~幕間~ 白金騎士2
相手の荒くれ者は、相手が女であるエミリアという事もあってか、何処か余裕を感じさせる表情。
相手を舐め切った様子。しかし、それはエミリアに見抜かれていた。
「では、始め!」
エミリアの試合の審判を務める担当者から合図が上がる。
荒くれ者はそれなりに様になるよう構えを取ろうと試みる。合図が上がって、まず初めに取るのは構えだろう、と安直な思考。
それを、完全に逆手に取ったエミリアは、合図と同時に男に向けて走ると、その顔にすれ違いざま一撃お見舞いした。
電光石火の一撃。男は無防備に晒した顔に強烈な一撃を受けて、痛みから思わず木剣を離して手で顔を覆う。
「ぐわぁあ! 痛え! 痛ぇよお!」
悶える荒くれ者。直ぐに決着がつき、エミリアは審判の方を見た。
だが、あろうことか審判を務めていた者の眼がこちらではなく、違う試合の方を見ていたのをエミリアは目撃する。
「え? ちょっと、どういう事!」
エミリアが審判に詰め寄ると、審判はようやく試合の事に気が付く。一瞬で状況が変化している事に戸惑い、現状を何とか理解しようとしていた。
「判定を預かる者が余所見してるなんて、信じられないんだけど?」
「よ、余所見などしていない! 素晴らしい動きだった」
「……このっ!」
言い訳をする審判役に、思わず拳を振り上げ手が出そうになるエミリア。だが、白金騎士を目指していない自分がムキになって口論をしても仕方がなかった。
湧き上がる怒りを抑えて拳を下げた。
「じゃあ、私の勝ちって事でこの試合は終わりでいいわね?」
「いや、試合は続けてもらう」
「……どういう事かしら?」
「先程も言ったように、これは勝ち負けではない。君たちの素質を見る為のものだ。故に、戦いは続けてもらう」
エミリアには到底信じられない発言だった。
(ろくに試合を見てなかったくせに、何を言ってるのよコイツ)
気になり、他の試合の様子を観察する。
エミリアが注目したのは審判であった。
他の試合の審判も自分の審判同様、試合に対してやる気が見られなかった。
同じように試合から眼を離す審判もいれば、実力差から一方的な戦いになっているのにも関わらず、仲裁に入るようなこともしない。
(何よコレ? こんなのが試験だっていうの?)
愕然とするエミリア。こんな事で白金騎士になれるなど、彼女には到底信じられるわけがなかった。
「君! もう一度最初の位置に戻りなさい! 続行だ!」
戦闘の再開を促す審判。さきほど一撃を見舞いした荒くれ者は痛みから復帰して構えて待っていた。
「冗談でしょ? これ以上何を見るのよ? 教えて欲しいわ」
「それは言えない。このままだと、君の評価は低いままで終わるぞ」
「……別にいいわよ。最初から白金騎士になる気なんてないんだから」
「何だ? 何か言ったかね?」
「今度は見ておきなさい、って言ったのよ愚図」
審判に向かって吐き捨てるように告げたエミリア。これに対し、当然審判は声を荒げてエミリアに注意をし、警告を促す。しかし、そんな言葉は既にエミリアの耳には入っていなかった。
荒くれ者はこの機会をチャンスと捉えていた。
先程の一撃は決定的であったが、敗北にはされなかった。加えて、審判を敵に回すという愚策をエミリアが行った事により、完全に自分に流れがきている。荒くれ者はそう確信していた。
試合開始直後と同じように正面から対峙する二人。だが、この時エミリアの変化に荒くれ者は気づいていなかった。
やる必要性が全くみられない試験に、やる気のない審判。皆が白金騎士に希望を見出して参加しているというのに、主催する側の体たらくに絶望していた。
それはやり場のない怒りへと変換され、その矛先は無情にも目の前に居る相手へとぶつけられようとしていた。
剣呑とした目つきに変わったエミリアの眼が男を見据える。
「では……始め!」
男は開始の合図と同時に剣を大きく振り上げた。
その動作が最後だった。
先程の比ではない速さでエミリアが踏み込むと、手にした木剣を男のがら空きになった喉に向けて一直線に突いた。
獣の牙が喉に噛みついたような衝撃が男に走り、一瞬で意識を手放した。
男の巨体がぐらりと揺らぎ、そのまま倒れて泡を吹く。
音の早さに匹敵するような幕切れに、唖然とする審判。そして、エミリアは審判を睨みつける。
「もう、いいでしょ。これ以上させる気かしら?」
審判はおびえる子羊のように、身体を震わせながら何度も頷いた。
他の参加者が戦っている間、エミリアはいち早く試合を終えてその場に腰かけアムの試合の様子を伺う。
アムは善戦しているものの、相手の方が一枚上手と言った様子で押されぎみだった。劣勢から盛り返す事は出来ず、そのまま試合終了の合図が告げられた。
試合が終了した後、アムを含めた対戦者の片割れは審判に声を掛けられ何処かへと誘導される。エミリアの場合、敗れた荒くれ者が審判に連れられて同じように何処かへと連れていかれる。
しばらくして、再び白ひげを生やしたベテラン騎士が現れる。
「ここに残った諸君ら、おめでとう! 君たちは試験を勝ち抜いた者たちだ」
その言葉に喜ぶ者がいる最中、エミリアだけは全く喜んでいなかった。
「君たちだけで次の試験を行うが、その前に休憩を挟む。休憩が終われば次の試験を行うから気を引き締めてくれたまえ!」
それだけ言い残すと、ベテラン騎士は再びその場から立ち去る。
だが、ベテラン騎士が居なくなった後もアム達が帰ってくる様子は無かった。心配になったエミリアは、その場から抜けて居なくなった方へと向かう。
(確か、城内の方に向かったわよね?)
向かった方向を頼りに、エミリアは城内へと入った。
普段ならば目にすることの無い豪華な装飾に彩られた城内。
石造りの通路には、豪華な赤い絨毯が敷かれ壁には彫刻が施されたアーチ状の窓が等間隔に並べられる。
通路を辿ってアムを捜している時、偶然にも先にある曲がり角から現れる人影。その人影の正体にエミリアは驚き戸惑った。
栗色の長髪に端正な顔。着飾ったドレス姿に高貴な品格を持ち合わせ、その傍らに護衛が付き添う。その女性を見間違えるわけもなかった。
「ロゼ王女……!」
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