~幕間~ 白金騎士3
エミリアが実物を目にしたのはこの時が初めてで、その姿は品格ある美しい容姿。その凛々しい姿に一瞬心奪われてしまう。向こうから歩いてくるロゼがエミリアに気づき、目が合う。そして、ロゼが花のような笑顔を振りまくと、そこでエミリアはハッと我に返り、頭を何度も左右に振る。
(流石は王女、貫禄があるわね)
王女がエミリアの方に向かってゆっくりと歩いてくる。エミリアは通行の妨げにならぬように、できるだけ通路の端によけた。
ロゼが横を通り過ぎるのを待っていると、何故かエミリアの横で足を止めた。その行動に驚いたのはエミリアだけではなく、ロゼを護衛していた兵士もそうだった。
「ろ、ロゼ様? 如何なされました?」
「私はこの方と二人きりでお話があります。貴方はもう下がってくれて構いません」
「は?」と、呆気にとられた声がエミリアと護衛から漏れた。
それからロゼは、エミリアにだけ見えるよう片目を一度瞬きさせ、微かに口端を上げる。それを察せぬほど理解力のないエミリアではなかった。
その意図はわからないものの、エミリアはロゼの調子に合わせる事にした。
「しかしロゼ様……」
「大丈夫です、これで貴方が咎められるような事はありません。用が済めば貴方に声をかけます。それで良いでしょう?」
「わ、分かりました。では、私は持ち場へと戻ります。終わり次第、報告をお願いします」
去り際に、ロゼの方を名残惜しむように何度もチラチラ見つめる兵士。それを、ロゼとエミリアは満面の笑みで手を振って見送る。
兵士の姿が見えなくなった途端、二人はその笑顔の仮面を外して視線を合わせる。
「私の芝居に合わせていただき、ありがとうございます。良ければ、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「エミリア・レーゼと申します、ロゼ王女様。しかし、このような芝居をして護衛を引き剝がし、何をされるおつもりですか?」
「それは勿論、貴女とお茶を飲むためですわ、エミリアさん」
パン、と手を合わせて目を輝かせながらロゼは言う。それに対し、エミリアは複雑な表情を見せた。
慣れ親しんだ者ならばまだしも、エミリアはロゼと顔を合わせたのはこれが初めて。だというのに、そんな自分をお茶に誘うロゼが理解できなかった。
「……私と、お茶を? それは一体何の冗談で?」
「冗談ではありませんわ。一応これでも私、貴女に興味があるんですよ?」
「王女様に対し、失礼を承知でお尋ねします。どこかで私とお会いに?」
「いえ、今日が初めてです」
「では、何故私をお茶に?」
「お話がしたいからです。貴女、先程の白金騎士の試験に出られてましたよね?」
「! よく、ご存じで……どうして?」
「城の窓からそちらを眺めていたら、他の方たちと違って非常に退屈そうにしてましたよね? 目立っていたので、覚えていました」
それを指摘されてエミリアは申し訳なさそうに頬を指で掻く。
「これは、みっともない所を見られてしまいましたね」
「否定はしないのですね」
「ええ。事実ですから」
「面白い方ですね。では、白金騎士の試験を真剣に受けなかった罰として、私とお茶をしていただけますか?」
軽い口調でロゼは言う。
王女と言うのに、堅苦しい雰囲気など一切ない。話していても年相応の可愛らしい女の子という印象しか受けない。
知らず知らずの内に、ロゼのペースに巻き込まれたエミリアは可笑しくて笑みを零す。
「喜んでお受けいたします、ロゼ王女様」
「ふふ、では私の部屋へ行きましょうエミリア。良い紅茶の葉があるので、きっと貴女にも気に入ってもらえると思うわ」
♦
ロゼに招かれて部屋を訪れるエミリア。
部屋の中には見た事もない織物の絨毯が部屋に敷かれ、上等な椅子とテーブルが中央に設置されている。壁際には煌びやかな衣装が衣装棚にズラリと整頓される。部屋の隅には天蓋付きのベッドが置かれ、横のガラス棚には宝石が散りばめた箱が幾つも置かれていた。
正に豪華絢爛。この部屋一つで、どれだけの金額が発生するのか、とエミリアは目を丸くした。
「エミリア、そこのテーブルに座ってて。今、お茶を用意するから」
「いえ、王女様の手を煩わせるわけには……」
「貴女は私が招いたお客様。お客がお茶を用意することはないでしょ? 待ってて、直ぐに美味しい紅茶を用意するわ」
