第27話 バージニアの王女編 27

 エルーニャの顔を見たゴードンは、強い衝動に駆られる。

 彼は今まで生きてきた中で様々な者と邂逅した。

 その中には当然悪人も含まれている。それこそ救いようのない程の悪もいた。

 しかし、目の前に居る女はそれ以上の悪人に思えてならなかった。



(何だ、この女は……)



 言い寄れぬ不安がゴードンを襲う。

 会話の中でゴードンはエルーニャという女を少しだが理解してきていた。



 ――――この女は一言で言えば「傲慢」である



 一国の王女の命をないがしろに扱い、この戦いを遊びと勘違いしているような節が見受けられる。

 そして、極め付けは先程の笑み。思い出すだけで身震いしてしまう。



(ああいう表情を見せる輩を幾度か見てきた。そのどれもが質の悪い性格の持ち主であったわ)



 その美しい外見とは裏腹に、その内面には茨のような棘が存在する。それをゴードンは確信した。

 一瞬気が怯むゴードンであったが、強気の姿勢は崩さない。



「小娘よ……その言葉そっくりそのまま返してやろう。お前は儂には勝てん、絶対にだ。なぜかわかるか?」



 ゴードンは持っていた杖をエルーニャに向ける。



「魔法使いの優劣を決めるのは、その技術と知識の蓄積だからじゃ。お前は魔法使いになって何年経つ? その容姿見れば10年が精々良いところ……それに対して儂は何年したと思っている? ざっと50年を越える」



 にぃ、と不敵な笑みを浮かべるゴードン。



「これ程長い期間、魔法の道を極めたのはそうそうおらぬ。世が世なら、儂は英雄になれたかもしれぬ逸材であるのだよ。そう、まだ魔王がいた戦乱の時代であれば……魔法の重要性を知る時代であれば――!」



 ぎりっ、と強く歯ぎしりを起こすゴードン。

 彼が言うには訳がある。

 世間からは天才魔法使いと称される程の腕を持つゴードン。

 だが、生まれた時代が悪かった。

 魔王は既にいなくなり、三国も穏やかな交流で平和を保っていた。

 したがって、時代は戦闘の技術としてではなく、生活の利便性を上げる事が重要となっていた。

 それゆえ、モンスターなどを相手にする以外での魔法使いという立場は非常に厳しいものとなっていた。

 魔法使いの第一人者として国王の側近として抜擢されたまでは良かった。しかし、魔法を使う以外ではこれといった才を持ち合わせておらず、王国内での立場は非常に苦しい。

 彼がこのような行動を起こした理由の一つに上げられる。



「小娘よ、思い知るがいい! 本当の魔法使いというのがどれほど強いのか!」



 杖の先から掌サイズの火球が現れる。

「カッ!」というゴードンの掛け声と共に、浮かび上がった火球がエルーニャ目掛けて飛んでいく。

 エルーニャはその場から動くことが出来ず、ゴードンの魔法が直撃する。

 火球はエルーニャに触れると、大きな炎の渦となってエルーニャを包み込む。

 激しく燃え上がり、エルーニャの身体は瞬く間に全身が炎に包まれて見えなくなる。



「見たか小娘! 儂ほどの魔法使いとなれば、炎魔法ファイヤーボール程度の魔法に詠唱など必要ないのだ!」



 両手を広げ、げらげらと笑い声を上げるゴードン。

 炎の勢いはウェイン達にも伝わる程大きいもので、熱風となって彼等を襲う。全員が炎に対して身構える格好を取り、凌いでいた。 

 轟轟と燃え上がるエルーニャの姿に、三人が心配そうにそれを見つめる。



「ちょ、ちょっと……死んだんじゃないわよね? エルーニャさん」



 火に包まれて姿を認識できない上、動きが無い。死んでいるのでは? と、エミリアが疑うのも無理はない。誰もが生存は絶望的と思われていた。

 未だに笑い声を上げていたゴードンであったが、彼は異変に気付き笑いを止める。



(……おかしい。何故、悲鳴が聞こえん?)



 ゴードンの炎魔法ファイヤーボールは着弾した相手を炎で包み込む。その熱さは金属をも溶かすほどの熱量であるため、如何なる相手でもその熱さから悲鳴を上げ、地面に倒れてのたうち回る。

 だが、目の前の女はどうか?

