第26話 バージニアの王女編 26

 雰囲気が一変し、今までとは明らかに違う気配がエルーニャから漂う。今まで何の反応も示さなかったエルーニャが、初めてになった。



「私はな、売られた喧嘩は買う主義だ。但し、支払いはそっち持ちだがな」

「それって師匠……」

「私がやる。異論はないな?」


 

 流し目でウェインを見るエルーニャ。ウェインは頻りに何度も頷く。

 


「よろしい。では、お前は下がっていろ」



 言われた通り、ウェインはその場から離れて後方で待つエミリアとゲオルグの下へと戻ってくる。



「ちょっと、エルーニャさん一人にして大丈夫なの?」



 帰ってきたウェインに、心配そうに訊ねるエミリア。



「その点に関しては心配ないですよ。俺より全然強いので」

「初めて対人戦する少年君と比べてもねぇ……あの人がタダ者じゃなさそうなのは分かるけど。エルーニャさん、魔法使いなのよね?」

「そうですね。まぁ、信じられないぐらい強いですよ」

「どのぐらい?」



 エミリアに聞かれ、腕組みをして「うーん」と悩むウェイン。

 ふと、視線の先にエルーニャの背中が目に入る。

 背丈が高く、蒼い長髪を靡かせる綺麗な女性の後ろ姿。常人にはそう見える。

 だが、ウェインには違った。

 背中越しに伝わる異様な気配と緊迫感。その圧倒的存在感は、この場において絶対的な存在であることをウェインは再認識する。



「まぁ、少なくともこの場にいる誰よりも強いと思ってますよ」

「……へぇ、でかい口叩くじゃない少年君。身内には甘いわね」



 ウェインの頭に手を置き、わしゃわしゃとその髪をかき乱す。エミリアは少々その意見に不満があったようだ。



「そうだ、ゲオはどう見る? あのエルーニャって人。熟練の冒険者である貴方から見て、どれぐらい強いか意見を聞かせて……ゲオ?」



 横に居るゲオルグに訊ねるが返事は無い。

 その視線はエルーニャの方に向けられていた。言葉なく、ただ真剣な表情でエルーニャの方を真っすぐ見る。

 その表情かおを見たエミリアは一瞬見惚れてしまう。直後に頬を膨らませてムッ、とした後、指でゲオルグの頬をつねる。



「ちょーっと? 聞いてますかぁ?」



 頬をつねられたゲオルグは、エミリアの方に注意を向ける。



「……何の話だ」

「だーかーら、エルーニャさんがどれぐらい強いか見立てて、意見が欲しいって言ってるの」

「強いだろうな」

「エルーニャさんが美人だからそう言ってるの?」

「何故そうなる。どの程度かまでは分からんが、あの女は強いぞ」

「へぇ、それはやっぱり美人だから?」

「……俺は何かお前の気に障る事をしたか?」

「別に。まぁ、エルーニャさんは私から見ても綺麗だし、ゲオが夢中になるのも仕方ないとは思ってたりもするわ」



 ふてくされたような言い方をするエミリア。しかし、当のゲオルグには全く思い当たる節が無いので、エミリアがどことなく不機嫌になっている事だけは感じていた。



「でも、私にはエルーニャさんがそんなに強いとはパッと見て感じないのよね。これでも、外見だけでおおよその強さは判別できると私は自負してるんだけど」



 ふふん、と自慢気にエミリアは語る。



「そうか。なら、ゴードンには勝てそうか?」

「正直きびしいと思うわね。勝てるとしたら、同じ魔法使いよりも私達のような戦士の方がまだ勝ち目はありそうだと思うわね」



 エミリアはエルーニャの強さに懐疑的であり、ゴードンの強さを知る人物。それゆえ、その勝敗に関してはどちらかと言うとゴードンの方に傾いていた。

 その意見に対して反論も肯定もせずゲオルグはエルーニャの方に再び注目する。

 後方の談話を余所に、ゴードンとエルーニャの睨み合いが続く。

 どちらも自分こそが格上であると信じて疑わない。その表情からは自信に満ち溢れていた。

 動きを見せたのはゴードンだった。

 横に居る王女を放置し、杖を突きながらゆっくりと前に二歩、三歩進む。



「敗北を恐れず儂に戦いを挑む勇気……いや、無謀さを讃えてやろう」



 進めていた足を止めるゴードン。

 相手との距離はかなり開いている。だが、それは魔法の射程としては十分すぎる距離であった。



「こっちはお前の安い挑発に乗ってやっているんだ。退屈はさせないでくれよ」

「言うに事欠いてそれか。ゲオルグや白金騎士ならばまだしも、貴様は何もしていない。あやつらに便乗しているだけであろう」



 ――――この女は弱い。

 自分から戦う事も参加する意思もまるで見せない。他の者に全て任せのうのうと戦いが終わるのを傍観しているだけ。

 故に、この女は戦う事を恐れている。

 それが、ゴードンから見たエルーニャに対しての見解であった。

 的外れな意見に対し、彼女は心底呆れていた。



「何を言い出すかと思えば……老いぼれの思い込みには付き合いきれんな」

「違うと言うのか?」

「当然だ。私が戦わない理由は至って簡単シンプル。戦う理由が無いからだ」

「戦う理由が無いじゃと?」

「この際だ、ハッキリ言っておいてやろう」



 エルーニャはゴードンの後ろに立っている王女を指さす。



「私は、そこの王女がどうなろうとどうでも良い」



 発言に対し、ゴードンはおろか味方にも衝撃が走る。

 皆が驚きの言葉を漏らした。



「ば、バカな! ではなぜおまえはここに居るのじゃ!?」

「成り行きだ。面白い事になっているから付き合っていただけであって、王女の身柄の安全など二の次だ。極端な事を言えば、死んでも構わんよ」

「エルーニャさん! それはあまりにも酷いわ!」



 耐えかねてエミリアが非難の声を上げる。だが、そんな言葉にエルーニャは耳を貸す気配は微塵もない。



「だから私はこの戦いに介入する気は全く無かった。だというのに、私の周りを飛び回る五月蠅い羽虫が存在するじゃないか」



ジロリ、とゴードンの方を見やる。



「視界に入ってくるのだから、叩き落さねばなるまい。完膚なきまでにな」



彼女はローブの中から本を取り出す。

パラパラパラ、と高速でページが最初から最後まで一通りめくれた後、バン! と、大きな音を立てて本を閉じた。



「さて……命乞いをする準備はできたか? 懺悔する言葉は選んだか? 精々いい声で鳴いてくれ」



女は薄気味の悪い笑みを浮かべた。









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