第33話 バージニアの王女編 33

 店を出た二人は、大通りを北上して街の奥へと向かう。

 奥に行くにつれて、人が多くなり、騒がしくなる。それだけ、誕生祭が活気づいているという証拠であった。

 街中の者たちは皆、この騒ぎを心底楽しんでいる様子だった。

 熱気に包まれる祭りに、圧倒されるウェインとニーネ。今日という日が特別な事を改めて実感させられる。

 所狭しと連なる露店に混じって、実演販売をしている者を見かける。

 それらは主に武器や防具の販売をしており、どれほど優れているかというのを集まった客に対して披露していた。

 様々な店がある中で、一際大きな人だかりができている場所があった。

 ウェインは足を止め、気に掛ける。

 人だかりで壁が出来ており、その先で何が行われているのかが確認できない。ただ、盛り上がる客の反応を見て気になっていた。



「そんなに気になるなら、覗いて見る? ウェイン」

「そうだね。よし、ちょっと覗いて見ようか」



 ウェインは強引に人だかりの壁を突破する為、無意識にニーネの手を取る。はぐれないようにするためであるが、ウェインは自分の行動に気づいていなかった。ニーネはウェインと手を繋げた事に少し喜ぶ様子を見せた。

 「ちょっとどいて」と、声を掛けながら強引に人の壁を抜けて最前列に立つ。すると、そこには木の棒を手にした二人の男が面と向き合って立っていた。

 二人の横には壁があり、その壁を背にみすぼらしい格好の子供が座っていた。その子供の手には、砂時計が握られている。そして、その横には大量の紙幣が入った籠と何故か鍋とおたまが置かれていた。

 対峙する二人の内、一人はすり減った皮鎧を身に着けた厳つい男。もう一人は、どこにでも居そうな華奢な青年であった。

 二人は木の棒を手に対峙している。

 若い青年が気迫のこもった声と共に、皮鎧の男に向かっていく。大きく振りかぶり、そのまま振り下ろした木の棒は、皮鎧の男があっさりと棒で受け流しながら、立ち位置を交換する。青年は勢い余ってこけてしまい、群衆からドッ、と笑い声が上がる。



「惜しいね、お兄ちゃん。もう少しだったのに」



 倒れた青年に皮鎧の男は手を差し出し、その手を握って青年は立ち上がる。



「くっ、まだまだ!」



 青年がもう一度向かおうとした時、カン、という音が響く。

 見れば子供が鍋の底をおたまで叩いていた。

 それを聞いた青年は、うっ、という短い声を漏らしてガックリと肩を落とした。



「はい、時間切れ。次の挑戦まってるぜ」



 青年の肩にぽん、と手を置く皮鎧の男。青年はそのまま群衆の方へと歩いていき、そのまま群衆に紛れる。



「さぁさぁ! 次の挑戦はどいつだ! 腕自慢の奴はかかってきな」



 皮鎧の男が周囲を囲む群衆に向かって、そう声高々に宣言すると、群衆が「俺だ! 俺だ!」と騒ぎ始める。

 途中から観戦していたウェインとニーネは事態がよく呑み込めていないため、何をしているのか理解できなかった。



「ねぇ、これ何してるの?」



 ウェインが隣の見物客の男に訊ねる。



「ん? こいつはな、決闘だよ。と言っても、本気でやり合うわけじゃない。あの鎧を着ている男に、制限時間内に一撃入れる事が出来たらいい。簡単だろ?」

「それだけ?」

「ああ。しかも向こうは攻撃してこない。もし、一撃見舞う事が出来たら、報酬として2万オーラル払うって約束している。但し、参加料として1000オーラル支払う事になっている」

