第36話 バージニアの王女編 36
「私の事が分かるの?」
今のエミリアは変装しており、普段の王国騎士とは程遠い身なりをしている。そのかけ離れた姿から、ウェインもエミリアだとは看破できなかった。だと言うのに、ロイは一目でエミリアと見抜いた。
「もちろん。それぐらいの変装なら見抜けるよ」
「まさか、ここが貴方の家なの?」
「違うよ。ここはただの空き家さ。今日だけ拝借させてもらってる」
「何の為に?」
「あなた達と話をするためさ」
一体どういうことなのか理解できずにいるエミリア。そんなエミリアを余所に、ゲオルグはロイの座っているテーブルの席へと座る。
「何をしているエミリア。座らないのか?」
ゲオルグに促されてエミリアは流れのままに席へ座る。
「ちょっと、これどういう事? ゲオは全部知ってたの?」
「昨日使いの者が俺の所に来た。お前にも来たのではないのか?」
「ぜんっぜん、知らないんだけど」
「お姉さんの所に使いの者は送ってないから、知らないのは当然だよ」
「何で送らないのよ」
「接触が難しいんだよ。お城の中に入るのは相応の手順を踏まないと入れないし、何かと面倒だからね。まぁ、こっちとしてはお姉さん抜きでも全然構わないし」
「使いの者を送らなくても、手紙か何かよこせばいい話でしょ」
「成程、そうすればよかったね」
ハハハ、と笑って誤魔化し、エミリアに対して悪びれた様子もない。
自分だけ除け者にされた感が否めず、むすっとするエミリア。
「それは置いといて……わざわざ私とゲオを呼んで、何を話そうって言うのかしら? ロイ・ハワード」
場の空気が一気に引き締まっていく。
エミリアは警戒していた。
あれだけ自分達の事を嫌っていた筈のロイが、わざわざ呼び出すという事は、ただ事ではない。必ず、何かある事を。
そんなエミリアの気配を敏感に嗅ぎ取ったロイは、まぁまぁ、と宥める。
「そんなに警戒しなくてもいいよ。まず、オイラはアンタたち二人には感謝しているんだよ」
「感謝?」
「ロゼ王女を助けてくれた事だよ。本当にありがとう、礼を言わせてもらうよ」
「当然の事をしたまでよ。別に感謝されたくて、したわけじゃないから」
「だが、結果として助けてくれたことは事実だ。彼女の身に何かあれば、オイラは一生悔やんでいただろう」
思いつめたように話すロイを見て、ゲオルグとエミリアの二人が視線を交わす。あれひど冷たくあしらっていたというのに、その態度が軟化している事を不思議に思ったからである。
「随分とまぁ、ロゼ王女にご執心な事ね。ひょっとして……ロゼ王女の事が好きなのかしら?」
揶揄うように言葉をかけるエミリア。それに対し、ロイは。
「ああ、そうだよ。おいらはロゼ王女の事が好きだ」
「……へ?」
逆にエミリアの方が面食らう。
「何かおかしいかい?」
「いや、そこまでハッキリ言うとは思ってなかったわ。それは恋愛対象としての好きで良いのかしら?」
「ああ。と言っても、身の程は弁えているよ。隣に居るべきなのはオイラなんかより、もっと気位の高い人物であるべきだからね」
「じゃあ、バージニア王国騎士の事も好きになってくれたのかしら?」
和んだ雰囲気につられ、エミリアが冗談交じりに聞く。すると、ロイはテーブルが一瞬浮くぐらい、大きく強く叩いた。
その眼差しは、鋭く殺気立っていた。
「冗談じゃない。今後もおいらがバージニア王国騎士を好きになる事は無いね」
「……何が、そこまで嫌いにさせるの?」
「簡単な話だ、おいらは王国騎士に嵌められ、殺されそうになったからだよ」
「王国騎士に?」
「ああ。小さい頃、おいらはお金が稼げなくて、食べることも難しかった。だから、盗みを働いた事もあった。そんなある日、二人の王国騎士が声をかけてきた。「君のような困っている子供を助けたいから、お金を渡したい。ここでは人の目があるから、そこの路地に入ろう」ってね。少し考えればおかしい話だけど、毎日が生きるか死ぬかギリギリの生活をしていたおいらには疑う事が出来なかった」
