第35話 バージニアの王女編 35
電光石火の決着に、観客達の興奮は収まらない。
一体何が起こったのか理解できず目を白黒させる者や、たった一撃で鎧の男をねじ伏せたウェインの実力に驚き、感心する者もいた。
皆、口々にウェインに対しての賛辞の言葉を漏らす。それを聞くと、まるで自分の事のように、ニーネは嬉しく思っていた。
男は忌々しくウェインを睨む。
だが、正攻法で敗れたのだから、言い訳はできない。敗北を認めざるを得なかった。
しかし、男は敗北のショック以上に、ウェインの事が気になっていた。
(このガキ、一体何者だ?)
素人ではない事は先程の腕前を見れば分かる。しかし、この若さで自分よりも剣の腕が立つというのは余程だと男は感じていた。
「おい、ガキ……聞きたい事がある」
周囲に聞かれぬよう、ぼそぼそ、と小声で男が話しかけてくる。
「何だよ?」
「お前は、俺を殺す気だったのか?」
ウェインの一撃を受けた手は未だに痺れが取れない。もし、自分の頭にアレを受けていれば、と思うとぞっとしていた。
「まさか。これっぽっちも考えて無かったよ」
「頭で受けていたら死んでいたかもしれないのにか?」
「オッサンの腕を考慮してたからね。あれぐらいなら、受けきれると思ってね」
あれぐらい、と、ウェインは言うが、男にとってそんな簡単な攻撃では無かった。
反応が一瞬遅れていれば、頭蓋が割れていたかもしれない。反応できたのは、運が良かったとさえ男は思っていた。
(えらい奴に喧嘩を売っちまったな……)
最早ウェインに対して逆らう意思を男は失っていた。
「とんだガキだな、お前は」
「どうも。約束は守ってくれるんだろ?」
「分かってる。ただ、一つだけ聞かせてくれ、お前の名前は?」
「ウェイン。ウェイン=ルーザー」
「ウェインねぇ……聞いた事無い名前だ。負けたよ」
そこで話を終わらせると、皮鎧の男はニーネの前で地面に膝を突き、頭を下げて落額をこすりつけた。
「すまなかった! 俺が悪かった!」
潔い謝罪であった。
それに対して笑う者はおらず、皆が拍手で迎え入れる。ニーネも男に対して顔を上げるように言葉をかける。
「わ、私は大丈夫です。その言葉を聞けただけで十分です」
男は顔を上げ、立ち上がると、もう一度頭を下げて謝罪の意を表す。そして、振り返ってウェインの方を見る。
「これで良いか?」
「ああ。だけど、こんなにキッチリ約束を守るとは思わなかったな」
「ぎゃんぎゃん喚いた所で恥をさらすだけだ。それと……」
皮鎧の男は子供のいる方へと向かい、籠から幾つかのお金を拾い上げる。それを持って男はウェインからもらった皮袋とそれを差し出す。
「何だよこれ?」
「二万オーラルだよ。一撃当てたんだ、そういう約束だっただろ」
「……悪いけど、それは受け取らないよ」
「何だと?」
「俺が約束したのは、ニーネに対しての謝罪だけだ。そこに賞金は含まれてない。あ、俺のお金は返してもらうけどね」
ウェインは男から自分の金銭が入った皮袋だけを受け取り、足早にニーネの方へと駆け寄ると、その手を引いてその場から走り去っていく。
「お、おい! お前――――」
皮鎧の男が声を掛けた時にはウェイン達の姿は小さくなっていた。
二人は更に街の奥へと進んでいく。やがて後ろを振り返り、観客達や皮鎧の男の姿が見えなくなったのを確認すると、立ち止まった。
「ここまでくれば大丈夫だろ……ニーネ、大丈夫?」
「う、うん……平気」
だが、その言葉とは裏腹に表情には辛さが見える。彼女はウェインと違い、普通の女性なので、当然といえば当然である。
「無理やり連れてきてごめん。ちょっと休憩しようか……ん?」
唐突にウェインは自分のした行動に気づく。
無意識のまま、ウェインはニーネの手を取ってその場から立ち去っており、今、こうして自分がニーネの手をしっかりと握っていた。
意識してしまうと、ウェインは途端に恥ずかしさがこみあげてきて慌ててその手を離した。
「ご、ごめん! 勝手にこんな事して! そ、そのワザとじゃなくて、でも繋ぐのが嫌なわけじゃなくて……ああ、えっと」
わたふたと弁明するウェイン。
ニーネの手を繋いだことも無かったウェインだから当然といえば、当然である。
自分自身、無意識のうちにこれほど大胆な行動をとった事に動揺してしまっていた。
ニーネが自分の事を嫌いになってしまっているのではないか、と頭の中で後悔と罪悪感がいっぱいになっていた。
「わ、私は大丈夫だよ……その」
ちらり、とニーネはウェインの顔を見て。
「ウェインの方こそ、私と手を握ってイヤじゃない?」
「いやじゃない!」
即答だった。
それを聞けたニーネは頬に紅が差し、恥ずかしくて俯いてしまう。その反応に、ウェインの心臓はこれ以上ないほど高鳴っていた。
(これ、ひょっとしてもう一度手を握っても大丈夫なのでは?)
