた上半身に汚れた布を身に着け、腰には皮袋。そして、黒に染まった脚衣を履く。
ボルボは後ろに隠してあった巨大なハンマーを手に持つ。その大きさは、ゲオルグが背負っている大剣に負けず劣らずの大きさで、本人の身体に匹敵するほどの大きい金鎚であった。
もし、振り回されて当たりでもしたら、骨が粉砕されるのは間違いない。それがもし頭蓋であれば、頭部は陥没して死は避けられないであろう。
ハンマーの重量からか、ボルボが一歩進むごとに、どしどし、と足音が響く。
ボルボはゲオルグと距離を離して対峙する。
「ゲオルグぅううう! 会いたかったぜ! 俺の事を忘れてはねぇだろうなぁ?」
額に青筋を浮き上がらせ、怒りの形相でゲオルグを睨みつけるボルボ。そんな鬼の形相を目の当たりにしても、ゲオルグは全く気にしていない様子。
「……誰だ? 全く知らん」
「言うに事を欠いて知らねぇだとぉ! テメェのせいで冒険者を辞めさせられたボルボだ! 覚えてるだろうが!」
「全く心当たりがない。何処で会った?」
「俺が酒場で女といい雰囲気になっていたのに、テメェが割り込んできたんだよ! 女が嫌がってるだ、何だと難癖付けやがって! あの時、俺が酔って無ければテメェをボコボコにしてやれたのによ!」
「その言い方からすると、お前は俺に返り討ちにあったようだな」
ぐっ! と言葉が詰まるボルボ。わなわなと拳を震わせ、怒り心頭の様子。
「うるせぇ! 言っておくが、今日はテメェの命日だ! お前の遺体はギルドの入口に晒しておいてやるよ!」
「逆恨みも良い所だな。そんな馬鹿げた理由で俺と張り合おうとは」
「随分と余裕こいてるじゃねぇか。これを見ても、そんな大口を叩けるか? 七星のゲオルグさんよぉ」
ごそごそと腰に付けていた皮袋から小さな小瓶を二種類取り出す。
赤と青の液体が入った小瓶。その二つの小瓶の蓋を取り外すと、ボルボは一気に口の中へと流し込んだ。
液体を飲んだボルボに、変調が現れた。
筋肉質の体が一層膨らみ始め、ありとあらゆる場所に血管が浮かび上がる。
「
「ぬははは、その通りだゲオルグ!」
強化薬物。
それは、己の身体の限界を超える為に服用する薬物の事を指す。主に、強い敵と対峙する時に冒険者が服用される物。だが、これには副作用があり、限界を超えた力を発揮するという事はそれだけ負担をかけるという事。服用しすぎて自ら命をおとしてしまう事もある。
故に、冒険者の中でも強化薬物は最後の手段でもある。
強化薬物を服用したボルボは、両手で持っていたハンマーを片手で持ち上げ、その場で大きく軽々と振り回す。
「流石の効き目だぜ……! これならテメェの頭を粉々にするのも訳ねえ!」
準備を終えたボルボはゆっくりと歩を進める。
その足取りは自信に満ちており、自身の勝利を疑わない。
「さぁ……処刑の時間だぜ、ゲオルグ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます