第12話 バージニアの王女編 12


「エミリアが……白金騎士だと?」



 その事実に最も驚嘆を表したのはゲオルグであった。



「そんなに驚く事?」

「当たり前だ。バージニアの白金騎士というのは最高位の騎士の称号。それを与えられるのは僅か三名。その三名の席は全て埋まっている筈だが?」

「一つ空席が出たのよ。それから色々事情があって、私も乗り気じゃなかったんだけど、白金騎士にわけ。それより、座ったら? 何時まで立ってるつもりなの?」



 ぽんぽん、と隣の席に座る事を促すエミリア。一瞬、迷ったような表情をゲオルグは見せたが、背負った剣を壁に立てかけてエミリアの横に座る。



「こうして顔を合わせるのは何年振りだったかしら? 懐かしいねゲオ」

「過去の話はやめろ。それよりも、何故お前はコイツらとここに居る?」



 ゲオルグはエルーニャとウェインを視る。



「ああ、紹介するわゲオ。この子、私の恋人なの」



 エミリアはウェインに肩を寄せてその腕を絡ませる。エミリアの突拍子もない行動に、ウェインは目が点になっていた。



「何だと!」



 ゲオルグは椅子が倒れる程勢いよく立ち上がり、ウェインを睨みつける。その凝視たるや、親の仇を見るような憤怒に満ちたものだった。

 尋常じゃない気配を感じたウェインは堪らず手を振って否定する。



「い、いや違うぞオッサン! このレーゼさんと俺はそんな関係じゃない! デタラメだ! レーゼさんも何勝手な事言ってるんだよ!」

「あら? もうちょっと話を合わせてくれても良かったのに」



 残念、と言いつつ絡ませた腕を解くエミリア。誤解が解け、ゲオルグは椅子を直して腰を下ろす。



「あのさ、人を巻き込むような悪戯はやめてくれ」

「ふふ、ごめんなさいね。この人、昔からこういうの本気にしちゃうから、からかいがいがあるのよ。ね?」



 話を振られたゲオルグは無言で腕組みをして押し黙っていた。

 冷静さを欠いて感情のまま動いた己に対し、ゲオルグは恥じていたのであった。



「オッサン、あらかじめ言っておくが俺と師匠がこの姉さんと一緒にいるのは偶然だ。時間つぶしがてら店に入ったらこの姉さんが先客でいただけの話」

「……本当なのか? エミリア」

「本当よ。でも、この後彼と一緒に出掛ける予定なのよ」

「いちいち誤解を招きそうな言い方はやめてくれ!」

「でも、事実でしょ?」

「何処に行く気だ、小僧」

「無法区画に居るロイ・ハワードっていう男の所にだよ。アンタの考えているようなやましい事じゃないから安心しろ」

「ロイ・ハワード? 『青の風』のロイ・ハワードの事か?」

「知ってるのかおっさん」

「ああ。失笑しそうなほど下らん噂話から、命の危険に晒されるような機密を扱う情報の専門部隊。今追っている仕事に関して俺も頼ろうとしたが、生憎門前払いを受けた次第だ」



