第13話 バージニアの王女編 13

 ロイの口から飛び出してきた言葉は、ウェイン達にとって思いもよらない物だった。



「ろ……ロゼ王女の誘拐だって!」



 部屋全体が震えそうな程大きな声量で叫ぶウェイン。だが、他の三人は驚くどころか、至って冷静であった。



「何だ小僧? それを知っててこの男を尋ねたのじゃないのか?」

「いや、俺はその……」



 まさか、ゲオルグが受けていた依頼が何か知りたかっただけ、というあまりにも失礼な理由だとは今更言えなかった。



「というか、何で師匠は全然驚いてないんだよ?」



 ウェインと同じく、初耳の筈のエルーニャなのだが、驚いている様子は無かった。



「いや、中々面白い事態になってきたなと感心していた所だ」

「これが面白いって言ってる場合かよ! 国の一大事だろ!」

「くだらんおしゃべりはそこまでにしろ小僧。ここに遊びに来たわけじゃない。ロイ・ハワード、さっさと本題に入れ」



 弛緩していた部屋の空気がゲオルグの一言で引き締まる。



「分かったよ。確認も兼ねて順を追って話していこうか。内容を知らない人間もいるんだからさ」



 ロイの言葉が誰の事を指しているのか、明らかであった。ただ、この件に首を突っ込む以上、何も知らないでは済まされない。ロイのウェイン達に対しての温情であった。



「まず、ロゼ王女が誘拐されたのは五日前。数人の護衛と共にお忍びで出かけて帰ってきた時、待ち構えていた『薄汚れたローブを着た三人組』に襲われる。護衛はその三人組に為す術なくやられ、生き残った護衛の話によれば、三人組に王女は連れ去られた……ゲオルグさんと、女騎士さん。ここまでは合ってるかい?」

「ああ、問題ない。それで、俺はギルド七星のフォックスを経由してルリアン王からの依頼で捜していた」

「ゲオに同じく。そもそも事件が事件なだけに、知っている人間は少数。数を増やして事件が漏れれば大変な事になる。だから探すのに手を焼いてる」

「だろうね。こっちも独自に捜してはいるけど、未だに王女は見つかってないよ」



 その回答に、エミリアは天を仰ぎ、ゲオルグは舌打ちをする。

 期待は無残にも打ち砕かれる結果となり、落胆の色が隠せなかった。



「なぁ、ロイ。ロゼ王女は無事なのか?」



 ウェインがおそるおそる質問をする。

 想像しうる最悪のパターンで、最も懸念されるべき問題であろう。



「無事だと思うよ。でないと、王女を連れ去った意味が分からないし。王女を殺すことが目的なら、その場で殺害すれば良いだけだからね」

「あ、なるほど」

「おいらからすれば、犯人の目的が分からないのが問題だねぇ。その辺どうなの? 女騎士さん」

「残念だけど、私も同じよ。誘拐となれば、大方金銭目的。なのに、向こうからの要求は一切ない。連絡があれば、そこから何らかの手がかりがつかめそうなものだけれど」



 お手上げ、と言わんばかりにエミリアは肩を竦めた。

 そんな中、ゲオルグが踵を返して部屋の入口の方へ歩いていく。



「ゲオ、どうしたの?」

「もう話は終わっただろう。王女に関して情報がない、と言うのであれば単なる無駄足だったわけだ。あまり時間も無い以上、ここで下らん会話をしている暇はない」

「せっかちね、ゲオは。そうとは限らないんじゃない?」

「何? どういう事だ」

「まだ話の途中って事よ。そうでしょ? ロイ・ハワード」



 問いかけるようにロイへ視線を向けるエミリア。



「確かに、王女に関しての情報は無い。けど、犯人らしき人物に当てが見つかった」



 その報告に、僅かに色めき立つ四人。ゲオルグも、元居た場所にまで戻ってくる。

 ロイは自身の机の引き出しから、一枚の羊皮紙を取り出し、それを四人に対して見せるようにして机の上に出す。

 その羊皮紙に描かれていたのは、男性の人相書きであった。

 短い髪に角ばった顔と、黒い顎髭を生やした男。如何にも悪人と言った顔つきの悪い男だった。


 羊皮紙に描かれた男の名前は「ボルボ」と言い、元冒険者であった。

 冒険者ランクは『Ⅱ』で、冒険者としては低いランクだが、それには理由があった。

 このボルボは確かな腕と実力を兼ね備え、それだけを見るならランクは『Ⅴ』相当に匹敵する実力である。

 だが、とんでもなく酒癖と女癖が悪く、不祥事を起こしたのは二度や三度では効かない。それゆえ、ランクの昇級は許されず、何時までもランクが上がらない事に腹を立て、その鬱憤を晴らすために、再び酒と女に手を出すという悪循環。

 それを積み重ねた結果、ボルボは冒険者資格を剥奪された。

 言うなれば、札付きの悪者として有名であった。

 ボルボが描かれた羊皮紙をゲオルグは手にとり、顎に指を当てまじまじと眺める。



「それで、この男が犯人なのか?」

「あれ? コイツの事はゲオルグさん知ってるよね?」

「知らんな。誰だコイツは」

「あらら、これは災難だね。まぁ、いいか。このボルボは冒険者を辞めてからも酒に溺れる日々が続いて、一日中酒場に入り浸り。ただ、当然金が無いのでツケにしてもらっていたらしい。それで、ここからがうちの隊員の話だ。このボルボは王女が誘拐される数日前の時には「近いうちに大金が入る」と周囲に漏らしていたらしい。それは何時もの戯言だと思っていたが、実際溜めていた酒のツケを支払ったところを見て、それがあまりにも印象深くて覚えていた」

「なるほど、それはあまりにもきな臭いな。コイツと連絡はつくのか?」

「それが、王女誘拐した次の日から行方をくらまして消息不明……だったんだけど、昨日、バージニアでコイツの姿を見たという目撃情報があった」

「本当か?」

「目撃したのがうちの隊員だったから、そのまま後ろを尾行したんだけど……何故か巻かれちゃったらしい。この近くに居るというのは間違いなさそうだよ」

「それでも十分な手がかりだ。どのあたりで見失ったんだ?」



 再び机の引き出しに手をかけ、ロイは大きな羊皮紙を机に広げる。

 出てきたのは王国の街を全て記載した地図だった。

 ロイは地図の東側にある酒場を指さした後、そのまま道なりに東側の出口まで指でなぞる。



「この酒場から、東側の出口までのルートを通った後、近くの雑木林まで向かったところまでは確認しているよ。そこからは分からない」

「あんな場所に隠れられそうな家や、建物は見当たらない。その先となるとかなり広範囲になるな……手当たり次第捜すしか――」

「それなら心配いらないわ。隠れた場所の見当がついたわ」



 エミリアが言う。言葉には一切の迷いが無く、表情を見れば自信の程が見て取れる。



「本当かエミリア?」

「ええ。ただ、自分の憶測が正直合ってて欲しくない気持ちもあるわね」

「どういう意味だ?」

「こっちの話よ。どうする? 直ぐに向かうの?」

「ああ……と、言いたいところだが、青の風に一つ聞いておかなければならないことがある」

「何だい? 言っておくけど、情報料金はいただくよ?」

「ある噂を耳にした。それが本当かどうか、確認がしたい」

「内容は?」

「今回の王女の誕生祭、イグダスのランフォード王が客としてこちらに向かっているという情報は本当か?」



 ゲオルグの質問に対してロイは。



「そうだよ。それについては間違いない情報だ」




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