第21話 バージニアの王女編 21
ゲオルグの時同様、エミリア達は一定の距離を置いて互いに出方を見る。どちらも無言で相手の隙を伺う。
この戦いに関して言えば、エミリアの方に分があった。
理由はその剣の長さ。刺突に特化した剣は相手を刺すことを目的に造られている。当然、その
見合ったまま動かぬ二人。根気の続く戦いになりそうな気配を、ウェイン達外野は感じていた。
しかし、思わぬ展開で事態は動く。
先に動いたのはカナンの女性だった。
突然、肩の力を抜いたと思うと、その場でリズム良くステップを踏み始める。身体を上下させ、右、左と避けるような
(……私を誘ってるのかしら?)
あまり対人戦で見た事のない動きにエミリアは戸惑う。攻撃するかどうか迷っていると、カナンの女性は不規則にゆっくりと動く仕草から一転、地を蹴って鋭くエミリアの方に飛び込んでくる。
(! 速い!)
急な変化に対応が遅れたエミリア。しかし、そこは白金騎士。完全に接近を許す前に、相手に向けて鋭い突きを繰り出す。
相手の眉間めがけて放たれた突き。それは的確に眉間を貫いた……と、思われたがそれは空を切る。
エミリアの突きが届く寸前、カナンの女性は身体を地面スレスレにまで深く沈みこませて、その攻撃を躱す。そして、その這うような姿勢から、器用に身体を回転させて足払いを繰り出し、エミリアの足を払う。
エミリアは簡単に態勢を崩され、その場で転けて派手に尻餅をつく。痛みから尻を擦っていると。
「エミリア! 避けろ!」
ゲオルグの声に反応したエミリアが即座に後転を行う。その直後、エミリアが居た場所にカナンの女性が刃を突き立てた。
間一髪の攻防に、エミリアはふぅ、と、息を吐く。
「あのカナンの女、できるな。相当なやり手だ」
「眼帯のオッサンから見てそんなに?」
「ああ。あの軽装は身軽さ故の戦闘スタイルの為だろう。もし、鎧を着ていればあんな動きはできん。先程の動きから幾らか体術の心得もありそうだな。機敏な動きで翻弄するタイプとなれば、エミリアにとって難しい相手になりそうだな」
「レーゼさん負けるのか?」
「……さあな。こればかりはエミリアを信じるしかない」
気を取り直して、再度対峙するエミリア達。
先程の不覚を考慮してか、対峙する距離を僅かに広げるエミリア。相手の方はというと、また誘うようなゆったりとした仕草を行う。
(今度はそう上手く行かせないわ、よ!)
エミリアは距離を広げて相手の出方を伺うのかと思いきや、素早く踏み込んで相手を自身の得物の距離にまで詰め寄る。エミリアは相手の動きを見て、露出した肩に向けてレイピアを突く。
流れるような動きで放った一撃。だが、それを嘲笑うかのようにカナンの女性はエミリアの方に向かって踊るようにして身を反転させながら避けた。
避ける動作と、距離を詰める動作をカナンの女性は一度に行い、短剣の射程内に入れる事に成功する。
(嘘でしょ? これはマズい!)
カナンの女性の視線が、エミリアが突き出した右腕の方を一瞬確認する。エミリアは瞬時に相手の狙いが自分の利き腕だと判断し、素早く腕を引いた。
咄嗟の判断は功を奏し、カナンの女性が振るった短剣の一撃は、辛うじてエミリアの腕を薄皮一枚切り裂く程度で事なきを得る。
たたらを踏みながら、後方に離れるエミリア。切られた場所からは僅かに赤い滴が滲み出てきていた。
「参ったわね……結構やるじゃない、貴女」
感心したようなエミリアの物言い。口調は普段の彼女のように軽いが、現状苦戦していると言わざるを得ない。
「エミリア、俺と代わるか?」
後ろで見ているゲオルグがエミリアに助けを出す。
「何馬鹿な事言ってるのよゲオ。これからが本番じゃない」
エミリアは振り返ることなく、背中で答える。その態度が、全てを物語っていた。
「判断を誤れば命を落とすぞ。その女が手強いのはお前が一番肌で感じているだろ」
「確かにその通りね。けど、この人には色々と聞きたい事もあるのよね」
「聞きたい事だと?」
「ねぇ、貴女にちょっと聞きたい事があるんだけど、答えてもらえないかしら?」
エミリアは左手を腰に当て、持っていた剣の先を下向きに垂らした。
その行動の意味は、戦闘の中断であった。
自ら戦う姿勢を見せないことにより、相手に騙す気は無いという意図を示す。それに応じるように、カナンの女性も構えを解いた。
「戦闘の最中に何を聞くというのだ?」
「私が貴女に恨みを買う理由を教えてもらえないかしら? 流石に倒す、倒されるにしても後味が悪いじゃない? そういうのハッキリさせておきたいの」
「……理由は簡単だ。貴女が白金騎士になったからだ」
「白金騎士に、なったから?」
「そうだ。貴女は白金騎士の試験を受けた後、白金騎士として選ばれた。だが、そこには明確な不正があった。それを私は許すことが出来ない」
それを聞いたウェイン達に動揺が走った。
理由を明らかにされたエミリアは、何か心当たりがあるのか納得した様子だった。
「ひょっとして貴女、あの時試験を受けていた一人だった?」
「その通りだ」
「なるほどね。でも、そうなると解せないわね。貴女はイグダスの人間でしょ? 何でわざわざこんなバージニアに来て白金騎士の試験なんて受けてるの?」
「それ以外方法が無かったからだ。私が、ロゼ様の傍でお仕えするにはな」
それを聞いて驚いたのは、ロゼとエミリアであった。
「随分とロゼ王女にご執心よね、貴女。そこまで何が貴女を突き動かすの?」
「それを言う必要はない」
「相変わらずのだんまりね……じゃあ、何でバージニアの騎士にならなかったのよ? わざわざ白金騎士にならずとも」
