第37話 バージニアの王女編 37

鋼鉄の一角獣アイゼン・オーガ? なによ、それ?」



 エミリアは不思議そうにゲオルグに尋ねる。



「何だ? 知らないのか?」

「ゲオにそう言われるの何か癪に障るわね。それで、そのベルナルドってどういう奴なのかしら?」

「一言で言えば「狂人」だな」

「狂人?」

「その身なりは真紅の重装の鎧で全身を固め、顔を全て覆い隠す兜。その兜の額から突き出す一本の角が奴の象徴。戦の臭いを嗅ぎ付けると、神出鬼没で姿を見せては戦場を荒らしまくる事で有名だな」

「強いの?」

「実際手合わせしたことはない。だが、奴と戦った者は皆、恐れていたな。身の丈以上の金棒を手にする姿は「オーガ」に見え、馬でかけるその姿は、兜の角と相まって「一角獣ユニコーン」に見える。それらを合わせたのが奴の異名。しかし、奴はどこにも属さない傭兵のはずだが?」

「これは最近の情報なんだけど、ベルナルドはランフォード王の配下に入ったらしい。理由は、わからないけどね」

「ベルナルドがイグダスに加わったというのが本当ならば、ランフォード王の護衛の少なさも頷けるか」

「ランフォード王達は、今日の夜に行われる王女の誕生会に出る筈。不測の事態には備えた方がいいかもね、白金騎士さん?」



 エミリアの方を見て忠告するロイ。

 この場において直接関係する者はエミリアだけである。



「言われなくても分かってるわよ。貴方の情報を聞いてこっちは万全を期しているわ。パーティー会場には百を超える護衛に加えて、私とアシュフォード、二人の白金騎士が居る。向こうだっておいそれと手出しは出来ないわよ」

「そうあってほしいね。そろそろ時間も押してるから、話を終えようか」



 よっこらしょ、とロイは席から立ち上がると、背筋を大きく伸ばす。エミリア達を置いてロイは玄関の扉の前へと移動する。



「それじゃあ、またねお二人さん」



 簡潔に別れの挨拶を終えると、ロイは家から出て行った。



「自分から私とゲオを呼んでおいて、用件が終わったらさっさと帰っていくとか……嵐みたいな奴ね、ロイ・ハワードは」

「だが、あれ以上話をすることも無かったのは事実だ。俺達も出るぞ」



 ゲオルグが席を立ち、はいはい、と不満げに腰を上げるエミリア。

 二人が家から外に出ると、気持ちいい程の眩しい日差しと、大音量の雑音が二人を襲う。

 祭りは未だ活気に包まれている。エミリアに残された時間もまだ余裕があるのだが。



「ゲオ、悪いけど私はこれから城の方に戻るわ。さっきの情報を踏まえて城の警備を万全にしておきたいの」

「そうか。分かった」



 二つ返事でその申し出をゲオルグは受け入れる。

 折角のデートをこんな形で潰してしまう事に、エミリアは申し訳ない気持ちがあった。だが、あまりにもあっさりゲオルグが承諾してしまった為、そんな気持ちは吹き飛び、苛立ちや怒りが込み上がってくる。



「随分とまぁ、あっさり引いてくれるのね?」

「背に腹は代えられないだろ。俺がお前の立場ならそうする」

「物分かりが良くてたすかるわ。それじゃあね!」



 ぷい、とゲオルグから顔を背けてエミリアが歩き出そうとした時。



「待て、エミリア」

「何よ?」

「送っていく。それぐらいは良いだろ?」

「……まぁ、良いわよ」



 無愛想な返事をするエミリアだが、微かにその口元が柔らかくなっていた。

 二人は連れ添って歩き始める。満足のいくデートでは無かったが、ある意味ゲオルグらしいともエミリアは感じていた。

 昔からそんな器用な男ではなかった事をエミリアは思いだす。

 送られる道中、珍しくゲオルグがその足を止めた。

 ゲオルグの視線にあるのは、お祭りで出店している一軒の出店。そこには若い女性の店員が立っており、手作り感満載の貝殻で造った小物や、糸を編んで作られたとおもわしき人形やハンカチなどが並べられていた。

