~幕間~ 白金騎士1

 白金騎士。

 それは、バージニア王国最強の騎士である称号。その名はバージニアだけではなく、他国でも大きく知られている。

 その名の由来は身に着ける『鎧』にある。

 悪しき邪を打ち払う曇り無き神聖な白色に、最上位を示す金の意匠をあしらえた鎧。バージニアが誇る最強の証。

 白金騎士の称号を得られる者は僅か三名。


 ――そしてこの当時、白金騎士の役を退役する者が出た為『二名』となっていた。

 

 空きの出た一枠。それに対し、王国から白金騎士を募る貼り紙が王国内の至る所に貼りだされた。

 余った一枠を巡り、腕自慢の者たちがこぞって競い合う。

 だが、貼りだされてから半年経ってもその一枠が埋まる事は決してなかった。





 白金騎士の募集をする貼り紙は冒険者ギルド内にも貼りだされている。

 だが、その広告に目を向ける者はほとんどいない。

 彼等は既に冒険者という職に就いており、白金騎士を目指しているわけではないのだから、当然といえば当然の反応である。

 また、白金騎士になれば当然バージニアの騎士という事になる。そうなると、五月蠅い規律や規則に従わないといけなくなり、自身の自由も拘束される。

 それゆえ、冒険者達からすれば利点メリットよりも損失デメリットの方が圧倒的に大きいと感じていた。


 今日もギルド内は大勢の冒険者達でにぎわうが、壁に貼られた白金騎士の募集広告に目を向ける者は一人もいなかった。

 そんな暇があるのならば、一党パーティーを組み、依頼を受けてこなした方がよほど有意義な時間だというもの。

 そんな誰からも忘れさられた存在に、目を向けた一人の女戦士がいた。


 垢抜けない顔つきに、短髪の女性。身に着けている安物の鎧と剣は、未だ輝きを損なっていない事から、冒険者としては未熟な女性だという事が分かる。

 彼女はその貼ってあった広告に目を輝かせ、それを壁から引きちぎって奪った後、ギルドの隅にある丸テーブルの席へと走っていく。

 そこには、一人の女性が座っていた。

 金の長髪に、一目で心を奪う美貌を兼ね備えた艶やかな女性。

 女性は数人の男冒険者に囲まれていた。皆、鼻の下を伸ばして必死に女性を自分の一党へと勧誘をしている様子。そんな男達とは逆に、女性はまるで興味がなさそうだった。

 女性はこちらに向かってくる広告を持った女戦士を見ると、囲んでいた男冒険者に声をかける。すると、男共は残念そうにその場から去っていった。

 広告を持った女戦士は、彼女と一緒の丸テーブルに同席する。



「遅かったじゃない、アム」

「ごめんごめん。しかし、相変わらずの人気だねぇエミリア。勧誘されてた?」

「冒険の勧誘とか言いつつ、その内容は完全にデートのお誘いだったわ」

「そういうの多いよね。こっちに来てから何回目?」

「数える気にもならないわよ」



 肩をすくめて大きく息を吐くエミリア。

 エミリアは生まれ育った町を出て、バージニア王国へとやってきた。

 その理由は幾つかある。

 まず、生まれ育った故郷で一生を終える、という事が嫌であった。

 世界は広いのに、それを知らずそのまま一生を終えるというのは、彼女の性に合わなかった。

 そして次に、エミリアの剣の腕前は男性と比べても遜色ない腕前であった事。

 昔、ある無愛想な男が冒険者になると言い、剣の鍛錬を行っていた。

 黙々と鍛錬をこなし、ひたすら腕を磨く。好奇心からその男と剣の練習に付き合った事がそもそもの始まり。


 エミリアの両親が元冒険者であり、彼女は両親から剣の指導を受けた事があった。そんな昔の杵柄を自慢して男に対して挑んだ。

 だが、結局は男に一撃も当てれず、ただ適当にあしらわれるという結果になった。

 それが、悔しくて、悔しくて堪らなかった。

 その日以降、彼女も密かに剣の修練を積み始める。何時か見返してやろうと、彼女なりの意地であった。

 元々、エミリアには剣の才能があった。メキメキと頭角を現し、たった一年で並の男では彼女に一太刀も入れられない程強くなってしまう。