 立ったまま一言も声を発しない。こんな事は今まで一度として無かった。



「何だ? 笑うのは止めたのか?」

「――――!」



 炎の向こうからエルーニャの声が聞こえる。

 その声は炎に焼かれているとは到底思えないほど平然としていた。



「き、貴様! 平気なのか? その炎の中で!」



 驚愕するゴードン。

 炎の向こう側でエルーニャの影がゆらりと動く。人差し指を立てて、横に薙ぎ払うようにして動かす仕草が見えた。

 すると、あれだけ盛んに燃えていた炎が一瞬にして消し飛ぶ。そこから現れたエルーニャは火傷の痕はおろか、服すら燃えておらず、全くの無傷であった。

 その姿に敵味方共に驚く。

 エルーニャは煤を払いのけるかのように、自身の服をパッパと手で叩く。



「どうした老いぼれ? まさかこれで終わりか?」

「ほ、ほざけぇええ!」



 再び杖を構えると、今度は火球が二つ、三つと連続で放たれる。しかし、それらはエルーニャに当たる寸前何かの壁に当たったように雲散霧消してしまう。

 炎魔法ファイヤーボールが効かないと判断したゴードンは、次に雷魔法ライトニングを放つ。

 青白い光が稲妻となってエルーニャに向かうが、これも当たる寸前にぐにゃり、とあり得ない方向に変化して地面に当たる。

 思わぬ事態に、ゴードンは苛立ち、ギリギリと歯軋りをする。



「何故じゃ! 何故儂の魔法が効かぬ!」

「たかが炎魔法ファイヤーボールを詠唱無しで唱えれるだけで天才と称されるとは、この王国の魔法使いの腕もたかが知れているな」

「言わせておけば!」



 ゴードンは切り札を使う事を決めた。

 本来、腕の差を見せつけたい所であったが、それは叶わない。ならば、当初の予定通りここに居る全員を葬り去る為に用意した罠を発動させる事を決めた。

 持っていた杖を立て、ブツブツと詠唱を唱える。やがてゴードンの足元に魔法陣が浮かび上がる。



「貴様らをここにおびき寄せたのには訳がある。ここには儂が用意した大量の魔法の罠が設置してある。儂が一度合図を送れば、全方位から魔法が放たれるようにしてあるのじゃ!」



 ゴードンの言葉にウェイン達が首を回し、部屋全体を見る。



「もう遅い! そして、死ぬがよい――――解放ヴァルケ!」



 ゴードンの足元にある魔法陣が光を放つ。合図と同時に、部屋全体に何百と設置してある魔法陣から、魔法が放たれる――――筈だった。

 何も起こらない。

 これにはウェイン達はおろか、本人ですら意表を突かれていた。



「ど、どういう事じゃ……?」



 想定外の事に戸惑っていると、ゴードンは気付く。

 目の前に居る女が、性悪な笑みを浮かべこちらを見ている事に。

 


「どうした? 早く撃て。私は待ってやるぞ」

「き、きき、貴様……!」



 信じられない。信じたくなかった。

 こんな自分よりも遥かに若く、しかも女に自分の罠を見破られるなどと、ゴードンは絶対に信じたくなかった。

 


解放ヴァルケ! 解放ヴァルケ! ヴぁるけぇえええ!」



 やけくそ気味にゴードンは何度も叫ぶが、一向に発動する気配は無い。

 その無様な様子をエルーニャは、ニタニタと笑いながら眺めていた。



「発動はしないさ。部屋の罠は私が既に全部解除した」

「バカな! 一体何時気づいた! そして、何時解除したというのじゃ!」

「部屋に入った時から気付いていたさ。これだけ露骨に設置してあれば嫌でも気づく。後は貴様らが戦っている間、暇潰しに解除しておいた」



 エルーニャはゲオルグやエミリアが戦っている最中、横になって本を読んでいたが、あれは彼女が魔法の罠を解除する為であった。



「し、信じられん! この巧妙に隠した魔法の罠に気づいたなど!」

「何が巧妙だ。私からしてみれば雑すぎる」



 切り札を絶たれたゴードン。その表情には明らかに焦りの色が出ていた。

 杖を両手で大事に抱え、目を閉じて詠唱を呟き始めるゴードン。

 先程とは全く違い、長い詠唱を行っていた。完全に隙だらけだというのに、エルーニャはそれを待っていた。

 ゴードンの前方の空間に、光り輝く熱の球体が現れ始める。

 それは、彼が持つ中で最強の魔法であった。

 詠唱を終えて、ゴードンの目が見開く。



「くらえぇい! 熱線魔法ブラスター!」



 熱の球体は光の帯に形を変えてエルーニャに放たれる。

 熱線魔法ブラスター炎魔法ファイヤーボールよりも遥かに威力が高いもので、その威力は城壁をも容易く貫通する程。

 だが、その反面長い詠唱を必要とし、かなりの魔力を消耗する。ゴードンといえど、この魔法を使えるのはせいぜい数える程度であった。

 そんな殺傷光線を目の当たりにして、エルーニャは初めて動きを見せた。

 エルーニャの持っていた本のページがめくれ、それに手を乗せを呟いた。



「――――熱線魔法ブラスター



 呟きと同時に、エルーニャの眼前から光の球体が現れ、それは同じように光の帯となって放たれた。

 互いに放たれた熱線魔法が激突し合う。同じ魔法ならば、相殺される。しかし、結果は違った。

 エルーニャが放った熱線魔法はゴードンの物を一瞬にして貫いた。

 迫りくる熱線魔法に、ゴードンは腰を抜かしてしまう。それが功を奏し、間一髪避ける事に成功する。

 熱線魔法は、ゴードンの背後にある壁を貫通し、ぶすぶすと焦げた臭いを上げていた。

 九死に一生を得たゴードンだが、あまりの恐怖に尿を漏らし、履き物に染みを作っていた。



「ぶ、熱線魔法ブラスターを詠唱無し……じゃと?」



 ここに来て、彼は認めざるを得なかった。

 目の前に居る女は、自分よりも遥かに格が違う魔法使いであるという事に。
















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