第14話 バージニアの王女編 14
「ちょっと、ゲオ! それ本当なの?」
「ああ。にわかに信じがたい話だったが、まさか本当だったとはな」
「参ったわ。最悪の展開ね……」
エミリアは唇に指をあてがい、さえない表情。
二人の気配から事態が更に悪化している事がウェインにも感じとれる。だが、ウェインには分からない事があった。
「なぁ、師匠。レーゼさん達は何であんな困ってるんだ? 別にランフォード王が来るってだけだろ?」
「その様子だと、まるで分かっていないようだな。仕方ない、こういう事を教えてやるのも師の務めか」
「師匠は分かってるのかよ?」
「無論だ。いいか? 幾ら一国の王女の誕生日パーティーとはいえ、他国からすればたかがが付く催し物だ。そんなものに、大挙してやってくる奴はいない。大体相場というものがあってな、分かりやすく言えば『これぐらいの地位にいる配下の者を向かわせれば、面子を保てる』という奴が代表として来るのが基本だ」
「そんなものなの?」
「こういう付き合いというのは、面倒臭いぞ。どいつもこいつも腹の中では何を考えているのか分からんからな。腹の探り合いだな」
「でも、今回ランフォード王が来るとなると、それってすごい事じゃないか! それだけ重要視されてるって事なんだろ?」
ウェインの言った通り、良い方向に解釈すれば互いの蜜月さを、グラフォート国に対して強調するものとなるだろう。だが。
「そんな風に考えているのは、この部屋の中でお前だけだ」
本当の目的は別である事は明らかだった。
「え? 違うのか?」
「現状を考えろ。今、王女は誘拐されているんだぞ? このまま主役不在のパーティーが開かれて、そこにランフォードがいた場合、奴はどう思う?」
「…………あ」
「気づいたか。ランフォードは自分の顔に泥を塗られたと思うだろう。わざわざ出向いたというのに、こちらの主役は不在。あまりに失礼な対応で、非があるのは明らかにこちら側。ひょっとすると、これも仕組まれたものなのかもしれないがな」
「おいらもエルーニャさんの意見と一緒だね。今朝言っていた時間が無い、というのはこの事なんだよ。ロゼ王女様を何としてでも、パーティーの前に取り返さないと、取り返しのつかない事になりかねない」
「そんな大事な事を俺なんかに託すつもりだったのかよ」
「悪いけど、兄貴についてちょっと調べさせてもらったよ。一度冒険者になって依頼をこなしたそうだね。勿論、その依頼内容も知っているよ……十分な実力だと思う。だから、信頼できる兄貴に頼むことにした」
「あら、随分とロイ・ハワードに信頼されてるのね、少年君は」
「羨ましい?」
「ええ。今日だけは」
「とりあえず、有力な情報を提供してもらった事には感謝する。先程のランフォードの情報と一緒で料金は幾らだ?」
ゲオルグが腰に付けていた皮袋に手を掛け支払う意思を見せると、ロイはそれを手を前に出して制止させる。
「お代はロゼ王女様を必ず助け出してもらう事。払える?」
「……良いだろう。約束してやる」
「そう言ってくれると、こっちも情報を提供したかいがあったよ。ロゼ王女様は今後のバージニアに必要な方だから、必ず助けてほしい」
「あら、バージニアの王国騎士は嫌いなのに、ロゼ王女は別なのね?」
「当然だよ。青の風だけでロゼ王女様を救いたかったというのが本音だしね。けど、ランフォードが来るのなら、一刻の猶予も無い。背に腹は代えられないって奴さ」
「愛されてるわね、ロゼ王女は。とりあえず感謝するわロイ・ハワード。また頼りにさせてもらう時があるかも知れないけど」
軽い口調で「それじゃあね~」と言って、手をひらひらさせて別れを告げてエミリアは部屋から出ていく。ゲオルグ、エルーニャもそれに続いて部屋から立ち去り、部屋に残ったのはウェインとロイの二人だけとなる。
