第17話 バージニアの王女編 17

「白金騎士と一戦を交える? 本気なのですか?」

「はい。私はそれに、全てを賭すつもりです」

「理由……理由を教えてください。何故白金騎士と?」

「単純に私の我儘です。時間もありません、そろそろ行きましょうロゼ様」



 立ち上がり、ロゼを連れて行こうとする褐色の女性。



「待ってください。最期に一つだけ、私と約束してください」

「何でしょうか?」

「絶対に死なないで」



 褐色の女性は一瞬驚いた表情を見せた後、柔らかい笑みを零す。

 このような状況下でありながら、自身の身の心配よりも、敵である自分の身を案じるその優しい心。それは彼女に、遠き日の事を思い出せる。

 無意識に褐色の女性は心臓の位置に右手を持っていくと、十字に指を切る。



「ロゼ様、行きましょう。あまり遅くなって疑われても厄介ですからね」



 褐色の女性に促され、ロゼは歩き出す。

 先程の女性がとった行動の真意を、ロゼは知っていた。

 その意味は、自分にとって大切な相手に対して無事を祈る。もしくは、それを用いて約束を交わせば、それは必ず約束を果たすという意思を表明する。



(今のは……イグダスに住む『カナン』の民族が行う「不破の誓いルベリエ」だった。ひょっとして、この女性は……)







 ♦♦♦





 石碑から現れた地下に通ずる階段。それを降りた先には、白い石壁で造られた通路であった。

 天地左右が石壁で、均一な幅と高さで形成される四角い通路。だが、そこには確かな技術が施されており、壁には亀裂や劣化はまるで見られない。

 また、壁自体に何らかの仕掛けが施されているらしく、青白い光を自ら放つ。そのため、松明を持たずとも十分な明るさが保たれていた。



「それじゃあ、迷子にならないよう私が前を歩くわね。はぐれないように」



 エミリアはそう言って、三人の前を歩く。

 道はしばらく一本道で、時折T字の分かれ道が現れる程度の難易度。これで迷子になるとは到底三人は思えなかった。

 だが、そんな繰り返しを十分以上繰り返せば考えを改めざるを得なかった。加えて、何時まで立っても変わり映えしない通路は、本当に進んでいるのかどうか分からない錯覚を起こす。

 グルグルと同じ場所を巡る行為は、さながら迷宮ダンジョンであった。



「あのぉ、レーゼさん。これ、まだ続きます?」



 同じことの繰り返しで、目が回りそうなウェインが堪らず問いかけた。



「ええ。まだ中間も行ってないから暫く続くわよ」

「……あとどれぐらいで着きそうですか?」

「そうね……相手が居ると思うのは、しばらく地下で身を隠すことができる避難所だとおもうから、あと二十分程度だと思うわ」

「に、二十! そんなに?」

「ここは侵入者防止も兼ねてるから、こんな道になってるのよ。言っておくけど、私だってウンザリしてるんだから」

「道は合ってるんですか?」

「あら? 不満があるのなら、私を無視して進んでくれても構わないわよ?」



 そこを突かれると、ぐうの音も出ないウェイン。

 エミリア以外にこの地下の構造を知っている者はいない。仕方ないので、ウェインは不満を胸に仕舞ってついていくことにする。

 ひたすら四人は歩き続けた。

 四人の中で会話は無く、気まずい空気が流れていた。



「ねぇ、何か話さない?」



 その沈黙に耐え切れず、声を上げたのはエミリアだった。

 彼女は一度足を止め、振り返って後ろの三人に提案する。三人はというと、エミリアの提案に戸惑っていた。



「とはいえ、話すことなど何もない……俺はそういう馴れ合いの会話が苦手だ」



 仏頂面で返事をするゲオルグ。



「まだ先は長いのに、この調子でずっと歩いていく気?」

「それで良いんじゃないか? 別に話をしなきゃ死ぬってわけでもないだろ」

「それじゃあ私が会話の内容を決めるわ。内容は『好きな異性の話』で。どうぞ」



 ゲオルグの意見を無視してエミリアは勝手に話題を投下すると、再び歩き始める。その後ろを歩く三人はお互いに顔を見合わせた。



「小僧、任せた」

「おい、眼帯のオッサン。毎回自分に不利益な事が降りかかると俺に擦りつけるな」

「まぁ、待て弟子。今回に関しては私もお前の味方だ」

「師匠……!」

「お前に好きな女の話などさせると、下らんのろけ話を聞かされる羽目になるからな。それだけは避けたい」

「あー、そっちの心配ですか。だったら師匠が話せばいいんじゃないですかね?」

「お前達の耳を潰してからで良いのなら話してやろう」

「……眼帯のオッサンは好きな女性いないのかよ」

「えー? 何々? ゲオ、好きな女性いるの? 私も聞きたいわね」



 エミリアがわざとらしく声を上げて、ウェインを援護する。ウェイン一人だけなら、ゲオルグも軽くあしらえただろう。だが、エミリアにこうも言われると、ゲオルグは会話から逃げにくくなってしまった。