ウェインも下心が無いわけでは無い。
元々、この祭りの目的はニーネとの仲を進展させるものである。意を決してウェインはニーネの手をもう一度繋ごうと伸ばす……が。
「こんな往来のど真ん中で、何突っ立ってるんだ小僧」
背後から聞き覚えのある声がする。
振り返ると、そこには黒い甲冑を着た眼帯の男。その奇抜な姿をウェインは忘れるわけもなかった。
「眼帯のオッサン!?」
その姿は冒険者ゲオルグだった。
ゲオルグは甲冑を身に着けていたが、その背中には彼の象徴ともいえる大剣がこの日は無かった。
その代わり、ゲオルグの隣には見慣れぬ女性がいた。
長い金髪を一つに纏め、馬の尾のようにしなやかなで流麗。眼鏡を掛けた知的な印象を受ける女性。地味な色合いの服を着ていながらも、その美しい体型が嫌でも目を惹く。
「久しぶりだな、小僧」
「久しぶり……って、良く覚えてたね俺の事。すっかり忘れてるかと思ったよ」
「そっちの女はお前の彼女か?」
ゲオルグがさらっと訊ねると、ニーネは顔を赤くして「か、彼女」とその言葉を連呼して固まってしまう。
「ああ、いや! その、何ていうか! まだその……そ、それより! オッサン何してんだよ!」
「何がだ?」
「何がだ、じゃないよ! 今日は確かレーゼさんとのデートだろ? そんな綺麗な女性を連れてレーゼさんに会ったら、大変な事になるぜ?」
「ああ……その事か。それなら心配はいらん」
「どういう意味?」
「こいつが、エミリアだからだ」
へ? と、素っ頓狂な声がウェインから漏れる。
「ちょっとショックだなぁ。私の事全然気づかないんだから少年君」
くすくす、と笑うゲオルグの隣に居る眼鏡の女性。
その声は紛れもなくエミリアであった。
「ま、まさか……レーゼさんなの!?」
「そうよ。驚いた?」
「驚いたも何も、別人……」
髪型と眼鏡を掛け、服装は街の住民に合わせて地味な色合いの服とスカート。ただ、それでも違う容姿の美しさを持っていた。
「少年君も、今日は彼女とデートかな?」
「え! あ、いや、その……まだそこまで……」
ごにょごにょ、と言葉を濁し、赤面するウェイン。
「あー、この感じだと、あまり期待できそうにないわね」
「何か言いましたレーゼさん?」
「いえ、別に。今日はエルーニャさんいないの?」
「ええ。師匠は家で寝てますよ。何か用事でも?」
「いや、実はね……エルーニャさんのかけた呪いについて相談したかったんだけど」
「あの呪いの事ですか。あれからどうなりました?」
「ダメね。正直、お手上げ」
大きな溜息と共に、エミリアは肩を竦めた。
「城に仕えている魔法使いの連中には無理だったわ。私達には手に負えない代物だって事が分かったから、エルーニャさんにお願いする以外ないかなって」
「だったら諦めた方が早いですよ。うちの師匠が解除するとは思えません」
「やっぱりそうか。折角の手がかりなんだけどなぁ」
「カナンの女性はどうされたんですか?」
「彼女の処遇については大丈夫。今は王女の傍に居るわ」
「何か情報は?」
「残念だけど知らないみたいね。後は――――」
「エミリア、そこまでだ。こんな人通りの多い場所で話す内容ではない筈だ」」
ゲオルグに注意されて言葉を飲み込むエミリア。
「ごめんね、これ以上話せないわ少年君」
「いや、別に良いですよ。もう俺には関係ない話ですから」
「確かにそうね。二人のデート邪魔して悪かったわ」
「そういう、エミリアさん達もデートでしょ?」
ウェインが訊くと、何故かエミリアの表情が渋くなる。
