第25話 バージニアの王女編 25
ボルボとイザベラが相手に負けるという結果すら、予定の中に組み込まれていた。いや、ゴードンにとってはむしろ、二人が死んでくれれば尚良かった。
最初からゴードンは全員を生かす気は無かったのだ。それは、味方も含めて。
彼はこの場で王女を除く全員を殺し、口封じをするつもりであった。
ここを選んだ理由は逃げ場がない直線の通路。そして、ここにはゴードンがあらかじめ仕掛けておいた魔法の罠がそこら中に仕掛けてあるためである。
ゴードンが一度命令を出せば、防ぐ事の出来ない量の魔法が全方位から放たれる。巧妙に仕掛けられた魔法陣は、優秀な魔法使いでも見破る事は困難だろう。
彼は周到な計画を練り、念には念を入れる用心深さがある。万が一、それでも殺せないような奴が現れた場合の事も考えていた。
それだけの魔法を浴びて生きていても、おそらくそれは虫の息であろう。だが、仮にそれでも自分を脅かすと思われた場合、最後の手段として――王女を人質にする。
ゴードンは誰の目にも見つからぬ時間に、王女に対して密かに「呪い」をかけていた。それは、自分の命が危うい時、王女にも自分と同じ苦痛を味わうという物。ゴードンの命が潰えれば、王女も死ぬ。
完璧な布陣を用いたゴードン。万に一つも負ける要素などあり得ないのだ。
ゴードンが何らかの策を持っている事には感づいていても、それが何なのかは流石にゲオルグもエミリアも看破は出来ずにいた。
「あのジジイが何をしようが関係ない。オレがねじ伏せれば良いだけの話だ」
「待って! 相手はあのゴードン・アドムなのよ? 幼少期から天才と謳われ、魔法の腕だけでのし上がってきた男。今は一戦を退いているとはいえ、バージニア最強の魔法使いとまで言われ、昔存在したとされる魔王討伐隊の一員にすら匹敵する強さを誇るとまで言われてる。その魔法の力量は侮れないわよ」
「なら、どうする?」
「私が行くわ。この鎧のおかげで魔法防御力は飛躍的に向上している筈。ゲオが行くより私が行った方がいい」
「女に連戦させて男が後ろで指を咥えていろと? そっちこそさっきの戦闘で傷は無いにしろ、体力が消耗しているだろう。オレに任せろ」
「……何か今の言い方カチン、と来たわ。私が女だから後ろに下がれって言うの? 大体ね、ゲオは何時も人の意見を聞かないわよね! あの時だって――!」
互いの意見のすれ違いから、口喧嘩が始まるゲオルグとエミリア。その激しさ故に、ウェインは仲裁に入ることなく、遠くからその喧嘩を傍観していた。
そんな何も行動を起こさぬ自身の弟子を見たエルーニャは。
「おい、弟子。何故自分から名乗りを上げん?」
「え? 何の事だよ師匠?」
「とぼけるな。戦った順番から言えば、お鉢が次に回ってくるのはお前だろう? ならば、あの二人に「あの老いぼれと戦うのは自分です」と言いに行けば良いだろ」
「あー、やっぱりそうなるよね」
何となく、そうなるだろうとウェイン自身も察していた。だが、先の二人の戦闘を見れば自分が出て行かずとも全てを終わらせてくれるだろうと期待していた。
「いや、もうあの二人に任せておけば全部大丈夫でしょ。俺の出番は何処にもないよ師匠」
ハハッ、と諦めに似た笑い。だが、そんな事をエルーニャが許すはずもなく。
「おい! そこの二人! 次の戦いに挑むのはうちの弟子にさせてもらうぞ。文句はないな?」
エルーニャの声に反応したゲオルグとエミリアは、喧嘩を止めてエルーニャの方を向く。ウェインは突然の事に慌てふためいていた。
「ちょっと、今の言葉は本気なのエルーニャさん? 相手が誰だか知っていて?」
「無論だ。あの老いぼれの雑魚だろう?」
エルーニャの言葉はゴードンの耳にも届く。ぴくり、とその白い眉が大きく動いた。
「正気とは思えないわ。あの、ゴードンを相手にするなんて。先の二人に比べれば接近戦は得意でない事は確かだけど、その魔法の腕は群を抜いているのよ? 下手すれば一瞬で丸焼きにされてもおかしくないわ」
「うちの弟子はそんなヤワな鍛え方をしていない。あの程度の相手が、丁度人間相手の初戦闘には持ってこいであろう」
「は、初戦闘!?」
エルーニャは嘘をついていない。
冒険者ギルドに所属している時はモンスターとだけで、エルーニャはハーフエルフなので人間とカウントしていない。人間相手というのはウェインは初めてになる。
その事実にゲオルグとエミリアが驚き、耳にしたゴードンの額に青筋が浮かぶ。
「気は確かか? 小僧」
「いや、俺に聞かないでよ。まぁ、師匠がやれって言うなら、やるけど」
「決まりだな。次の相手はうちの弟子……ウェインにやってもらう」
「勝てる見込みはあるの? 少年君」
「まぁ、うちの師匠よりも強くなければ大丈夫です」
ゲオルグとエミリアには、哀れむような目で見られながら見送られ、ウェインとエルーニャは戦いの場である、部屋の中心に足を運ぶ。
