第28話 バージニアの王女編 28
「なんともお粗末な。魔力の練り方、魔法の練度、共に未熟。これならば、私の弟子の方がよっぽどまともだな」
呆れた様子で本を閉じるエルーニャ。
敵からダメ出しをされ、失格の烙印を押されるという屈辱を与えられるゴードン。
彼にとってこの展開は予想外だが、それはエルーニャの後ろで観戦していたエミリアも同じであった。
あまりに一方的な戦い。そして、底知れぬエルーニャの強さに、エミリアは開いた口がふさがらずにいた。
「嘘……あの、ゴードン相手にここまで圧倒するなんて。エルーニャさんって、何者なのよ? 本当に人間?」
「いや、うちの師匠は人間じゃないですよ。ああ見えて、ハーフエルフらしいです」
ウェインがフォローを入れると、エミリアはまた驚く。
「ハーフエルフ!? え? でも、耳が尖ってないわよ?」
「そういう体質らしいです。他の人も良く間違えますね」
「へぇ……じゃあハーフエルフとかエルフは皆あんなに強いの?」
「いや、アレが別格すぎるだけだ」
エミリアの疑問にゲオルグが答える。
「そうなの? ゲオ」
「ああ。何度か敵としてエルフやハーフエルフとは戦った事があるが、あんな強さを持つ奴は一人としていなかった。それに……」
「それに?」
「奴はまだ手を抜いている。本気を出した時、どうなるかは想像もつかん」
更に強くなるぞ、とゲオルグは言う。エミリアは無意識に固唾を飲み込んだ。
半ば放心状態のゴードン。相手の圧倒的な強さに、歯をガタガタと震わせている。
(き、聞いておらぬぞ! こんな化け物がバージニアにおるなど!)
格が違う。
次元が違う。
目の前にいる女は、悪魔のような強さを誇る。
数回手合わせしただけで、ゴードンは勝ち目がないことを思い知らされる。
「お、女! き、貴様は何者だ!」
「先程言ったはずだが? エルーニャ・ウィンタリーだと。それよりも、そろそろ本気を出したらどうだ?」
女の言葉にゴードンは耳を疑った。
「ほ、本気じゃと?」
「ああ、そうだ。まさか天才と言われ、時代が違えば英雄にまでなる、と言われた人物が熱線魔法程度で終わりと言うこともあるまい。私が知らないような魔法を見せてくれるのだろう?」
ゴードンには返す言葉が無かった。
相手の底知れぬ強さ。その片鱗を垣間見た瞬間であった。
寄る年波には勝てない為、全盛期に比べるとゴードンも腕は落ちている。しかし、例え全盛期であっても、全く歯が立たないだろうと痛感していた。
(儂は夢を見ているのか? いや、幻か?)
悪夢のような現実に、眩暈が起こり呼吸が荒くなるゴードン。
相手の言葉から、未だ向こうは全力ではないという事実。
ゆっくりと近づいてくるエルーニャに対し、ゴードンは立ち上がる事が出来ずズリズリと座ったまま後ろへ下がる。
「ま、待て! 話し合おうではないか! 何が望みだ? 金か? 名誉か? 何でもくれてやろうではないか!」
手を突き出し、制止を求めるゴードン。
エルーニャはその提案を聞いて足を止める。
「何だ? あれだけデカイ口を叩いておいて、もう命乞いか?」
「ご、後生じゃ。全て儂が悪かった。こ、この通り!」
両手を前にだして地面につけると、頭を下げて額を地面にこすりつける。
このような無様な恰好をするのは本来相手の筈だった。
(なんたる屈辱……! だが、今は機会を伺うしかない。生きて帰れなければ、元も子もない!)
這いつくばって泥水を啜る気持ちでゴードンはエルーニャに命乞いをする。
「先程、何でも、と言ったな? 老いぼれ。その言葉に二言は無いな?」
その言葉に、ゴードンは顔を上げる。
相手がくいついた事に内心喜ぶ。
「お、おお! もちろんだ。何を所望する? 金か?」
「今の私が貴様に対して望むものはたった一つ。お前の命だ」
ひぃいい! と、恐怖に怯える声がゴードンの口から吐き出される。
ゴードンは敵に背を向け、よたよたと王女の方へと駆け寄ると、その背後に回り、王女を盾にする。大の男が取る行動とは思えないものであった。
「く、来るなバケモノ! 王女の命がどうなっても良いのか!」
あまりに滑稽な姿に、エルーニャから失笑が漏れる。
「一体何がしたいんだお前は?」
「は、ハッタリではないぞ! 王女には儂の呪いがかかっておる! 儂を殺せば、王女も死ぬぞ!」
その言葉を耳にしたウェイン達の表情に変化が現れる。
ウェインやエミリア、ゲオルグ達三人には危機感を露わにする。
「ゴードンの奴……! どこまでもクズになり下がったわね!」
エミリアの鋭い眼差しに怒気が帯びる。今にも剣を抜いてゴードンに切りかかりたい気持ちではあったが、現状彼女にはどうすることもできなかった。
そして、それは他の二人も同じであった。
三人が呪いに対して動揺と危機感を募らせる中、この女だけは別であった。
「ほぅ? 呪いか」
にやり、と悦に浸るような笑みが零れた。
エルーニャの思ってもみなかった反応に、ゴードンは困惑していた。
ゆっくりとエルーニャは王女の目の前まで近寄り、まじまじと見る。そして、エルーニャは王女の肩に手を置くと、くるりと半回転させて背中を向けさせる。
無造作に王女の服を腰辺りから持ち上げると、背中が露わになる。そこには白い肌には似つかわしくない小さな黒い紋様が施されていた。
「ふむ、成程……確かに。呪いが掛けられているのは間違いないな。これは術者に危害が及ぶとそれに連動するタイプだな」
「は……はは、ハッタリとでも思っていたか!」
「この状況でハッタリをかますほどの度胸の持ち主ならば、面白い奴だったのだがな。残念だよ」
「ぬかせぃ! さぁ、どうする! 儂を見逃せばこの呪いを解いてやらんこともないぞ! 王女の命が惜しかろう!」
王女の服から手を離したエルーニャは、後方で威張り散らすゴードンに目を向けた。ただ、見つめられただけだというのに、ゴードンはたじろぐ。
「老いぼれ、お前は一つ勘違いをしている」
「な、何?」
「忘れたのか。人間という種族は老いが進むと覚えている事を忘れるらしいが、早すぎるな」
エルーニャは感情のない声で告げる。
「私は、王女の命などどうでも良いと言ったのを忘れたか?」
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