 ゲオルグがそんなものに対して目を向けるとは、一体どういう心境の変化があったのか、エミリアは不思議であった。

 並ぶ雑貨の中で、ゲオルグは綺麗な白い花の刺繍が入った黄色のハンカチを手にした。



「この花は『ナターリア』か?」



 その刺繍のされた花の名前をゲオルグが言い当てる。店員は少し驚いた表情を見せた。



「は、はい。よくご存じで」

「以前、見た事があってな」

「仰るとおり、これはナターリアの花です。グラフォート王国の寒い地域に咲く花で、ごくわずかな期間でしか咲かない希少なもので幻の花とも言われています」




 店員はナターリアの花に関して喋る。エミリアはナターリアの花を見た事が無く、店員の説明に、へぇ、と感心しながら聞いていた。



「本当は実物を見てもらいたかったのですが、ナターリアの花は繊細で寿命も短く、寒くないと生きていけない花ですから、運ぶのは無理でした。実物はもっと綺麗なものですが、何とかそれを見てもらいたいと思ってこうして刺繍をしてみました」

「なるほど。上手くできている。このハンカチ、買わせてもらう」

「あ、ありがとうございます!」



 ゲオルグが褒めると、店員は顔をほころばせる。そのやり取りを見て、エミリアがゲオルグをジト目で睨んでいた。

 店員にお金を払い、ゲオルグはハンカチを購入する。そして、そのハンカチをエミリアに向けて差し出す。



「……えっと、これはどういう事かしら? ゲオ」

「プレゼントだ」



 直ぐにエミリアは自分の額と、ゲオルグの額に手を当てる。



「どうやら熱は無いみたいね。本気で?」

「不満か?」

「いや、そうじゃなくて……こういう事してくるとは思ってなかったから」

「嫌なら返すが?」

「折角私の為に買ってくれたんでしょ? なら、受け取るわよ」



 ゲオルグからプレゼントされたハンカチを、しっかりと受け取り着ている服の衣嚢に仕舞う。



「やっぱり、その女性に対しての贈り物だったんですね?」



 そんなやり取りを見ていた女性店員が意味深な事を口にする。



「どういう事?」

「さあな。あまり時間をかけるわけにはいかないんだ、さっさと行くぞ」



 強引にエミリアの手を引っ張り、有無を言わさずその場から離れていく。



「ちょっと、さっきの店員さんの言葉はどういう事?」

「知らん。気にするな」

「気になるわよ! そういえば、あれだけ品数有る中で、真っ先にこのハンカチを手にしたけど、何か意味があるんじゃないの?」



 問い詰めてもゲオルグはだんまりを決め込んで答えなかった。

 やがて街道を抜け、城と街を繋ぐ跳ね橋の前へと辿り着く。ここから先は、城に仕えている兵士や関係者以外の立ち入りは禁止されている。

 つまり、ゲオルグは入る事が出来ない。



「ここまでだな」

「そうね。今日は色々あって、不満もあるけど、それなりに楽しかったわ」

「俺は不満など無かったが?」

「ああ、そうね、そうでしょうね。は不満ないでしょうね。もう少し剣よりも女性を楽しませることを学んだ方がいいと思うわよ」



 エミリアの苦言を聞いて、ゲオルグは首をかしげる。どうやら、ゲオルグの心には届いていない様子だ。

 自分以外の女に対しても、こんな扱いをするというのであれば、先が思いやられるとエミリアは感じていた。



「他に用が無いなら俺は帰るぞ?」

「ええ、どうぞ。一応、礼は言っておくわ。送ってくれてありがとう」

「気にするな。それじゃあな」



 踵を返して立ち去ろうとするゲオルグ。その後ろ姿を見たエミリアは、途端に表情を強張らせた。



「待って!」



 焦るような強い口調で、エミリアはゲオルグを引き留める。ゲオルグは再びエミリアの方に身体を向ける。



「どうした? 何かあったか?」

「あ、その……ゲオは冒険者でしょ? 何時までここに居るのかと思って」

「今の所受けている依頼がないので、何処かに行く予定はない。だが、依頼があればここを去るだろうな。早ければ明日の可能性も十分にある」

「そうよね。ねぇ、一つだけお願いを聞いてくれないかしら」

「何だ?」

「何処かにいなくなる時、黙って行かないで」

「……そこまでする理由は?」

「辛いから」



それはエミリアの本心であった。

先程の光景が、昔、ゲオルグが村を黙って立ち去った時に見た最後の姿と重なってエミリアには見えていた。

数秒の間を置いてゲオルグは。



「分かった。約束しよう」











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