「当初の予定はそのつもりだった。しかし、私は見ての通りイグダスの人間。王国側からしたら敵の間者かもしれぬ者を騎士にする事は出来ないのだろう。騎士になる事を断念するしかなかった私は、別の方法を探していた時、白金騎士の募集の事を知った」
「成程ね。確かに白金騎士になるには身分や性別、人種などは不問だからそれに飛びつくのは当然の流れね」
「ええ。そして、白金騎士になればロゼ様の傍に居られる可能性も高い。私にとってはこれ以上ない案件だったわ……だが」
「白金騎士になったのは、この私だった。だから憎い?」
「その感情が無いと言えば嘘になるだろう。だが、私が貴女に恨みを抱く問題は別だ。先程も言ったように、貴女が白金騎士になったのは不正があったからだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! レーゼさんがそんな事するわけないだろ!」
「何も知らぬ外野が口を挟んでくるな!」
非難を浴びせられるエミリアを見かねて、ウェインがフォローを入れた途端、カナンの女性から吠えるような怒号を受けて、思わずたじろぐ。
「何も知らないお前達に教えてやる。白金騎士になるには幾つかの試験を超える必要がある。そして、その全ての試験を潜り抜け最後まで残ったのは私を含む僅か三名だった。その中から選ばれると思っていた……だが、私は偶然試験を担当する兵士の会話を物陰から聞いてしまったのだ。『全ての試験が終わる以前から既に次の白金騎士が決まっている』という会話をな」
持っていた短剣をエミリアの方に向けて突きつける。その手は怒りからか、わなわなと震えていた。
「そして、選ばれたのは残った三名ではなく、貴女だった。これを不正と言わず何と言う? 白金騎士を純粋に目指した人間は誰一人選ばれなかった! 大方、男に腰を振り、女の色香を利用して騙し、搔っ攫ったのだろう。そんな輩がロゼ様の傍に居る。それを思うだけで、私の心は抉られるように苦しいんだ!」
聞くに堪えない言葉で罵られながらも、エミリアは否定も反論もせず黙って聞いていた。離れて聞いていたゲオルグが、殺気を漲らせて背負っている大剣に手を掛ける。そして、ゆっくりと前に進もうとしていた時、エミリアがゲオルグの方に首を向けた。
「手出しはしないでよ。これは私と彼女の問題なんだから」
「あれだけいわれのない言葉を聞いて、黙っていろと言うのか?」
「あのね……何で私じゃなくて、ゲオが怒ってるのよ。それに、彼女の言ってることは少なからず当たっている部分があるわ」
「まさかエミリア、お前……!」
「男に腰振ったなんて言葉を信じているのなら、まず貴方の眉間にこの剣を刺しても良いんだけど?」
笑顔で振り向き、剣をゲオルグに向ける。ゲオルグはそれを見て、すっかり意気消沈してしまい、すごすごと元の場所へ帰っていく。
それを見た後、エミリアはカナンの女性に向き直る。
「貴女が私に対してお怒りな理由は分かったわ……本当、何故かしら? 貴女のような者が白金騎士にならず、私みたいなのが何で選ばれたのか、不思議でならないわ」
憐れむような目でエミリアはカナンの女性を見る。不憫な者に同情するような、その目がカナンの女性の怒りに油を注ぐ。
「横から掠めとるような真似をしておいて、よくもそんな口を叩く! それだけのことをしてまで白金騎士になりたかった理由を聞かせてもらおう!」
「無いわ」
「なん……だと!」
「事実よ。残念ながら私は貴女のように目的があって白金騎士になった訳じゃないの。そう、運が悪かったのよ。私も……貴女も」
手にした短剣がガタガタと震え、美人には似つかわしくない必死の形相でエミリアを睨む。そして、彼女の瞳からは涙が流れる。
それは悔しさから来るものだった。
彼女がここまで歩んできた道は決して平坦ではなかった。
挫折や屈折を何度も経験した。しかし、それらを乗り越える並々ならぬ思いが彼女の中にはあった。
そして、もうじきそれに手が届きそうな場所まで来ていた。なのに、それを踏みにじる泥棒猫がいたのだ。
「ふざけるな……! 労せず白金騎士になり、なった理由もない! お前のような薄情な者がロゼ様を守れる権利があるというのに、何故……何故私には、ロゼ様の、傍にいる、権利すら与えられない……!」
褐色の肌を伝う大粒の涙が幾つも零れる。気丈でありながらも、その声は震えて苦しそう。そんな彼女にエミリアは心底同情していた。だが、ある一点においては別であった。
「貴女に言いたいことが三つあるわ。まず一つ。勝手に私が不正をしたみたいに言ってるけど、それは誤解。私は白金騎士に『選ばれてしまった』という点。そして、次に……薄情というのは聞き捨てならないわね」
笑みを浮かべていたエミリアの顔から、一瞬にして笑みが消える。そのただならぬ気配を感じ取ったカナンの女性は、涙を拭い、顔が強張る。二人の間に緊張が一気に増していく。
「貴女がロゼ王女を大層慕っている気持ちは伝わってくるわ。けどね、貴女が想う以上に、私もロゼ王女に対しては負けない気持ちがあるの。その事に関しては決して譲らないわ」
「……その言葉に偽りは無いな? 白金騎士のエミリア」
「ええ。そして、最後に……」
エミリアは話すたびに左手の指を1本ずつ上げていった。そして、最後の指がゆっくりと上げられる。
「――貴女は『魔装』というものを知っているかしら?」
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