第38話 バージニアの王女編 38
時間は流れ、太陽はその姿を潜めて黒い空には半円を描く月が姿を現す。
薄暗さが世界を覆う時間帯。しかし、バージニア城にある大きな中庭は昼と見間違うほどの明るさが広がっていた。
中庭の周囲に配置される松明や、魔法の技術を利用したランプが大量に設置していることが要因であった。
白いテーブルクロスが敷かれた円形のテーブルが幾つも配置され、そのテーブルの上には庶民には決して口にできない上等な料理が数多く並ぶ。
その周囲には着飾った紳士や婦人が笑顔で談笑をしている。どれもこれも、バージニア王国やグラフォート王国で高い地位にいる者や、金持ちばかりである。
これは誕生祭の為に開かれる一夜限りのパーティー。
この場を借りて、著名人や富豪は交流を深める事に利用していた。
無論、このパーティーの主役が誰なのか、彼等は重々承知している。主役あってこそのパーティーであるため、それを蔑ろにする事は無い。
そう、今日の主役はロゼである。
翠色の美しいドレスに身を纏ったロゼは、挨拶に来る参加者たち一人一人に対して、丁寧な対応をしていた。
そんなロゼを見守るように、少し離れた場所から眺める二人の女性がいた。
白金騎士の鎧に身を固めたエミリアと、バージニア王国騎士の服を着たイザベラであった。
イザベラはロゼの強い意向を受け、特別にロゼを守る護衛としてバージニア王国に留まることを許された。
二人は肩を並べるようにして立ち、ロゼを見ていた。
「すごいな、ロゼ様は」
ポツリとイザベラが呟く。
それを聞いたエミリアがイザベラの方に顔を向ける。
「すごいって、何が?」
「あの歳で大人数を相手に、上手に対応されている。それも、嫌な顔一つ見せずに」
堂々とした振る舞いをするロゼに、イザベラは感心をする。エミリアも、普段のロゼを知っているので、この変わりぶりには毎回感心していた。
パーティーの方は大いに盛り上がりを見せ、このまま上手く行くかに思われた。
だが、唐突にそれは現れた。
がしゃ、がしゃ、と、金属の鎧が擦れる音が微かに聞こえてくる。
次第にそれは大きくなり、会場の者達が気づき始める。
幾人かが音のする方へ視線を向けると、パーティーの会場にそれは現れた。
その姿を見た者は驚きを隠せなかった。
パーティー会場に現れたのは、獅子の鬣のように荒々しい黒の長髪を持ち、見る者全てが恐れおののきそうな鋭い目付き。派手な金色の鎧に身を包み、右手の指には大粒の赤い宝石を嵌めた指輪を身につけていた。
その圧倒的な存在感、思わずひれ伏してしまいそうなカリスマ性。その若き男は正に王の逸材。
「ら……ランフォード王!」
パーティーの参加者である初老の男が、震えるような声でその名を呼ぶ。
その言葉はあっという間にその場にいる全員に伝播し、ざわめきとどよめきがその場を支配する。
イグダスの王ランフォード。全く予期していなかったとんでもない大物の登場に、全員が注目する。
ランフォード王の登場は、皆の話題を全てかっさらう。そして、ランフォードの両隣には異彩を放つ護衛が二人存在した。
まるで城塞を彷彿させる真紅の鎧に全身を固めた、大柄な人間と思わしき人物。その兜は目の位置に当たる部分にスリットが入っている以外、全て覆い隠され、額からは一本の角が天をも貫く勢いで反り立つ。背中にはゲオルグの大剣に勝るとも劣らない大きさの金棒を所持していた。
エミリアは一目見て、あれがベルナルド・ゼクトールだとわかった。
(……成程ね、流石は「鋼鉄の一角獣」とか呼ばれるだけはあるわ)
実物と対面して、初めてエミリアはベルナルドから放たれる圧力を実感する。その気配だけで実力は生半可なものではない事だけは直ぐに理解できた。
ベルナルドと反して、もう一人の護衛は黒い布で目隠しをした奇妙な若い男。
マントで全身をグルグルに巻いており、腕をマントの中にしまい込んでいる。これに関しては強いというよりも、奇天烈な印象をエミリアは受ける。
周囲に緊張が走る。
現れたランフォードは脇目も振らず、一直線にロゼのもとへと歩いてくる。その進路上にいる者たちは、慌てて道を開ける。
目の前までやってきたランフォードに対し、ロゼはドレスのスカートの端を持ち、優雅にランフォードに会釈をする。
「お会いできて光栄です、ランフォード王。今日はどのような御用件で?」
「お前を祝いに来た。ルリアン王のご息女」
思いもよらぬランフォードの言葉に、仰々しく口元に手を当て驚きの表情を見せるロゼ。
「まぁ、それはそれは……このような誕生会に、わざわざランフォード王が直々にお祝いしていただけることを、嬉しく思います」
ランフォードの祝辞を聞いた周囲の人々も、安堵の溜息を漏らす。重い空気が漂い始めていたので、それを打ち消すものと思っていた。しかし。
「……それで、本当はどのような御用件でしょうか? ランフォード王」
ロゼの一言が、弛緩していた空気を一気に張り詰める。
ただでさえ気難しいランフォードの精神を逆なでするような発言に、ランフォードの表情が不快なものになる。
「何だ、俺が祝いに来た事が不服か?」
「とんでもありません。ですが、それはあくまでついででしょう」
「その根拠、聞かせてもらおうか?」