「待たせたな、老いぼれ。そういうわけで、こっちの弟子が相手だ」
「……どうも、弟子のウェインです。お手柔らかにお願いします」
礼儀正しく、一礼して自己紹介をするウェイン。だが、そのような行動全てが、ゴードンの怒りに油を注ぐようなことになっていた。
ゴードンは持っていた杖の柄で一度大きく地面を突く。
「……随分と舐められたものだな。バージニアにおいて最強の魔法使いといえば儂の名前をあげる人間も少なくない。希代の魔法使いであるゴードン・アドムを相手にそんなヒヨッコが相手だと?」
「ゴードンだかコットンだか知らんが、おまえのような魔法使いは知らん。私を差し置いて、最強を名乗るなど片腹痛い」
「小娘が……口だけは一人前か。貴様も魔法使いのようだが、儂からしてみればまだまだお前もヒョッコの域を出ておらぬわ」
「人間は歳をとると
「ぬかせ!」
エルーニャのからかうような言動に、ゴードンの怒りは最高潮に達しようとしていた。それを傍で聞いているウェインが一番の被害者であり、正直ウンザリしていた。
「では、後はまかせるぞ、弟子」
ウェインの肩を叩きながらエルーニャは言う。
踵を返してエルーニャはその場を離れようしたが、一度動きを止めた。そして、ゴードンの方を再び向く。
「おい、お前は有名な魔法使いらしいな? 確かか?」
「無論だ」
「ならば聞こう。それほど有名な魔法使いであれば、このエルーニャ・ウィンタリーの名を知っているだろう?」
「エルーニャ……ウィンタリーじゃと?」
一瞬、場が静まり返った後、ゴードンは肩を震わせ声を上げて笑いだす。
「何が可笑しい?」
「いや、これが笑わずにいられようか。小娘、貴様はおそらく自分の腕に自信があるのだろう。どれだけの人間を救ったのか、どれほどのモンスターを刈り取ったのかまでは知らん。しかし、たまにおるのだよ……まるで自分の名が知れ渡っているように、勘違いする奴が」
「つまり、私がその一人だと?」
「左様。お前の名など知らぬ。そんな事を貴様は他の者にも訊ねているのか? 誰一人として解答できた者がおったか? おらぬであろう」
ゴードンの指摘に何も言い返せないエルーニャ。それを横で聞いているウェインはゴードンの意見に同意するかのように何度も頷いていた。
「なるほど。所詮は耄碌した老いぼれか。私の名を知らぬほどの雑魚ならば用はない。弟子よ、この雑魚をさっさと片付けておけ」
自分の名前を知らないと分かると、あっさりと引き上げるエルーニャ。だが、ゴードンに痛い所を突かれた為か、どことなく苛立っている感じがウェインには分かった。
(これはさっさと決着つけないと、八つ当たりで叱られるパターンだな)
ウェインにとっては実にいい迷惑であった。
この勝負を如何に早く終わらせるために、どうやって立ち回ろうか、とウェインが思案していた最中。
「待て、小娘。あれだけしゃしゃり出ておいて、貴様はのうのうと引き下がっていくのか?」
「悪いが、私は最初から戦う気は無い。せいぜい弟子に叩きのめされていろ」
背中を向けたままエルーニャは答える。その声は非常に気怠そうであった。
それが、ゴードンの癪に障った。
「――――儂に臆したか、小娘」
軽い挑発。
それをさらりと受け流す事も彼女は出来ただろう。だが、この時ばかりは少し虫の居所が悪かったようだ。
その足を止め、ゆっくりと振り返る。
腰に手を当て、その眼差しには小さな火が宿っていた。今はまだ消え入りそうなほど小さな火が。
「何か言ったかな? 老いぼれ」
「分かっておるぞ。お前は儂と戦うのが怖いのだろう? 魔法使いとしての差を思い知らされれば、貴様のその自尊心は崩壊してしまう。故に、このような真似をする。これならばこやつが負けたとしても貴様は何の痛みもない。そう、貴様は弱者に対してでしか強気でいられない――臆病者だ」
エルーニャを指さし、更なる挑発を行うゴードン。
このような強気でいる理由は三つある。
一つ目は、自分が圧倒的強者である事を信じて疑わない。
二つ目は、今居るこの場所が自身に対して有利であるからだ。
そして、最後の三つ目。これが一番重要である。
――――彼は、エルーニャという人物がどういう人物なのか知らない為だ。
度が過ぎたゴードンの挑発は、エルーニャに灯っていた小さな火を大きくしてしまった。
「くく……ははっ、はーっはははは!」
エルーニャが大きな声で笑いだす。
天を仰ぎひとしきり笑った後、仰いでいた顔が戻った時ウェインはエルーニャを見て戦慄した。
瞳に宿る憤怒の色。そして、汚物をみるかのような完全に相手を見下したその目つきは、仲間であるウェインですら震え上がるような威圧感が伴っていた。
「老いぼれが……そんなに死に急ぐか」
彼は
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