第20話 バージニアの王女編 20
ゲオルグの圧倒的な強さを見た残りの二人。普通ならば裸足で逃げてもおかしくないぐらいの光景だったにもかかわらず、二人に逃げる気配はなく、まだ戦う気であった。
「流石は噂に名高い『双剣の黒き嵐』のゲオルグと言ったところか。その強さは正に天井知らず……いや、むしろ奴が弱すぎた可能性の方が高いか」
ふぇふぇ、と薄気味悪い笑みを浮かべて死者に悪態をつくゴードン。
「随分な言いようだな。一応仲間だろ」
「仲間じゃと? 奴は高い金を払って雇った用心棒のつもりじゃった。だが、結果はお主に手傷の一つも負わすこともできず、命を落とした次第じゃ。もう少し役に立つと思ったのじゃがな……あのクズめが」
クズ、の部分を一際力を入れて言い放つゴードン。
「こんな事ならば、お主を最初に勧誘するべきじゃったわ」
「そうか。なら、この事件は起きる事無く老人の死骸一つで終わっていたな」
「ほう……あの役立たずを倒した事で随分と威勢が良くなったようじゃなゲオルグ。
「寝言は寝て言え。それで、次はどっち――――」
「げーおー? ちょーっと話があるんだけど? こっち見てくれないかしら?」
背後からの声に、ぐっ! と、何処か気まずそうな声がゲオルグから漏れる。
恐る恐るゲオルグが振り返ると、意味深に満面の笑みを浮かべて見つめるエミリアの姿があった。
ゲオルグに向けて指を指し『こっちにこい』と言わんばかりにクイクイ、と人差し指を曲げてジェスチャーをする。
「……何の話だ?」
「さっき、貴方に耳打ちしたわよね? 次は私が戦うって」
「別に俺一人で……」
「勝手な行動は止めてもらえないかしら? これは貴方一人の戦いじゃないの」
「だからどうした? 俺一人でやってしまっても構わんだろ」
「ゲオ。お願いだから」
訴えかけるような目で見つめるエミリア。その眼を僅かに直視しただけで、ゲオルグは視線を外す。納得がいかない様子ではあるが、エミリア達の下へと戻ってくる。
「ありがとう、信じてくれて」
「……死ぬなよ」
すれ違いざまにポツリとゲオルグが呟く。
「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるのよ?」
役割の交代を意味するように、エミリアが掌をゲオルグに向けて出すと、その掌にタッチするゲオルグ。意気揚々とエミリアがゲオルグと入れ替わるようにして戦場へと赴く。帰ってきたゲオルグはウェインの横で腕組みをして立つ。
「よぉ、眼帯のオッサン。アンタ、滅茶苦茶強いんだな」
「褒めても何もないぞ」
「見返りなんて求めてねぇよ。ギルドの七星というのはアンタみたいなバケモンが七人いるのか?」
「いや、そうでもない。七星はそれぞれの分野に突出した奴らの集まりではあるが、ほとんどが金に目がない亡者か、金の力でのし上がった奴らだ。実際、腕の強さは関係ない」
「少しホッとした反面、そういう体質の組織と聞くとガッカリするな」
「そうでも無ければ組織としてやっていけれないのさ。世の中何をするにしても金がつきまとうからな」
「違いない」
他愛のない世間話をウェイン達がしている中、エミリアが通路の中央まで進んで相手を睨む。
「次は私が相手よ。そっちはどっちが……と、言いたいところだけど、どうせあなたなんでしょ? 私の相手」
エミリアが指さしたのはゴードンではなく、隣にいる薄汚れたローブを纏った人間。その人間は終始ロゼの側から離れず立っていた。
「理由は知らないけど、ここに来てからさっきのゲオの戦闘がある間も、ずっと私の方を見てるわよね。何か因縁があるのかしら?」
「……なるほど、それぐらいは分かる力量を兼ね備えているようだな、エミリア・レーゼ。新しい白金騎士よ」
「女性の声?」
ローブを頭の先から足の先まで覆っており素顔が分からない為、エミリアは声を聴くまで女性とは知らなかった。
女性がローブを取り払うと、その下からは意外な姿が現れた。
白髪の短い髪に、蒼い瞳を持ち合わせる。白髪に対比する褐色の肌が美しく輝きをみせ、その体型は細身であり、美しい肢体を持ち合わせる。
そんな美しさを強調させるように、上半身は首から胸の部分にのみ赤色の布地の面積があり、臍と肩を完全に露出。肩には黒い蛇のような模様が入っている。下半身に関しても、腰から股の部分に掛けてのみ脚衣が備わっており、彼女の脚線美がハッキリと見える。両足の太腿の部分に、ベルトが付けられており、そこに大振りの短剣が収納される。
そのあまりにも刺激が強い恰好に、ウェインは「わ、わ!」と慌てながらもその姿に目が釘付けとなる。
「褐色の肌に、白髪……それに、あの肩の模様。あの女『カナン』の人間か」
エミリアの相手を見たゲオルグが呟く。
「眼帯のオッサン、知ってるのか?」
「ああ。イグダスに住む民族の一つだな。カナンの者たちは他の民族よりも神の信仰が高く、仲間意識が強い。他の民族との見分け方として、特徴的な白髪と褐色の肌を持つ。カナンの民族はカナンの民族内でしか子供を産まない。それゆえ、必ずあの身体的特徴を兼ね備える。そして、必ずと言っていいほど、ああいう美男美女が生まれるらしいぞ」
「物知りだな、オッサン。けど……イグダスの人間が何故ここに?」
「さあな。だが、カナンの民族は忠誠心が高く、誇りを重んじる。そして、争いごとを嫌う習性があるはずだが……」
思ってもみなかったイグダスの民族の出現に、戸惑うウェイン達。エミリアは彼女を見て、ヒュー、と口笛を吹く。
「ローブの下からどんな女性が出てくるかと思ったら、こんな綺麗な女性が出てくるなんて意外。そのスタイルの良さはちょっと嫉妬しちゃうかも」
「下らない会話をする気は無い……ゴードン、相手をさせてもらうぞ」
「分かっておる。元より、お前との契約はその一点のみだからな」
「それと、もう一つ」
「何だ?」
「何があってもロゼ様に危害を加える事は許さない。何があってもだ」
褐色の女性の言葉にエミリアはきょとんとした表情を見せる。それもそうだろう、王女を誘拐した相手が、そこまで人質の身を案じる事自体がおかしいのだから。
褐色の女性は一度ロゼの方を向くと、その頬を優しく撫でる。母親が子の心配をするような慈悲に満ちた瞳が女性に宿っていた。
(ロゼ様……短い間でしたが、私は幸せでした)
頬を撫で終え、振り向いたそこには既に覚悟を決めた戦士の顔があった。
数歩前に出て、正面から対峙するエミリアと褐色の女性。
「良ければ貴女の名前を教えてもらえないかしら? カナンの人」
「……貴女が知る必要はない。もし、知りたければ私を倒すことだ」
褐色の女性は太腿に備えていた二振りの短剣をそれぞれの手に取る。短剣にしては刃が長く、剣というには短い。そんな中途半端な長さの短剣を構える褐色の女性。
エミリアは腰に携えていた剣を抜くと、それは針のように細く、切っ先が鋭いレイピアと呼ばれる刺突用の片手武器であった。
ヒュンヒュン、と器用に振り回して相手に向けて構えるエミリア。
お互いに臨戦態勢が整い、不穏な空気が二人の間に流れる。
(この戦いはロゼ様の為に、私の為にも必要な一戦。白金騎士となった
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