「2万オーラルって随分と気前がいいね」

「それだけ向こうも腕に自信があるんだろうな。見た感じ、冒険者か傭兵か。子連れで良くやるぜ」



 へー、とウェインは感心したように返事をする。

 ウェインが話している間に決闘の方は始まっていた。先程の男よりかは体格が良い相手だが、目に目えて素人だというのがウェインには分かる。



「参加する人って、順番は決まってるの?」

「いや、名乗りを上げた客から一人選ばれる。ソイツが参加資格を持つ」

「……なるほどね」



 戦いは始まっているが、先程と同じく当てれる気配がない。

 ウェインは興味を無くしたように、ぼんやりと見ていた。

 やはり次の参加者も一撃も当てれず早々に敗れて去っていく。先程と同じように我こそは、と、名乗りを上げる客がこぞって手を挙げている。

 そんな中、ウェインは何故か手を挙げなかった。



「あれ? 兄ちゃんは手をあげねえのか?」



 ウェインと話していた男が不思議そうに訊いてくる。



「いや、どうせ手を挙げても無駄だから」

「どういう意味だ?」

「この決闘はあの鎧の男が絶対に大丈夫と思った客にしか指名しないんだよ。だから、これが商売として成り立ってるんだ」

「何だってぇ! そいつは本当か兄ちゃん!」



 ウェインと話していた男が大きな声で叫ぶ。その大きさに、皆が反応してしまいウェイン達に注目する。

 何だ? 何だ? と、周囲の見物客が何を話しているか当然聞いてくる。



「どうしたい、大声出して」

「聞いてくれ、この兄ちゃんが言うには、目の前の男は自分が勝てる相手にしか指名しないって話なんだよ!」



 それを聞いた周囲の客たちは当然ざわめきだす。

 皮鎧の男がチッ、と小さな舌打ちをした後、ウェインの方へと近づいてくる。



「おいガキ、変な言いがかりは止めろ。まるで俺が不正しているみたいじゃねぇか」



 高圧的な態度でウェインに啖呵を切る皮鎧の男。

 それに対してウェインは怯む様子はない。



「違うの?」

「当たり前だ! 第一、どうやってそんな奴を見極めて指名するんだよ。出来るわけねぇだろうが!」

「服装や、体格、身体に出来た生傷あたりで判別できるだろ?」

「いい加減にしろガキ! お前のような奴は迷惑なんだから、とっとと失せろ」

「はいはい、分かったよ。じゃあ行こうか、ニーネ」



 隣に居たニーネに声をかけてその場を立ち去ろうと、踵を返すウェイン。

 だが、商売を邪魔された皮鎧の男は、腹の虫がおさまらないのか。



「不細工な女連れやがって。テメェのようなガキにはお似合いだな」



 吐き捨てるように男が呟いた。

 事を荒立てたくない為、その場を去ろうとしたウェイン。しかし、それを無視するほどウェインは人間が出来ていなかった。



「おい、オッサン。今、何て言った?」



 足を止め、ウェインは振り返る。

 ただならぬ怒りを露わにしたウェインに、ニーネが慌てふためく。



「あん? 何だぁ? もしかして一丁前に怒ってるのか? ガキが」

「今日は祭りだし、事を荒立てる気は無かった。だから、このまま去ろうとした。けど、ニーネを侮辱するなら話は別だ」

「何だ? 俺とやる気か?」

「ああ。但し、アンタがさっきの言葉を詫びる気ならやめてやってもいい」



 完全にスイッチが入ってしまったウェイン。

 両者がヒートアップしてきた事で、周囲の客に期待が高まってくる。



「良いぜ、指名してやるよ。但し、テメェの場合は参加料1万オーラルだ」



 それにざわめく観衆達。だが、次にウェインがとった行動は意外なものだった。

 腰に付けてあった皮袋を外し、それごと鎧の男に投げて渡す。



「俺が負けたら1万オーラルなんてせこいこと言わず、その金を全部やるよ。但し、俺が勝った場合、ここに居る全員の前で、地面に伏してニーネにさっきの暴言を謝ってもらう」

「……面白れぇ、その条件呑んでやるよ」




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