「それじゃあロイ、俺も行くよ」
「待って、兄貴」
踵を返して扉に向かおうとした時に、思いがけない呼び止め。思わずウェインはバランスを崩して前にこけそうになるが踏みとどまる。
「どうしたロイ?」
「兄貴は……大丈夫だよね?」
それは、ロイの職業病からくるものであった。
彼は情報を扱う職業柄、様々な人間の表と裏の顔を見てきた。それゆえ、彼の心の中には疑心暗鬼が絶えず付きまとう。
先程一番信じていると言ったウェインですら例外ではなかった。
ロイの言葉の意味を、ウェインは直ぐに察した。
「心配するなよ、ロイ。大丈夫、俺を信じろ」
「けど……」
「もし、俺が信じられないのなら、俺を指名した自分を信じろ。そんな適当に俺を選んだのか? 違うだろ? 俺しかいないと思って選んだんだろ?」
「……! 参ったな、やっぱり兄貴は凄いや」
ウェインの言葉は不安を払拭し、ロイにとって満足できる回答であった。
久しぶりにロイは、心の底から信じてみようと思える相手と出会ったのだ。
「改めてお願いするよ、兄貴。ロゼ王女を助けて欲しい」
「分かってるよ。それじゃあ、またな。今度は良い知らせを持って帰ってくるよ」
そうしてウェインはロイの部屋から去った。
部屋から出ると、エルーニャを含む三人が立っていた。
「あれ? どうしたの三人一緒で」
「どうしたの、じゃないわよ。少年君を待ってたのよ」
もう、と腰に手を当て拗ねた様子で、不満をぶつけるエミリア。
「いや、てっきり俺を置いてもう向かったのかと思いましたよ」
「さっきロイ・ハワードが言ってたでしょ。少年君と一緒に行動するように、って」
「律儀ですね。欲しい情報は手に入ったのですから、俺と一緒に行動する意味はあまりないのでは?」
「それで得られるのはロイ・ハワードの反感だけよ。ただでさえ嫌われてるのに、そんな勝手な行動したら、今後の情報提供が無くなるのは確実。流石にそれは望んでいないわ」
「と、いうわけだ小僧。お前がこのパーティーのリーダーを務めろ」
「……はぁ? 何でそうなるんだよ」
突然降って湧いた話に、ウェインは異を唱える。
「この人数で動くならまとめ役がいるからだ」
「どちらかというと、オッサンかレーゼさんの方が適任だと思うけど?」
「生憎、俺は集団行動に向いていなくてな」
「私も同じく」
「じゃあ師匠……は、聞かなくても良いか」
「おい、どういう意味だそれは?」
「じゃあやってくれるのか?」
「愚問だな。私がやると思っているのか?」
「うん、知ってた」
面倒な役目を誰一人としてやりたがらない。
どいつもこいつも自己中心的な考えの集まりであることをウェインは改めて認識させられる。結局、消去法で損な役回りを押し付けられる恰好となる。
「分かったよ。どうせ、居ても居なくても同じようなものだから構わないよ」
ウェインは溜息と共に観念して受け入れた。
☆☆
ロイの情報をもとに、ウェイン一行は王国の東側の出入り口を通り、付近に存在する雑木林の中へと進行する。
そこでは見上げる程高い木々に囲まれ、鳥の囀りが時折聞こえる。日中という事もあり、木漏れ日が辺りを照らしてくれる。長閑で安らぎを与えるこの空間は、ここを訪れた者に日々の辛い現実を僅かな間忘れさせてくれるだろう。
この雑木林はモンスターの出現もなく、王国に近い事から森林浴を楽しみに来る者も少なくない。
だが、この日に限っては、そのような者はいなかった。人目をできる限り避けたいウェイン達にとっては幸運と呼べるだろう。
ロイの目撃情報もあった事から、警戒しながら歩くゲオルグとウェイン。ここは既に敵の懐と考えても良いからだ。
しかし、そんな二人とは対照的な人間が居た。