ピリピリと一触即発のような緊張感に包まれた二人。それに対して、周囲の参加者は勿論、バージニア王国騎士達も動揺していた。
「まず、参加の連絡が無かった事です。ランフォード王程の方がいらっしゃるのであれば、こちらもそれ相応のもてなしという物があります。そして、その衣装。パーティーに参加されるというにはあまりにも考えにくい。この二つが私の根拠にあたります」
ロゼの堂々とした物言いに、周囲の客が小声で話し始める。
彼等はランフォード王相手に怯むことなく向かって話すロゼに、感服していた。
その周囲にランフォードは一瞬目配せした後。
「クックッ……ハァッハハハ!」
豪快に笑い始めた。
突然のランフォードの行動に皆が困惑する。
「中々食えん奴だな、小娘。俺を利用するとは」
「…………」
「まぁ、いい。祝いの席で水を差すような事はしない……ところで、ルリアン王の姿が見かけないようだが?」
「――――――っ!」
ランフォードの言葉の意図を瞬時にロゼは理解した。
「自分の娘の祝いに、姿を見せないという事は無いだろう。だが、見た所その姿がみられないように思えるが?」
ん~? と、首を左右に振ってルリアン王の姿を探すランフォード。
ランフォードの言葉を聞いた周囲の参加者達も、今頃になってその事態に気づく。
「そういえば、確かにルリアン王の姿が見られない……」
「一体どこに居るんだ?」
ざわめき始める参加者達。
ロゼの表情にどこか焦りの色が見られる。
(やはり、これが目的だったのですね……ランフォード王)
ざわめきは一層大きくなりつつあり、終いにはルリアン王を呼ぶ声も上がり始める。事態の収拾がつかなくなりそうな気配が漂い始めた時。
「――――儂を呼んだかね?」
筋の通った声が中庭に響く。
皆がそちらに振り向くと、城の方から王冠を身に付け、赤い外套を翻しながら一際目立つ存在感を放つ、白髭を垂らした老人が歩いてくる。その傍らには白金騎士であるアシュフォードを連れて。
「お……お父様!」
ロゼが声を挙げた。
ルリアン王を見たランフォードは、その鋭い目付きが一瞬だけ、幽霊でもみたかのように眼が大きく見開いた。
ルリアン王はしっかりとした足取りで、ゆっくりとこちらに近づいてくると、ランフォード王に対峙する。
「……お久しぶりです、ルリアン王。お元気そうで何より」
ロゼと話していたときのような挑発的で高圧的な物言いは鳴りを潜め、礼儀正しい言葉であった。
ルリアン王はランフォードの言葉にしっかりと頷く。
「お主も元気そうだな」
「はい。イグダスは昔に比べれば安定しているとはいえ、まだまだ不安定な状況なのは変わりません。もし、自分の身に何かあれば、寝首を掻かれるやもしれませんので、人一倍身体には気を使っておりますよ」
「そうか。何かあれば遠慮なく言ってくれ。儂は勿論、このロゼもいずれ国を背負って立つ身、きっと力になってくれるであろう。よろしく頼む、ランフォード王」
ハッ! と、頭を僅かに下げて返事をするランフォード王。そして、ルリアン王はランフォードに対して、手を差し出し握手を求める。
その時、ロゼはランフォードの表情を見逃さなかった。
差し出されたルリアン王の手を見たランフォードが、微かに笑みを作る。その笑みは明らかに性悪な感情を含めた笑みであった。
差し出されたルリアン王の手をしっかりと握るルリアン王。その光景を見た参加者達からは拍手が沸き起こる。
握手を終えたランフォードは、直ぐに踵を返す。
「何処に行かれるのかな、ランフォード王」
「ルリアン王のお元気そうな顔を拝見できた事で、忘れていた用事を思いだしました。心苦しいですが、イグダスに帰ろうと思います」
「……そうか、それは勿体ない」
「では、失礼いたします」
おい、と護衛の二人に声をかけるとランフォードはその場を去っていく。
ランフォードが立ち去った後、所々から溜息が漏れ始める。ただ、その場にいるだけでそれほどの
「今日は私の娘ロゼの為に沢山の参加、心より感謝しております。今日は存分にお楽しみください」
愛想の良い笑顔を見せ、周囲の参加者にルリアン王が声をかける。その声に反応しておー! という掛け声が漏れる。
再び参加者達に活気が戻り、ロゼの誕生会は盛り上がりを見せる。
笑顔を見せるルリアン王を、心配そうな表情でロゼが見る。
「さて、儂は城に戻る。後は任せたぞ? ロゼ」
「……はい、お父様。無理なお願いを聞いて頂きありがとうございました」
ぽん、とロゼの頭に手を置き優しく撫でた後、ルリアン王はアシュフォードを連れて再び城へと戻っていく。
緊急の事態に備え、直ぐに出られるよう構えていたエミリアが、息を吐く。
「何とかなったわね。とりあえず、恐れていたような事態は免れたわ……イザベラ? どうしたの? ぼーっとして」
間の抜けたような顔で目の焦点が定まっていないイザベラに声をかけるエミリア。声を掛けられてようやく息を吹き返したように、イザベラは身体を動かした。
「ああ、すまない。ちょっと気になった事があって」
「気になった事?」
「ええ。さっき、ランフォード王が私の方をジッと見てたような気がしてな」
「あれが? 気のせいでしょ?」
「……そうだな。気のせいだろうな」
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