第19話 バージニアの王女編 19

 ボルボは絶対の自信に満ち溢れていた。

 極限まで自分の力を高める強化薬物の使用は精神を高揚させ、自分が無敵だと錯覚させるほど。

 あえてボルボはゲオルグの方に近づく歩をゆっくりと進める。それは、蛇に睨まれた蛙の如く、自分の強さに恐れおののくゲオルグを楽しむためであった。

 何故かゲオルグは、そこから一歩も動くことをしない。



「どうしたゲオルグ? ビビっちまったか? それとも、ちびっちまったのかぁ~?」



 ゲラゲラ、と下品な笑い声を伴うボルボの挑発。それに対しても、ゲオルグは気にする様子は全くなかった。

 未だに腕組みをしたままで戦う姿勢を見せぬゲオルグに対し、後方で見ているウェインも気が気ではなかった。



「おいおい、眼帯のオッサン大丈夫かよ? あれだけデカイ口叩いた割に、本当にビビったわけじゃないだろうな?」



 ゲオルグの実力をその目で見たわけではない為、ウェインはゲオルグに対して懐疑的だった。



「あら、心配してるの? 少年君」

「心配というか、あのオッサンにやる気が見られないんだよな。あの金鎚持ってるオッサンだって、そこそこ強い相手だよ」

「そうね。確かに、強い相手だと思うわ」

「レーゼさんは心配じゃないの?」

「心配? 勿論、心配ならしてるわよ――――相手の方を、ね」



 そんな二人の会話を聞いていたかのように、ゲオルグに動きがある。

 腕組みをしていた姿勢を解き、背負っていた二本の大剣の一つに手を掛けた。

 勢いよく取り出し、その切っ先を相手に向けて構える。鉄の塊のように分厚く、長い大剣をゲオルグは両手で力強く握りしめた。

 ゲオルグに剣を向けられた瞬間、ボルボの足がピタリと止まる。

 

 あれだけ威勢の良かった口も足も鳴りを潜めてしまう。ゲオルグとボルボの距離は未だ離れており、互いの得物が届くまでには至らない。

 周囲から見れば、何故ボルボが足を止めてしまったのか理由が分からない。

 だが、それは外野の意見。

 当事者であるボルボには明確な理由があった。



 (なん……だよ、コイツ)



 滲み出る脂汗。

 ゲオルグから放たれる尋常ではない殺気が、彼を現実に引き戻した。

 ボルボは素行の悪さを差し引けば実力のある冒険者だ。

 力自慢で、腕っぷしのいい戦士。ここまで落ちぶれるまでは、彼の力を当てにする冒険者パーティーも少なくなかった。

 自慢の金鎚で、どんなモンスターであろうと叩き潰してきた。加えて、強化薬物という最後の切り札を用いた自分に勝てる相手など、存在するはずがない。

 ……だというのに、目の前に居る怪物ゲオルグがボルボの根底を覆す。


 その刃物のように鋭い視線だけで心臓を鷲掴みにされているような錯覚。

 剣を向けられただけで、踏み込んだ瞬間に自分が頭から斬られる映像が鮮明に浮かびあがる。

 ボルボの高揚していた気分は嘘のように冷めきっており、息は荒く、大きくなる。

 ハンマーを持っている手は震え、膝が恐怖で笑い始める。

 彼はこの期に及んで自分の認識の甘さを痛感させられる形となる。



(俺は……俺は一体何と戦っているんだ?)



 目の前に居るのは黒い甲冑を着た剣士。だが、ボルボの目には、人の形を変え、自分を丸呑みしてしまいそうなほど大きい、獰猛な黒い肉食獣にしか見えなかった。

 まだ手合わせもしていないというのに、生きた心地はない。背後で死神が待ちかまえているようにも思えた。

 


「どうした? 来ないのか」



 動きが無くなったボルボに痺れを切らし、ゲオルグが声をかけた。それだけで、ボルボは「ひいっ!」と身を震わせる。



「来ないのであれば、こっちから行くぞ」

「う、うわああああ!」



 死神に背中を押され、ボルボは雄叫びを上げながらゲオルグに向かっていく。

 ドンドン、と地面を震わせるような豪快な足音を立て、走り寄っていく。彼は恐怖を取り払う為、半ば半狂乱の状態であった。



「ちきしょぉおお! くたばりやがれぇええ!」



 ゲオルグの頭蓋を粉微塵にせんと、ハンマーを大きく振りかぶる。そして、ゲオルグに向けて振り下ろそうとした時、爆音が通路に轟いた。

 ボルボがハンマーを振り上げ、下ろそうとした動作にまで到達した時、ゲオルグはまだ構えたままであった。ただ、ほんの一瞬。一秒かかったかどうかの時間で、ゲオルグは大剣を振りかぶりボルボの頭から身体を一刀両断し、その勢いのまま剣を地面に叩きつけた。爆音は、ゲオルグが大剣を地面に叩きつけた時のものであり、その威力は床を破壊するほどであった。

 叩きつけた地面からは耳をつんざくような音と、床の破片が派手に飛散する。ゲオルグの周囲には白い煙と埃が舞い上がる。あまりの量に、エミリアとウェインが咳込むほど。

 


「ちょっとゲオ! もう少し手加減しなさいよ!」

「これでも手加減したつもりだったんだがな」

「呆れた。どれだけの馬鹿力よ」



 舞い上がった煙と埃が落ち着くと、ボルボの姿は見えなかった。



「あれ? さっきの相手は?」

「そこに転がっている」



 ゲオルグが指さす方向は、通路の隅。そこにはボルボだった者のパーツが転がっており、生死の確認は容易であった。

 ゲオルグは大剣を一度振り、刃についた血を拭う。その動作だけで、強烈な空気を裂く音がウェイン達の耳に届く。まるで木の枝のように大剣を軽々と扱い、背中に再び仕舞う。



(これが眼帯のオッサンの実力か……正真正銘のバケモンじゃねぇか)



『双剣の黒き嵐』と呼ばれる実力を目の当たりにしたウェインの率直な感想だった。

 


(あんな大剣を振るうだけでも大変なのに、金鎚のオッサンの後から振って間に合う速度って……しかも、簡単に人を両断。あの地面の壊れ方から見ても、大剣を受け止めた時点で死ぬな。これ、本当にあのオッサン一人で全部こなしてくれるんじゃねぇの?)



 ゲオルグが敵で無くて良かった、と心底感じていた。

 再びゲオルグは腕組みをして残った二人の方を睨む。



「さて、次はどっちだ?」












 



 


 


















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