第11話 バージニアの王女編 11

 女性騎士は入口から一番離れたテーブルに座っていた。

 目の前にある皿に盛られたスープの料理を丁寧に食べ進めており、一つ一つの動作が実に品がある。

 女性は入口の扉の音が聞こえたのか、はたまたウェインの呟きが聞こえたのか、料理に向けていた視線を起こし、ウェインの方へと向けられた。

 途端にウェインと目が合う。美人に正面から見つめられたせいか、条件反射でウェインは顔を背けてしまう。 

 ぎこちない動きで入口付近のテーブルに腰を掛け、ウェインは女性騎士に背を向けた格好で座る。



「おい、私はこの席に座る予定は無かったのだが?」 



 勝手に座ったウェインに対し、エルーニャは不満の意を表明する。

 それに対して素直に謝るウェイン。少し様子がおかしいウェインにエルーニャは気にかかったが、深く掘り下げるほどではなかった。

 テーブルに座ったエルーニャ達。だが、肝心の店主が出てくる気配が一向にない。



「おーい、客が来たぞ」



 店の奥に向かってエルーニャが声をかける。だが、店主が出てくるどころか、返事すら返ってくることは無かった。

 一体どういう事か? と、二人が気にしていると。



「ここの店の人なら今はいないよ」



 直ぐ側で声が聞こえる。

 聞いた事のない澄んだ音色のような声。その声の主は気付かぬうちにウェイン達の直ぐ横に立っていた。

 何時の間に! と、声を出そうとしたウェインよりも早く、女性は空いていた席に座ると、肌が密着するぐらいにウェインの横に寄り添う。そして、その美しい顔立ちがウェインの眼前に迫る。



「君、昨日ロイ・ハワードの屋敷で出会った子だよね?」

「え? 覚えてたのか?」



 それだけ聞くと女性は微笑み、距離を離す。



「やっぱり。あの屋敷に招かれる人間というのは中々見ないから、覚えていたの。あそこで何をしていたの?」

「いや、俺たちはその――――」

「店主がいないというのはどういう事だ?」



 二人の会話に割り込むエルーニャ。女性は会話を途切られたせいか、口をへの字にする。



「ここの店主は店の材料が不足している為、食材の調達中。その留守番を私が任されたの。ここは客が来ないから、大丈夫と言っていたけれど、あなた達が現れたわけ」

「何時戻ってくる?」

「それは私に聞かれても困るわね」

「そうなるとまずいな師匠……時間が」



 ロイとの時間にはまだ余裕があるとはいえ、料理を直ぐに食べられないとなると話は変わってくる。



「仕方がない、もう少し様子を見て帰ってこなければ出ていくとしよう」

「あれ? 少年君はそんなに時間が無いの?」

「ええ、ちょっと用事の方がありまして」



 何時の間にか溶け込んでいる女性。その視線はエルーニャには一切向かず、ウェインだけを捉えていた。



「用事? それって、ひょっとしてだけどロイ・ハワードに会いに行く用事じゃないかしら?」

「え? 知っているんですか?」

「もちろん。だって、私もロイ・ハワードに呼ばれているから」

「それは奇遇ですね」

「そうでしょ! だからさ……一緒に行かない? 屋敷のほうに」



 女性はウェインに対し、上目遣いでお願いをしてくる。その豊満な胸をちらつかせ、ウェインの視界にみせつける辺り、あからさまに狙った行動。それは王国騎士の女性とは思えない妖艶な誘いで、女性に対して抵抗が少ないウェインにとっては猛毒であった。

 思わず頷きそうになるウェインだが。



「おい、弟子。何を鼻の下を伸ばしている」



 不機嫌で冷めたエルーニャの声が、ウェインを正気にさせる。



「ああ! いや、何でもない師匠!」

「嘘を吐くな。さっきからそこの女に現を抜かしているではないか。そこの女も女だがな。さっきから私の方には一向に視線を向けようとしない」

「うーん、そういう訳でもないんですけどね。ただ、貴女よりもこっちの少年君の方が素直で言う事聞いてくれそうだから」

「人の弟子に色香を使って惑わそうとする女に、耳を傾ける奴がいると思うか?」

「あら? もしかして、妬いているんですか?」

「面白い冗談だ。後であの村の女に告げ口しておいてやろう」

「ま、まてよ師匠! ニーネは関係ないだろ! 勝手に巻き込むなよ!」

「お前がそんな女に惑わされているのが悪い」

「悪かったよ、だからニーネには言わないでくれよ」

「何だ、少年君は既に彼女がいたのね。それは悪い事しちゃったわね」



 くすっ、と悪戯っぽく笑う女性騎士。からかっているのに反省の色はなさそうだ。



「大体、貴女は誰なんですか? 突然来ては親しい間柄みたいに話しかけてきて。俺と貴女はこうして話すの初めてですよ!」



 立場が悪くなってきたウェインは、話題を変えようと必死になる。



「あら、そう言えばまだ名乗ってなかったわね。私は――」



 話している途中、ギィ、と戸が開く音が聞こえる。

 次に、ガチャリと大きな音が響く。その大きな金属音にウェイン達は聞き覚えがあった。



「あん? お前らは……」



 その足音の主はギルドの冒険者ゲオルグだった。

 ゲオルグは視界に飛び込んできたウェイン達を見て、つい声を掛けた。



「昨日の眼帯のおっさん、アンタもきたのか?」

「ああ。ここいらで空いている店はここぐらいだからな。昨日出てきた飯の方も悪くなかった。お前らもか?」

「いや、実はさ、今ここの店主でかけてるらしいんだよ。そこのお姉さんから聞いたんだけど」

「お姉さん?」



 ゲオルグはウェイン達と一緒に居るバージニア王国騎士の服を着た女性に気づく。女性はニッコリと微笑みながらゲオルグを見ていた。



「お久しぶり、ゲオ」



 それを聞いたゲオルグの目が大きく見開く。



「その声と言い方……! まさか、エミリアか?」

「へぇ、ちゃんと覚えてくれてたんだ。ちょっと嬉しいかも」

「何でお前がここに……いや、その服装はバージニア王国騎士、となると……」



 今まで一度も見せたことのないほど、大きな動揺をするゲオルグ。



「あれ? お姉さん、この眼帯のオッサンと知り合い?」

「ええ。旧知の仲、って奴かしら。ゲオはああ見えて可愛い所あるのよ? 何時も私の側にいてくれてね」

「昔の話を掘り起こすな。大体、何故お前が王国騎士の服装をしている」

「そりゃ、バージニアの騎士になったからに決まってるじゃない」

「だから何故!」

「改めて自己紹介させてもらうわ。私の名前は『エミリア・レーゼ』これでも、バージニア王国の『白金騎士プラチラル』よ」



 エミリアの自己紹介に、三者三様の驚きがあった。



 冒険者ギルドの最強格に名を連ねる『双剣の黒き嵐』ゲオルグ・ハーディラント。

 バージニア王国最強『白金騎士』の称号を持つエミリア・レーゼ。

 魔王を討伐する精鋭に選ばれ、常軌を逸した強さのエルーニャ・ウィンタリー。

 そして、『危機回避』のスキルを持つ弟子のウェイン・ルーザー。



 この四人の出会いが運命の歯車を動かす。




















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