~幕間~ ランフォード王

 夜も更けてきたが、バージニア王国では未だ歓喜と熱気の渦に包まれていた。

 一年に一度の誕生祭。皆が自分の事のように喜び、分かち合う。

 街では酒場も開いている時間帯。アルコールが入った事で、タガが外れた民衆は祭りを一層盛り上げるが、限度を超えてあちこちで揉め事も増えてくる。

 城で開かれている王女主催のパーティーは、節度を守った盛り上がりを見せる。

 王女は分け隔てなく万人に接しながら、将来を見据えて人間関係の向上に尽力していた。


 そんな幸せの絶頂に包まれるバージニア王国から、武装した集団に囲まれた物々しい雰囲気の馬車が離れていく。

 人を乗せる部分は、ウェイン達が使うような幌の馬車とは違い、窓と扉が備えられた頑丈な鉄の箱。中の構造は最低限で、部屋のように広い空間と、天井から吊るされたランプ。窓は中を伺い知る事が出来ぬようカーテンを敷かれていた。そして、腰掛ける部分が前と後ろにある。

 前には足を組んで座るランフォード王。後ろには護衛として付き添っていたマントを着て目隠しをした男が座っていた。

 腰かけると、自然と二人は向き合う形になる。


 バージニア王国を出てから、一時間以上馬車は走り続けた。

 その間、部屋の中では一切の会話の無い沈黙が続き、重い空気が流れていた。

 この沈黙は永遠に続くかと思われた時。



「もういい。口を開いても構わんぞ」



 ランフォードがそう伝えると、マントを着た男は大きく息を吐いた。



「いやぁ、ほんま疲れましたわ。一言もしゃべるな言われた時はもう、僕死ぬかと思いましたわ。それに、あの会場ではえろぉ豪華な食事がわんさか出てたのに、一つも食べず帰る、何ておっしゃった時はもう、仰天。すこしぐらいゆっくりしても良かったんちゃいますか? ああ、勿体ない」



 途端、早口でまくしたてるように言葉を次々と放つマントの男。

 ランフォードの命令で口を閉ざしていたが、元来の彼は喋りたがりであった。



「その独特な口調を何とかしろ」

「これはもう生まれた時からなんで、無理ですわ。それに……」

「何だ?」

「こういう口調やと、相手も勘違いしてくれますからねぇ。結構、得なんですわ」



 にっ、と歯が見えるほど大きく笑うマントの男。



「それで? 僕におしゃべりの許可を出したちゅーことは、なんか話、あるんでしょう? ランさん」

「お前の意見が聞きたい。あの小娘はどう「視」えた?」

「姫さんですか。あの、滅茶苦茶可愛いですわ。もし、おしゃべりさせてもらえてたなら、少しお近づきになりたかったですわぁ。いやぁ、勿体ない」



 はぁ、とがっくりと肩を落として残念そうにするマントの男。

 ランフォードはマントの男から下らない与太話を聞かされても、怒る事無く無言で聞いていた。



「それで他には?」

「中々のやり手、だと思いますねぇ。噂によると、家臣の言う事も聞かず、街に遊び惚ける愚かな姫、と聞いてましたが……やっぱり噂は噂ですわ」

「同感だな。あの小娘、俺が来ることを察知していたのか、驚いた様子は微塵も無かったな」

「せや。あれはやっぱり、分かってたちゅうことですかね?」

「だろうな。しかも、このオレを出しに使う事まで考えていたとはな」



 チッ、と忌々しげに舌打ちをするランフォード。不愉快と言わんばかりに顔をしかめて眉を顰める。



「だし、ですか?」

「あの時オレに向けて挑発じみた言葉を使っていただろう。あれは、他の奴らから見た自分のイメージを変える為だ。あの小娘は王女の肩書はあっても所詮ガキ。そのイメージを払拭するために、俺にあえてあのような挑発じみた言葉を投げかけたのだ。見ていた他の奴らは小娘に対する見方を変えるだろう」