 その話を聞いたエミリアの眉が微かに反応する。



「ねぇ、ゲオ。その追っている仕事について何だけど、何か情報はあった?」

「依頼に関しての情報は一切口外する気はない。例え、それがお前でもな」

「つれないわね。ゲオの追っている仕事と、私が命じられている仕事は一緒だと思うわよ。どうせ、でしょ?」

「……なるほど。確かに、依頼人の事を考えれば白金騎士のお前に命じるというのは妥当な線か。残念だが進展はない……が」

「が? 何よ?」

「それとは別で悪い情報が耳に入ってきた。真偽が定かでない以上、口を滑らせるわけにはいかないがな」

「時間だ。料理を食べることができなかったのは名残り惜しいが、これ以上店主の帰りを待つわけにはいかないな」



 椅子から立ち上がるエルーニャ。それを見て、一緒にウェインも立ち上がる。



「それじゃあ、俺と師匠はロイの所に行くよ。二人はどうする?」

「私も行くわ。ゲオも一緒に来るでしょ?」



 ね? と、エミリアから誘いを受けたゲオルグは無言で立ち上がる。それは同行するという意思表示であった。



「あれ? でも、エミリアさんは店主から留守番頼まれたんじゃなかった?」

「ああ、その事なら別に大丈夫でしょ。遅いのが悪いんだから」



 自分には何の非もない、とまるで他人事のような口ぶりであった。



「そんな事よりも、早い所ロイ・ハワードの屋敷に行きましょう。少年君が頼りなんだから」



 ウェインの背中をポンと軽く叩くエミリア。何処か腑に落ちないウェインであったが、時間も差し迫っている事もあり、ロイとの約束を優先することにした。





 ♦♦




 店を出た四人はロイ・ハワードの居る無法区画へと足を踏み入れた。

 ウェイン達の顔が知られたのか、無法区画に居る住民達は彼等の顔を見ると、そそくさとその場から離れていく。怯えるようにして去るその姿は、関わりたくないと言った様子であった。

 そんな彼等を尻目に、ウェイン達は昨日来たハワードの屋敷に辿り着く。門番はウェインの顔見ると、無言で入口から離れ、通る事を認めた。

 四人はそのまま屋敷の中へと足を踏み入れ、ロイ・ハワードの部屋へと向かい扉をノック。すると、中から物音が聞こえる。



「誰だ?」

「ウェインだ。手紙を見てやってきたぞ」

「兄貴か! ちょっと待っててくれ、今鍵を開ける」



 扉の向こうからガチャガチャと音が聞こえ、扉の施錠を外す音がする。

 部屋からロイが出てきてウェイン達の顔を見た途端、何故かその表情が曇る。



「兄貴、これは一体どういうことだい?」

「どういうこと、と言うと?」

「おいらが招待したのは、だ」

「えっ? そんな筈は……だってさっきレーゼさんが?」

「ごめんね、あれは嘘。実は私、招待なんてされてないのよ」



 レーゼは何食わぬ顔で自分が嘘をついていたことを白状した。




「ええっ! 何でそんな嘘を!」

「どうしても、ロイ・ハワードに会いたくて。その理由は、一番良く知っているでしょ? ロイ・ハワード」

「……分かったよ。どうせ、兄貴の返答次第ではあんた達も呼ぶことにしていたから、手間が省けたと考えるよ」



 入りな、と部屋への入室を許可される四人。

 部屋に入ると、ロイは自分の机に座りふんぞりかえる。そんなロイの周りを囲むようにして立つ四人。



「さて、じゃあ最初においらから一言、言わせてもらうよ。おいらはバージニアの騎士と冒険者を信用していない」



 笑顔でそう答えたロイ。

 その言葉に、エミリアとゲオルグの雰囲気に微かな変化をもたらす。



「その理由は簡単、おいらが酷い目に合わされてきたからだ。お二人には気の毒だけど、正直、信頼を置ける相手という点では不合格だ」

「バージニアの騎士だから。そんな理由で、私が幾ら頼んでも断り続けたの?」



 エミリアは明らかに苛立っていた。

 口調は強いもので、その手が腰に帯刀してある鞘に手が掛かっていたことも拍車をかける。だが、そんなエミリアに対しロイは全く臆する様子は無い。

 彼とて、そんな輩を相手にしてきた事は腐るほど経験している。いまさらエミリアの脅しに対し、怯えることなど無かった。



「そこで、おいらから一つ提案がある。あんた達の目的は全員一緒。そして、目の前に居る兄貴は、おいらが最も信頼している人物だ。もし、兄貴がそこの二人を一緒に連れていくというのなら、情報を分け与えても構わない」

「それはつまり、少年君の意向一つで決まるって事?」

「そう考えてもらって構わない。さぁ、兄貴どうする?」



 全ての決断を委ねられたウェインは、エミリアとゲオルグの顔を見て反応を伺う。

 二人とも無言を貫く。だが、その表情が全てを物語っていた。

 刺す視線を送ってくるゲオルグと、不気味なほど満面の笑みを浮かべるエミリア。それらは形は違えど、意味は同じ。

 選択肢などあって無いようなものであった。



「良いんじゃないか? この二人は少なくとも信用しても良いと思う」

「決まりだな。そこの二人は兄貴に感謝してくれよ」



 ロイはふんぞり返った姿勢を直し、両肘を机の上に置いて手を組む。



「さてと、時間もないから早速本題にはいろうか……『ロゼ王女の誘拐』について」






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