~幕間~ 白金騎士4

「その根拠は?」

「勘よ」


 自信満々に言い放つロゼに、ガクンと椅子から転けそうになるエミリア。納得するような理由や、その考えに至る経緯を披露してくれるのかと思っていた為、毒気がぬかれてしまう。これにはエミリアも苦笑いをする。



「よりによって、勘ですか?」

「ええ。強いて言うなら、貴女が白金騎士になってくれたら、という願望もあるわ」



 ロゼは微笑む。心の底から純粋にそれを願っている事がその顔から見て取れる。

 その瞳はまるで曇りの無い水のように澄んでいた。



「エミリアのような優しい人が白金騎士になってくれれば私は嬉しいわ」

「私が優しい人間?」

「ええ。だって、白金騎士になる気もないのに参加したという事は、きっと連れのお誘いに乗ってあげたのでしょ? そして、私の芝居にも付き合ってくれた。エミリアはとても良い人だと思ってるわ」

「それぐらいで人を信じてはいけませんよ、ロゼ王女。もしかしたらあなたを騙しかどわかす者かもしれませんよ」

「ほら、わざわざ忠告してくれる所も優しい」



 ロゼの指摘に、エミリアはむっ、と黙り込む。



「話は戻るけど、エミリアは白金騎士に選ばれたらどうするの?」

「そうですね……」



 真っ先に思い浮かんだのは、白金騎士の辞退だった。

 まず、自分がこの国に対して忠誠を誓い、そのために心血を注ぐという考えが思い浮かばない。ならば、自分以外の相応しい者にその席を譲るのが道理であろう。

 数分前のエミリアならば迷わずその選択を選んでいただろう。

 だが、今は違った。



「私は、国に忠誠を誓いそのために血を流すという考えはありません。それはいくら金払いが良くても変わる事は無いでしょう」

「そう、じゃあ……」

「ですが、もしも忠誠を誓うのが国ではなく、一人の女性で良いと言うのであれば、私は白金騎士になってみても良いと考えています」

「それって――」



 この僅かな時間の中で、エミリアはロゼに対してそれだけの好意を抱いた。

 王女とは思えぬ和気藹々とした雰囲気に、彼女が言葉を語る度にその興味は尽きない。

 この女性がそれほど自分を必要と思うのであれば、それに応えてあげたくなった。

 純粋無垢で何色にも染まらぬその花を、守りたいと思うほどに。

 エミリアが白金騎士になると決まったわけでも無いのに、ロゼは心底ご満悦な表情を浮かべ、紅茶を口に運ぶ。


 そんな最中、廊下の方から足音が部屋に近づいてくる。それが一際大きくなると、部屋の入り口が開かれ、身なりを整えた白い短髪の男が入ってくる。

 切れ長の眉に、吊り上がった目つきが鋭い。真っすぐ通った鼻筋も相まって、男の顔の良さを際立てる。

 やや細身で高身長を備え、王国騎士の服装を纏って意匠を凝らした鞘に収まった剣を腰に備えていた。

 部屋に入ってくるなり、男は胸に手を添えロゼに対してだけ頭を下げた。



「姫様、お客様がお見えです。応接室の方へいらしてください」



 抑揚の無い冷たい声が男の口から告げられる。



「あら? 誰かしら? もう少し待って、この方とのお話が終わるまで」

「この方……?」



 そこで初めて男はエミリアの方を見た。

 男の表情は元より鋭いものであったが、エミリアの方を見るとその表情の険しさが更に増す。明らかに好意ではない別のものが向けられているのが、エミリアにも分かった。



「姫様、この女は誰ですか?」



 吐き捨てるような言い方をされ、流石のエミリアも苛立ちを見せる。



「ロゼ王女。この失礼な男は誰ですか?」



 同じようにエミリアも言い返す。

 言われて不快だったのか、エミリアの方をジロリと睨みつける男。だが、それに臆するエミリアではなく、同じように睨み返す。バチバチと両者の間では火花が散る。



「まず、彼女はエミリア。今日行われていた白金騎士の試験を受けていた方で、私が興味があってこうしてお茶をしているのよ」

「この女が白金騎士の試験を?」



 何処か棘のあるような言い方で、明らかに不満を見せていた。



「その言い方からして、何かご不満なのかしら?」

「まぁまぁ、落ち着いてエミリア。この男性は『アシュフォード・レグナム』で、私はアッシュって呼んでいるわ」

「姫様から紹介に与った、アシュフォード・レグナムだ」



 エミリアに対してあれだけ嫌な感情をぶつけていたというのに、男はエミリアに対して胸に手を添え、軽い会釈をする。王国騎士としての最低限の節度を見せた。



「アッシュは、白金騎士の一人なの」



 それを聞いたエミリアは「はぁ!?」と、驚きの声と共にアシュフォードの姿をまじまじと見る。