「それで? どうなったの?」
「おいらはお金を貰えると思ってそのまま路地裏に入ると、いきなり殴りかかってきたんだよ」
「酷い話ね」
「ああ、酷い話だよ。それから路地裏で躾という名の暴力が始まってさ、死ぬかと思ったよ。最後には腕を斬られそうになった……その時、救ってくれたのがロゼ王女だったのさ」
「王女が?」
「ロゼ王女は頻繁に変装して街に出る事があるからね。どうも、その王国騎士は何度も同じ手口で暴力を振るっていたらしく、それが噂になっていたらしい。本当かどうか視察を行っていたんだ。おかげで、おいらはこうして命がある」
「成程ね……貴方の王国騎士嫌いが分かったわ」
「オイラの
「っと、完全に忘れてたわ」
話にのめり込んで、完全に目的を忘れていたエミリア。ようやく話が進むと感じたのか、ゲオルグも姿勢を正して耳を澄ませる。
「話というのは、ロゼ王女が誘拐された件についてだよ」
ロイのその言葉に、エミリアは目の色を変える。
「よかったら、意見を交換しようと思ってね。但し、この話はここだけという条件付きでね」
「願っても無いわ。こっちは行き詰ってるから」
「あれ? お姉さんは首謀者のゴードンを捕まえてる筈だろ? 口を割らないの?」
「あれは今、厄介な事になってて喋れない状況。使い物にならないのよ」
「じゃあ、お姉さんの知りたい情報は?」
「ゴードンを裏で操っていた奴よ。あんな大それたことを、アイツ一人がやるとは思えないわ」
「それについてはこっちも探っている所だね。時間はかかると思うよ」
「何か分かったら教えてくれないかしら。あと、別で調べて欲しい事もあるわ」
「内容は?」
「バージニア王国にいる家臣の情報……裏を取って欲しいのよ」
その依頼に、うーん、と、ロイは難色を示す。
「つまり、裏切り者がまだ居るとお姉さんは思ってる?」
「ええ。もしくは裏切ろうとしている人物」
「雲を掴むような話だね。家臣が一体何人いると思ってるの? 全員しらべてたら時間が足りないし、それだけの費用をお姉さんが用意できるとは到底思えない」
「全員なんて言わないわよ。怪しい奴を数人リストアップしておくから、そいつらを調べて欲しいわけ。後日、内容を記した手紙を持っていくわ」
「分かったよ。それじゃあ、ゲオルグさんの方は何かあるかい?」
「王女の件に関してはエミリアに任せる。元々、俺は王女を助ける依頼を受けただけで、それ以上でもそれ以下でもない」
「王女の件に関しては、というと、他に何かあるような言い方だね」
「イグダスのランフォード王で聞きたい事がある。奴は今日来るのか?」
それは、王女誘拐事件の際、ゲオルグが入手していた情報であった。王女の誕生祭の日にランフォード王直々にやってくるという。これに関しては『青の風』のロイが肯定をし、事実だと発覚した。
「気になるの?」
「当然だ。変更はないのか」
「変更はないね。今日の日没前にはここに来る予定だよ」
「兵の数は?」
「三十ぐらいと聞いてるよ」
「たったの三十だと?」
一国の王がわざわざ足を運ぶ兵の数にしてはあまりにも少なかった。
何らかの思惑があって、ランフォード王がこちらにやってくるのは明白。少なくとも、その人数では武力による行動はなさそうだと、ゲオルグは考える。
「ランフォード王の狙いは?」
「それは、本人に直接聞かないと分からないね。それに、人数自体は少ないけど、選りすぐりの精鋭を揃えてきてるから」
「精鋭だと?」
「ゲオルグさんは「ベルナルド」を知ってるかい?」
その名を聞いたゲオルグの表情が、戸惑いと驚きに満ちたものになる。
「ベルナルド? まさか、あの「
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