 腕を磨き、再度男に挑もうとした時、男は町から消えていた。

 男はエミリアに一言も告げず、冒険者になるため町を出て行ったのだ。

 当然、納得できるはずもないエミリアはそれを追ってやってきたというのも理由の一つに含まれる。

 だが、彼女が冒険者になるまでの間に、既に男は手の届かない存在にまでなってしまっており、会う機会は完全に失われていた。


 目の前に居るアムと呼ばれる女性とは冒険者ギルドの中で知り合う。

 お互い、まだまだ駆け出し中という立場、性格的にも意気投合してしまい、二人だけで一党を組んでいる。



「エミリアの美貌を生かして、とんでもなく強い冒険者を引き入れる、というのはどう?」

「却下。その冒険者に裏切られたら一巻の終わりじゃない」

「仰る通りだねぇ。けど、このまま冒険者やってていいのかな? って気にはならない? 結構依頼こなしたけどさ、私達まだⅠのままなんだよね」



 アムの言葉にエミリアも同調する。

 他にも同時期に入った冒険者はいたが、その中でもランクが上がっている者をチラホラみかけるようになっていた。

 依頼の数だけではなく、その内容も査定に入るとなっている為、多少の優劣はつく。だが、それでも彼女たちは人一倍依頼をこなしてきたつもりであった。

 真面目に働いても報われない事は、なによりも心に突き刺さる。



「そ、こ、で! 私はこんな物を見つけてきました!」



 じゃーん! とアムは手に持っていた広告をテーブルの上に置く。



「何々……白金騎士の募集?」

「こうなったらさ、私、バージニアの白金騎士になろうかと思って!」

「えぇ! アム、本気?」

「勿論。私は何時だって本気です」

「いや、けどこれ……」



 広告を見て訝し気な顔を見せるエミリア。

 正直、エミリアはこの広告に対して半信半疑であった。

『人種、出身、種族問わない』『認められれば即王国騎士』などの謳い文句が並べられる。その中でも最後の一文がエミリアは気に食わなかった。



『――尚、白金騎士に相応しい者が出るまでこの募集は継続する』



 この一文が全てを物語っている。

 そもそも、王国側は募集した者の中から白金騎士を選ぶつもりなど毛頭ないのだ、とエミリアは感じていた。

 でなければ、半年経って未だに一人も適任者がいないなどあり得ない事だ。



「幸運な事に、次の日が採用試験の日なの。これは巡り合わせとしか思えないよ!」

「まぁ、受けるのは自由だから良いけど。頑張ってね、アム」

「何言ってるの! エミリアも受けるんだからね!」

「……え? ちょっと待って、何で私まで?」

「だって、一人で受けるの怖いじゃん! お願い、付き合ってよ!」



 手を合わせて「この通り」とねだるアム。

 エミリアは試験に対して乗り気ではないが、アムの頼みとなれば断る理由もない。



(まぁ、一度受けたら諦めもつくはずだし、参加するだけなら別に良いか)



 そんな軽い考えがエミリアの脳裏によぎる。



「分かったわ。但し、ダメだったら潔く諦める事。いいわね?」

「ありがとうエミリア!」



 余程嬉しかったのか、アムはエミリアの手を取りしっかりと握る。お調子者ではあるが、こういう性格のアムがエミリアは好きであった。




 ♦♦♦




 後日、エミリア達は白金騎士の試験を受ける為、バージニアの城へと足を運んだ。

 その道中、二人と同じような目的と思われる者たちが大勢バージニアの城へと向かっている。

 その種族も多様で、エルフ、ドワーフ、獣人などの亜人も多くみられる。

 試験場はバージニアの城近くに備わっている兵士の訓練場。

 大人数の訓練を想定されて作られた訓練場は、草原を思わせるほどの広大な敷地。二百人を超えるエミリア達志願兵を迎え入れても尚有り余る。


 訓練場入口に、長テーブルと椅子を用意した簡素な受付が作られており、十人の受付係が志願してきた者たち一人一人の名を羊皮紙に記した後、番号の書かれた小さな木のプレートを手渡してきて、首から下げるよう指示される。