「はぁ、成程。上手く利用されたっちゅう訳ですな」

「だが、甘く見ていたというのはオレも同じだった。あの小娘、思っていたよりも厄介な奴かもしれん。流石はルリアン王の娘と言った所か」

「ルリアン王! ルリアン王に関しては意外っちゅうか、驚きでしたわ。もう、死にかけって聞いてたのに、ぴんぴんしてますやん。折角、こうしてはるばる確認しに行ったのに、無駄足でしたな」



 ランフォード達の目的はルリアン王の噂の是非であった。

 しばらく身を隠していたルリアン王に関しては遠くイグダスでも生死の噂が絶えなかった。

 使いの者をだしたとて、ルリアン王は出てこないだろう。そう、踏んだランフォードは王女の誕生祭を利用してやってきたのだ。

 だが、ルリアン王は姿を現し、その噂を否定した。収穫は何もなかったかに見えた……が。



「いや、ルリアン王は半死人だ」



 ランフォードは言い切った。



「それ、ほんまですか? 顔色も全然健康そのものでしたで? その理由は?」

「手だ」

「手?」

「確かにあの時のルリアン王の顔は健康そのものに見えたが、化粧か何かで誤魔化していただけだな。その証拠に、握手する際に見た手は蒼白で小刻みに震えていた。おそらく、立っているのもやっとだったはずだ」

「そこまでして姿を出した理由は?」

「悪い噂を一蹴する為だろうな。あの場にはグラフォートの客もいた。未だルリアン王は健在、健康をアピールすることにはうってつけだっただろう」

「やったら、ルリアン王は長くない?」

「おそらくな。あの小娘は意外だったが、ルリアン王さえいなくなればどうとでもなる。ルリアン王にあってあの小娘には致命的なものがある」

「カリスマ……でっか?」

「そうだ。ルリアン王は王国に対する貢献と実績があり、強い王としてのイメージがある。それは、戦いにおいて兵を指揮するには絶対に必要なものだ。だが、あの小娘が上に立つとなれば、どうなるか。足元がおろそかな軍勢などに、オレは負けん」


「せやけど、そう上手く行きますかねぇ?」

「どういう意味だ?」

「あの会場にいた中で、中々手練れの者も視ましたわ。特に、あのルリアン王の横にいた男……あれは注意した方がいいかと思いますわ」

「お前がそこまで言うのは珍しいな」

「気配がちゃいますからね。あれは目的のためなら非情になれる男だとおもいますわ。あの姫様とは真逆で、躊躇いなく……」



 自分の首に手刀を入れるジェスチャーをするマントの男。



「成程。他にはいたか?」

「強いて言うなら、女二人。白い鎧を着た女と、その横にいる褐色の女ですかね」

「……カナンの女か」

「カナン? 何か聞いたことある言葉ですけど……なんでしたかね?」

「イグダスに住む民族の一つだ。褐色と白髪が特徴で、誇り高き民族だ」

「誇り高い? ちゅーても、あの女イグダスを裏切ってバージニアに行ってる時点で誇りも何もあったもんちゃいますか?」



 けたけた、と笑うマントの男。しかし、ランフォードからの視線に気づく。

 無言の圧力。ランフォードが快く思っていない事に気づいたマントの男は笑う事を止めて咳払いを一つした。



「な、なんでおるんでしょうね?」

「さぁな。しかし……」



 何かを言いかけてランフォードは言葉を飲み込む。まるでそれを口にすることを躊躇ったように。



「どないしました?」

「いや、何でもない。それよりも、イグダスに戻った後の事だが……お前にはやってもらいたい仕事がある」

「人使い荒いですなぁ。せやけど、この時期にやる事なんて事は……グラフォートのことちゃいますか?」

「察しが良いな」

「まぁ、行けと言われれば行きますよ? 今度は美味い飯にありつけそうですから」






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