「女、貴様の考えている事を当ててやろうか?「こんな失礼極まりない男が、何故白金騎士なのか?」だろう」

「その通りよ。白金騎士って言うからにはもっと人の見本となるべき人格者であるべきじゃないのかしら?」

「アッシュはちょっと固い所が偶に傷だけれど、とても良い人なのよ?」

「ロゼ王女……私を騙そうとしてませんか?」

「女、姫様に向かって失礼だぞ」

「良いのよ、アッシュ。エミリアは白金騎士になるのだから」

「姫様、私を騙そうとしておられます?」

「さっきの貴方の言葉をソックリそのまま返すわ」



 エミリアとアシュフォードは再び睨み合う。そんな対立する二人を見て、ロゼはクスクスと笑う。



「今日はありがとう、エミリア。とても有意義な時間を過ごせたわ」

「いえ、私の方こそ誘って頂きありがとうございます。貴重な体験をさせていただきました」

「……エミリア。もし、良ければまた誘ってもいいかしら?」

「お誘い頂けるのは身に余る光栄ではありますが、私のような者がおいそれと会うのはやめた方がいいでしょう……ロゼ王女にいらぬ波風を立てたくはありません」



 エミリア自身は低級冒険者であり、本来王族に会う資格など無い。

 今回は言うなれば事故のようなもので、奇跡的にこうしてお茶をする事ができた。

 これが何度も、となると周囲の者が黙ってはいないだろう。

 火のない所に煙は立たぬ。

 身分の低い者と何度も会うロゼを周囲は怪しみ、それによって根も葉もない噂が立つことをエミリアは恐れていた。

 その言葉の意味はロゼにも伝わったのか、その表情が曇る。



「分かりました……でしたら、私のお友達になっては頂けませんか?」

「おともだち、ですか?」

「ダメでしょうか?」

「いえ、全く問題はありません。ですが、何故私と?」

「実を言うと、私には友達がいないのです。昔、友達が一人居たのですが、その人とは会っていなくて。友達でいれば、離れていてもきっとまた会える気がして」

「……分かりました。私で良ければ是非」

「! ありがとう、エミリア!」



 再び明るい笑顔がロゼに戻る。

 それを見たエミリアは、やはりこの女性にはこのような屈託のない笑顔が似合うと、改めてエミリアは認識した。

 椅子から立ち上がり、ロゼは部屋を後にしようとした時。



「アッシュ。エミリアのお見送りをお願い致します。失礼のないように」

「私が、ですか?」

「他に誰がいるのですか? 私は一人で十分なので、よろしくお願いしますよ? アッシュ」



 姫様! と悲痛な叫びともとれる声をアシュフォードは上げるが、聞き入れてもらえずロゼは部屋から出て行く。

 ロゼという緩衝材が無くなった今、二人の間には気まずい空気が流れる。

 エミリアも、長居は無用と言わんばかりに椅子から立ち上がり部屋から出て行こうとする。



「待て、女」

「何よ? 一人で帰るからお見送りなんて結構よ」

「お前は出口までの経路を知っているのか?」



 アシュフォードの問いに、エミリアは即答出来なかった。

 ここまで来たのはロゼの後ろを追随してきただけ。城の中は思っている以上に広く、直ぐに出口まで行けるとはエミリアも流石に思っていない。



「廊下を歩いていたら、何時かは出口に辿り着くでしょ」

「やはりか。その辺をウロチョロされてもかなわん、先導するからついてこい」

「命令する気?」

「自分の立場を弁えろ。お前のような部外者が一人でうろついて良い場所ではない」



 アシュフォードは気に食わない男ではあるが、言っている事には一理あった。また、彼もロゼに頼まれている以上、勝手な行動は出来なかった。

 お互い「仕方がない」の精神で渋々部屋を出た。

 アシュフォードの後ろに続いてエミリアは歩く。その距離は幾らか離れていた。

 単純にアシュフォードが嫌いという部分もあるが、それ以上にアシュフォードという男を警戒していた。



(……隙が無いわね)



 歩行の際にも体の芯がブレる事が無く、常に警戒を怠らない。直接手を合わせずとも、それなりの力量を感じ取れるだけの強さを持っている事が分かる。

 ゆっくりと後ろをついて歩いていると、前を歩いていたアシュフォードの足が急に止まり、振り返る。



「女、お前は俺に喧嘩を売っているのか? さっきから目障りな気配を俺に飛ばしているが」



 彼のが出ていた。

 ロゼの前では幾分か気持ちを抑えて話していたが、ここでそんな遠慮はいらない。素の状態のアシュフォードは、部屋に居るときとは比較にならない程感情を露わにし、言葉に嫌悪感が詰まっていた。