 時間は朝方からの予定と広告に記されていたが、色々と手続きを済ませると太陽は頂上付近にまで差し掛かっていた。

 エミリア達は一人一人縦に整列させられ、等間隔を空けて並ぶ。このような規律に、早くも愚痴を零す者が多数見受けられる。

 周囲の参加者に注意を払うエミリア。



(どいつもこいつも一癖も二癖もありそうな奴らね。この中でどれだけの奴が本気でバージニアに忠誠を誓うような奴がいるのかしら?)



 少なくとも、エミリアの目から見た参加者はそんな気配をしている奴はいなかった。皆、職にありつきたいか、腕試しにきたような無頼漢ばかりだった。



(まぁ、私は白金騎士になることはないから別にいいか)



 今にも欠伸をしそうなほど呑気なエミリア。対して、エミリアの前に並ぶアムは緊張から全身を凍らせたように身体がガチガチになっていた。

 ようやく試験の開始なのか、エミリア達の前に白髭を蓄えた如何にもベテランといった騎士が現れる。



「これより、白金騎士の試験を行う! これに合格すれば、晴れて白金騎士となり、君たちは富と名誉の両方を勝ち取ることが出来る!」



 その甘言を鵜呑みにした参加者は、浮かれてざわざわと騒がしくなる。



(……なれるかどうかもわからないっていうのに)



 最早完全に他人事としてエミリアは割りきっていた。



「諸君らはこの試験に全てを掛ける気概でやっていただきたい! さすれば、きっと道は開かれる。そう! 自らの手で、道を切り開くのだ! 諸君らの健闘を祈る!」



 白髭を蓄えた騎士が鼓舞するような演説を終えると、参加者からは威勢の良い声が上がる。



「おお、何か盛り上がってきたねぇ! 何だか私、出来るような気がしてきた」



 熱を帯びた空気に感化され、興奮冷めやらぬ様子のアム。



「空気に呑まれてたら勝てる戦いも勝てないわよ、アム。冷静さを欠かないこと」

「わ、分かった! 落ち着け、落ち着け私!」




 ベテラン騎士がその場から居なくなり、代わりに受付係を担当していた者たちが参加者に対して指示を出す。彼等は参加者を振り分け、一対一の模擬戦闘を行わせる。

 用意してある木剣を参加者に与え、それで戦うように指示をする。これに対して、参加者の何人かからは不満の声が上がる。

 それもそのはず、ここに来た全員が剣を使う者たちではないからだ。得意な武器が槍の者もいれば、斧、はたまた鞭だってある。

 明らかに不公平なこの仕様に対し、不満を上げる参加者に対し、担当は宥めるように言葉を繰り返す。



「この模擬戦は勝ち負けを見るものではない。詳しくは言えないが、それを信じてもらいたい」



 不平を漏らしていた者たちも、その言葉を信じる他なく、慣れない武器で戦う。

 エミリアは普段から剣を使っている為、このルールは有利に働く。そして、エミリアの目の前には、銀の鎧に身を固めた図体のデカイ荒くれ者がいた。だが、エミリアには荒くれ者が剣の扱いが明らかに不慣れなのが見て取れる。



(まぁ、普通に戦えば負ける気はしないけど……問題は)



 チラリ、と視線を向けた先にはアムの姿。

 アムも剣を使う事には慣れているはずだが、その手は震えていた。

 とりあえずアムが勝ち抜く事を願いつつ、エミリアは目の前に居る敵に集中する事にした。





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