「……さぁな」

「なんだよ、それ。卑怯だぜオッサン」

「肯定も否定もしない。それはつまり、気になってる女性はいるって判断してもいいのかしら? ゲオ」

「お前の想像に任せるさ」



 どっちつかずの答えに釈然としないウェイン。

 中途半端な形で好きな異性の話を終える。それでもなお、目的地までの道のりはまだ遠い。



「やっぱり会話してた方が気が紛れていいわね。何か、会話することない? 相談とか質問でも良いのよ」

「じゃあ、質問しても良いですか?」

「お? 少年君は誰かに質問したい事あるの?」

「ええ。気になっていたので良ければ」

「じゃあ、少年君は誰に質問するのかな?」

「レーゼさんに。どうして、白金騎士になったのですか?」



 明るい調子で会話を続けていたエミリアの声が止まる。

 うーん、と何処か歯切れの悪い物言いが聞こえる。



「そうね……まぁ、キッカケは私の親友なのよね」

「親友ですか?」

「ええ。以前ゲオが言ったように、白金騎士は定員が決まってて、欠員が出ない限りなれない。それに、白金騎士になるにはって言うのが難点よね」

「誰でもいい? それってつまり、バージニア王国の騎士でなくても良いってことですか?」

「そうよ。ちなみに私も白金騎士になるまでバージニア王国の騎士では無かったわ。白金騎士になるには幾つかの試験をくぐり抜けて、認められたらなれるわ。欠員が出たことで募集が入り、友人の付き添いで試験を受けたのが始まりね」

「じゃあ、レーゼさんは試験に合格したんですね」

「ううん、落ちたわよ」



 思ってもみなかった返事に、え? とウェインが困惑の声を上げる。



「じゃあ、レーゼさんは何で白金騎士になれたんですか?」

「まぁ、そこは大人の事情って奴」

「えー? 理由を教えてくださいよ」



 エミリアは、そうね……、と付け加えると。



「強いて言うなら、、あの時の私は」



 意味深な言葉を残し、それ以上エミリアは白金騎士の事に関して喋る事は無かった。

 会話の効果もあってか、彼等はほどなく目的の場所へと辿り着く。

 四人の目の前に、荘厳な意匠を施した両開きの大きな扉が現れる。



「お待たせ。とりあえず、この扉の先を抜けたら直線の通路が待ってる。そこを抜ければ目的地の場所につくわね」

「ようやくかぁー、長かった」



 膝に手を置き、はぁー、と長い溜息を吐くウェイン。この通路が終わるというだけでも、ウェインにとってはかなり朗報であった。



「それじゃあ、ゲオ。この扉を押してもらえるかしら? 見た目以上に重いから気を付けてよ」

「いいだろう」



 ゲオルグがエミリアの前に出て、扉に手を掛けた時。



「あー、待て。先に言っておくことがある」



 エルーニャが制止させる。扉にかけていた手を離したゲオルグを含む三人が、エルーニャの方を見た。



「言っておくが、私は戦いに参加する気は無いぞ」

「師匠、それどういう意味?」

「簡単な話だ。この扉の向こうで待っている奴らと戦う気はないという意味だ」

「まるでこの向こうがわに敵がいるような口ぶりだな。アンタには分かるのか?」

「当然だ。性根の曲がった奴がいるのだろう、扉の向こうからヒシヒシと気配が伝わってくる」



 他の三人にはただの扉にしか感じない。しかし、エルーニャには分かっていた。

 扉の向こうから駄々洩れてくる、悪意というものを。



「エミリア、確認だがこの扉の向こうには何がある? 人が隠れられる場所は?」

「無いわ。扉の向こうは真っすぐな通路だけよ。ただ、ここと違ってかなり広いわ」

「なるほど……とりあえず用心に越したことはないか」

「まぁ、今は大丈夫だよ。とりあえず、俺達に危害が加わる事はないよ」

「小僧、何故そう言い切れる?」

「え? ……勘、かな」



 目が泳ぐウェイン。

 能力に関しては一切の他言を禁止されているので、そう言うしか他ない。ゲオルグは疑いの眼差しを向けた後、ふん、と鼻を鳴らして扉に集中する。

 ゲオルグが力を加えると、扉はギギ、と錆びついたような酷い音を立ててゆっくりと開いていく。

 扉の先にあったのは、エミリアの言った通り通路だった。

 長い直線の通路。だが、今まで通ってきた通路と違い、天井は見上げる程高く、横幅も剣を振っても尚余裕があるだけの広さを有している。

 エミリア達が入ってきた入口から長い高級な赤い絨毯が奥にまで続いており、その先の扉にまで通じている。

 そして、その扉の前には探し求めていた賞品ロゼと共に、避けて通れぬ三人の相手が立ち塞がっていた。

















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