「へぇ、流石は白金騎士。こんな些細な気配でも感じ取れるのね」

「下らん事はやめておけ。何時俺の気が変わるか分からんぞ」



 アシュフォードは腰に帯刀している剣に手を掛ける。

 彼の言っている事は本気であった。

 この城の中に置いて、エミリアとアシュフォードでは立場が違いすぎる。その気になれば、アシュフォードはエミリアに襲い掛かられた、などという虚偽の報告を作るだけで、その正当性を作り出すことも可能であった。



「はいはい、分かりました。でも……なんか幻滅しちゃったなぁ。白金騎士ってもっとカッコよくて民衆に誇れるような頂点に君臨する騎士って思ってたから」

「どいつもこいつも、白金騎士という物に夢を見すぎるきらいがある。そんなに聖人がお望みならば、神か精霊でも敬っていろ」



 踵を返し、再びアシュフォードは歩き始めた。

 確認するまでもなく、お互いが「嫌い」というのを理解していた。そのため、歩いている時も、言葉を交わすことが無かった。

 何事もなく、そのまま出口まで案内されて終わる事を切に願うエミリアであったが。



「……確か、白金騎士の試験を受けていたらしいな? 女」



 それは叶わなかった。

 背中越しにアシュフォードがエミリアに対し、話題を振ってきた。



「そうだけど、それが何か?」

「何故受けた」

「……仲間に頼まれてついでに受けただけよ」

「姫様の部屋に何故いた」

「仲間がいなくなって、捜してたら偶然出会った。それだけのことよ」

「あくまでも偶然だというのだな?」

「偶然以外に何があるのよ。ロゼ王女を待ち伏せしてたとでも? ケチつけたいのは分かるけどね、そんなの無理でしょ」



 それに対し、アシュフォードは反論することはなく、しばらく無言。何か考え込んだ後、小さく舌打ちをした。



「……白金騎士の試験が、何故あのような公募形式で募っていたか分かるか? 下らん甘言で、何処の馬の骨とも分からん奴らを集める。そんな奴らを白金騎士にするというのはそれ相応のリスクが伴うというのに、何故募るのか」

「知るわけないでしょ」

「そこに「大いなる意志」が存在するからだ」

「大いなる意思……って、また大層な。大袈裟すぎるわ」

「事実だ。でなければ、素性も分からぬような奴らを集めてどうやって選別する?」

「さぁね。ふるいにでもかけたら?」



 まともに話を取り合おうとしないエミリアは、その場しのぎの返答を繰り返す。



「そうだ。そして、そのふるいの目は大きく、この半年間かかるものはいなかった。しかし、どうやらここにきてそれにかかった者がいるようだ」

「へぇ、それはよかったわね」

「何を他人事のように受け取っている。それは貴様の事だ、女」

「……どういう意味?」

「貴様は『偶然』仲間に誘われ試験を受け、この城で『偶然』にも姫様と出会い、そしてそこに『偶然』白金騎士である俺が姫様を迎えに来た。偶然も、これだけ重なればそれは必然と言っても過言ではない。癪だが、どうやらお前はに合格したのかもしれんな」

「ふざけないで!」



 怒声が廊下に響き渡った。

 アシュフォードが再びエミリアの方を振り向くと、ギリギリと歯軋りをしながら激高していた。



「貴方の都合の良い解釈を押し付けないでもらえないかしら!」

「お前が何と言おうと、これは決まった事……運命とでも言うべきか」

「何が『運命』よ、何が『大いなる意志』よ! 貴方の言っている事は全て憶測、妄想の垂れ流しよ」

「哀れだな、女」



 冷たく言い放つアシュフォード。

 それに対して「何っ!」とエミリアが吠える。今にも噛みつきそうな勢いであった。



「俺というが居るというのに、妄想や憶測と言うところがだ。諦めて運命を受け入れろ」

「ハッ! そこまで言うのなら、その運命や大いなる意志とやらで、私を白金騎士にしてみなさいよ! どうせできっこな……ぃいっ!?」



 突然、エミリアの足元が崩れる。

 ガラガラと音を立て、抵抗する間もなくエミリアは階下へと落ちていく。

 落下している最中、エミリアは自分が落ちた穴から覗き込むアシュフォードの顔が見えた。その面は、何とも言い難い憎たらしい顔であった。

 生きていたのならば、必ずあの顔を一発ぶん殴ってやろうと心に決めてエミリアは重力に導かれるままに落ちた。



 後に彼女は語る。全ては偶然であった、と。

 仲間に誘われたのも、ロゼに会ったのも、生意気な白金騎士に会った事も、全ては偶然の産物に過ぎない。そこに、運命も意志も関係ない。

 ――だから、自分が落下した先が白金騎士の鎧を収納している宝物庫であったのも全ては偶然である。



 ――――そう、自分の運が悪かっただけなのだと。





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