「おい、エミリア。そんな早さで歩いて大丈夫なのか」
出来る限り声量を落として前を歩くエミリアにゲオルグが声をかける。
先陣を切って歩くエミリアは、無人の野を行くが如く進んでいた。
「あれ? もしかして怖気づいたの? ゲオ」
振り返ったエミリアの顔は何処か楽し気であった。
「馬鹿を言うな。目撃情報がある以上、慎重になるべきじゃないのか? 逃げられては事を仕損じるぞ」
「大丈夫、大丈夫。何とかなるわよ」
根拠の無い自信はどこからくるのか。エミリアは意気揚々と奥へと進んでいく。それに不安を感じながらも、エミリアについていく三人。
しばらく奥へ進むと、やがて目的の場所へと辿り着いた。
エミリアが足を止めた場所。そこには一本の巨大な樹木が立っていた。
他の木とは桁違いな大きさと、その風格。雑木林の中では最古参とも言えるだろう。そして、その前には人の背丈ほどの巨大な石碑が置かれていた。石碑には文字が連々と刻まれており、弔いの言葉が記されていた。
「おつかれ。ここが私の言っていたアテよ」
「目の前にある石碑は何だ?」
「バージニアの為に戦い、亡くなった方を鎮める慰霊碑よ」
「なるほど。それで、ここの何処に奴が隠れられる場所や、王女を閉じ込めて置ける場所があるんだ? 俺の見立てではそんなものあるようには見えんぞ」
周囲は木々に囲まれており、石碑と立派な樹木が立っているだけ。こんな場所では当然、生活していくには難しく、隠れる場所もない。
エミリアは石碑の後ろに回ると、しゃがみ込んで真剣な表情で地面を見つめていた。
そして、彼女が危惧していた事は現実となった。
確認を終えると、エミリアは石碑の前に移動し、服の中から鳥の羽根を象った銀のアクセサリーを取りだした。良く見れば、その真ん中には翡翠色の宝石がはめられていた。
「さてさて、お立合い。ここには、バージニアでも地位の高いものにしか与えられない『王の羽根』というものがあります。これを、どうすると思う?」
「勿体ぶるなエミリア。そんなものが何だというんだ」
「何よ、遊び心が無いわねゲオ。そんなカリカリしないの」
「
エルーニャが答えると、正解! とエミリアが指で小さく丸を作る。
「この石碑にある……この部分にこれを」
石碑の下部に小さな穴が空いており、穴に羽根の先端を差し込み、羽をくるりと鍵をまわすように一回転させる。すると、石碑が音を立てて動き出し、地下へ降りる階段が露わになる。
「ほぅ、中々大掛かりな仕掛けじゃないか。これだけの事をするとなると、おそらく非常時用の何かかな? 白金騎士」
「ご明察。これはバージニアで万が一の事態が起こった時の王族が避難できるように作られた非常用の脱出経路よ」
「王族用の脱出経路だと? こんな場所にあの男がいるというのか?」
「奥に進めば一ヵ月程度は持つ食料と、避難できる部屋もあるわ。隠れるには持ってこいの場所だし、さっき石碑を調べたら、最近誰かが動かした形跡があったわ。ここに潜伏している可能性は高いし、ロゼ王女も居る可能性は十分だと思う」
「……あれ? ちょっと待って。さっきレーゼさん、この鍵を持つのは地位の高い人間しか持てないって言ってなかった? 冒険者が持てるよう物なのそれ?」
「まさか。王宮で働く者の中でも側近レベルか、私のような白金騎士以外持つ事は許されないわ」
「じゃあ、それってつまり……」
それが何を意味するのか、明白であった。
先程エミリアが自分の憶測が合っててほしくないというのは、それを意味する。
「内部の犯行。王女を連れ去った奴らの中に、側近レベルの裏切り者が確実に居るってことね」
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