「その、筈なんだけどね……まぁ、何というか」
「エミリア、先に行くぞ」
エミリアを置いて歩いていくゲオルグ。慌ててエミリアはゲオルグの後をおいかけるように早足で歩く。
「大丈夫かな? あの二人」
少し心配にはなったが、今はニーネと一緒に居る事をウェインは優先した。
♦♦♦
ウェイン達と別れたエミリアは、ゲオルグと肩を並べて歩いてた。
二人はあの時の約束通り、デートをしていた。
ウェインとニーネのような初々しさや、ぎこちなさはまるで無く、連れ添って歩く二人の姿は堂々としていた。
エミリアは横に居るゲオルグの顔を見る。
破格の大金と引き換えに手に入れたエミリアとのデート。それだというのに、ゲオルグは仏頂面のままで歩いており、エミリアとしてはまるで面白くなかった。
(折角付き合ってあげてるのに、少しは楽しそうな顔しなさいよ)
行き交う街の人間の中には、恋人同士で歩いている姿を見かける。
手を繋いでいる者がいれば、腕を絡ませて歩く男女の姿。普段なら別に気にしないエミリアであるが、この時ばかりは苛立ちを見せる。
(私の方から手を繋ぐとか、腕を絡ませるのは簡単だけど……それじゃあ、まるで私の方がゲオに対してあからさまな好意を見せてるみたいで、下手に出てる感じが否めないわ)
ゲオルグの方から自分にアプローチを掛けてくる方向に持ってこよう、とエミリアは画策をする。
「あ、見て!」
気を惹こうと、エミリアはワザとらしく大きな声で指さす。
指差した方向には、四人の旅芸人の姿があった。
各々が三角帽子を被り、笛や弦楽器を用いた演奏を奏でていた。誕生日を祝うということを考慮してか、その音色は楽し気で陽気な物であった。
音色に惹かれて街の人間も立ち止まって耳を澄ませる者も多数いた。
「ちょっと聞いていきましょうよ」
エミリアはゲオルグの腕を引っぱり、強引に誘う。
だが、ゲオルグの反応は淡白であった。
「いや、やめておく」
エミリアの腕を払い、前進するゲオルグ。その態度には、流石のエミリアも怒りを覚えてしまう。
前進するゲオルグに追いつくと、声を荒げた。
「ねぇ、ちょっとどういう事? 折角の祭りなのに、ゲオは一切楽しまない気なのかしら?」
「十分に楽しんでいるさ」
「祭りの出し物に目もくれず、ただこうやって歩いているだけで楽しんでいる? 冗談でしょ? 私は全然楽しくないわ」
「何故だ?」
「アンタのせいでしょ! 一体、何時まで歩き続けてる気なのよ! 何処か目的があって歩いているんでしょうね!」
がー! と、まくし立てるようにエミリアは声を出す。
エミリアの言葉が効いたのか、ゲオルグは不意に足を止めた。
「どうしたのよ? ようやく、言うことを聞く気になったのかしら?」
「ここだ」
ゲオルグは横にある建物を見る。つられてエミリアも見ると、そこには大きな二階建てのレンガ屋根の民家があった。
その民家の扉を、ゲオルグは自分の家のように我が物顔で開けて入っていく。
「ちょ、ちょっと!」
ゲオルグの後を追って民家に入るエミリア。
中に入ると、小奇麗な空間が広がっており、家具などはほとんど見当たらない。
ただ、部屋の中央に木のテーブルに椅子が三つあり、その一つに人が座っていた。
その青い服装と顔に、エミリアは覚えがあった。
「貴方は……ロイ・ハワード?」
「久しぶりだね、王国騎士のお姉さん」
やぁ、と軽く手を挙げて返事をするロイ。
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