嬉しそうにロゼは隣の部屋へと足を運ぶ。
あまり気が進まないものの、エミリアは言われた通りテーブルの椅子へ腰かける。
(……何か、とんでもない事になってしまったわね)
ロゼがお茶を用意している間に頭の中を整理するエミリア。
アムを捜しに来たはずなのに、何時の間にか一国の王女とお茶をする羽目に。
とはいえ、あの時王女の誘いを断るわけにもいかなかっただろう。
試験の方はもしかしたら既に始まっているかもしれない。だが、あの時白髭の騎士が「試験を合格した者が残った」という言葉を信じるならば、アムは落ちたという事になる。
それならば、自分が残っていても意味はない。元より試験を落ちる為に受けていたのだからと言い聞かせる。
「お待たせエミリア」
二人分のカップと、紅茶を入れたティーポットを乗せた四角い盆を持ってロゼが再び現れる。
テーブルの上に置き、慣れた手つきでカップをエミリアの前に置き、ポットの中の紅茶をゆっくりと注いでいく。
カップに注がれた紅茶からは湯気が上り、芳しい香りが漂う。
「どうぞ、召し上がってエミリア」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
注いでもらった紅茶のカップを手に取り、それをエミリアは口に運ぶ。
仄かに甘い味わいに、すっきりとした後味。今まで飲んだことのある紅茶とはまるで違う美味しさに、思わず舌を巻く。
「美味しいですね。今まで飲んだ中で一番美味しいです」
「本当? 一番のお気に入りだから、そう言ってくれて嬉しいわ」
ロゼも対面に腰かけ、自分のカップに紅茶をいれてそれを飲む。
お互いその至福の時間を味わうように言葉を止めて紅茶を味わった。
カップの中の紅茶を飲み干した後、エミリアはロゼと向き合う。
「それで、私のような者にお話しとは何でしょうか?」
「そんなに畏まらなくても大丈夫よエミリア。ただの世間話みたいなものと考えてもらって結構だから」
「そう言って頂けると、助かります。それで、どういうお話で?」
「白金騎士の試験、受けてみてどうだった?」
僅かにエミリアの眉が動く。
先程の事を思い返したのか、エミリアの表情が固くなる。
「……それは、正直に言わせていただいても?」
「勿論。ここでは気を使う必要はないと思ってくれていいわ」
「あれを試験と呼ぶ事自体、参加者に失礼な事だと思ってます」
「本当に正直に言うのね、エミリアは」
「私はともかく、仲間はこの試験に本気で臨んでいました。ですが、本当に次の白金騎士を見つけるに必要な試験かと言われれば、疑問が付きます。あれが本当に白金騎士になるに相応しい試験なのでしょうか?」
伏し目がちに自分の思っていた事を吐き出すエミリア。それに対し、ロゼは怒るどころか、ニコニコと笑顔を見せた。
「ここだけの話、あの試験は白金騎士になるのに関係ないの」
「……は?」
「あれはバージニアの騎士になる為の試験をそのまま流用しているだけ。だから、白金騎士になるのには必要ないの。だから、エミリアの言った事は正解よ」
空になった自分のカップに再び紅茶を注ぐロゼ。
「では、何故あのような無駄な事をしているのですか?」
「無駄ではないのよ? 選り好みはあるにしろ、優秀な人材に関しては声をかけてるみたいだし。人材を集めたら後はおまかせするしかないのよ」
「どういう意味でしょうか?」
エミリアの問いに対し、ロゼは笑みを返すだけで答えなかった。
入れた紅茶にロゼは一口つけてカップを置いた。
「エミリア、貴女は白金騎士に選ばれたらどうするの?」
「私が? 白金騎士に? あり得ませんよ、ロゼ王女」
「どうして?」
「簡単です。私は王女と話を終えたら帰るからです。試験を放棄し、直ぐに帰る人物がなれるわけがありませんよ」
失礼します、と一言告げて今度はエミリアが自分のカップに紅茶をいれる。
事実、エミリアはこれを終えたら帰る予定だ。アムの姿は確認してないにしても、きっと既にこの城からは出て行っているだろう。
後はこの美味しい紅茶を堪能し、何時も通り冒険者としての生活を送るだけ。本人がそう考えているというのに。
「あら、そう。けど―――白金騎士になるのは間違いなく貴女だと思うわ、エミリア」
ロゼはそう考えていなかった。
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