第31話 バージニアの王女編 31
切っ先を向けられたエミリアの表情が強張る。
「どういうつもりかしら、ゲオ」
「こっちにはこっちの事情がある」
「本気で私と一戦交える気?」
「お前の返答次第になる。王女を城に連れて帰るのは俺だと言うのであれば、剣を納める気はある」
「……ひょっとして、ギルドの依頼の条件?」
「そうだ。フォックスから受けた依頼は『ギルドの人間が王女を救った場合、報酬を支払う。但し、他の者に先を越された場合、それは認めない』という物だ」
「つまり、私が王女を連れて帰ると、その報酬が無くなってタダ働きになってしまうって事よね?」
「その通りだ」
「ちなみに聞くけど、その報酬の金額って幾ら?」
「1億オーラルだ」
ゲオルグの口から出た途方もない金額に、ウェインは目を丸くし、ロゼやエミリアですら動揺するほどであった。
「はー、成程ね。通りで、王様から誰よりも先に王女を救出するようにって言われるわけね」
「そういう訳だ、俺に王女を譲れエミリア」
「そんな事を聞いて、ハイそうですか、っていくわけないでしょ。貴方の方こそ諦めなさいよゲオ。そんな馬鹿げた報酬を払うこっちの身にもなりなさいよ」
「お前の懐が痛むわけでは無いだろ」
「そんな金額払ったら、回り回って、私が貰う給金が減らされるに決まってるじゃない! 絶対に譲らないわよ」
不穏な空気。
互いの意見がすれ違い、どちらも譲らない。
「どうするエミリア? 俺は一戦交えても構わんぞ」
「これだから男は。女性に花を持たせようという考えは生まれないのかしら?」
「なら、貰った金で花を買ってやるさ」
「そんな花結構です。どーしても引かないわけ?」
「ああ。悪いが、王女は渡せんな」
一触即発のような空気。どちらも実力者とあって、激突すればただでは済まない。最悪、どちらかが死ぬこともあり得るだろう。
そんな状況に、ウェインは双方落ち着くように手振りを交えて宥める。逆に、エルーニャは今にも始まりそうな真剣勝負に目を輝かせていた。
最早二人の戦いは避けられないかと思った時。
「……わかった。ゲオに交換条件を提示するわ」
「交換条件だと?」
「ええ。王女を連れて帰るのは私。ただ、貴方が受け取る報酬に見合う対価を用意すれば文句ないでしょ?」
「お前にそれが用意できると?」
疑いの眼差しを向けるゲオルグ。
「まぁ、納得してくれると思っているわ」
「では聞かせてもらおうか? お前の言う、交換条件を」
皆、エミリアの次の言葉に耳を傾ける。そんな空気を払うかのように、ゴホン、と一度咳ばらいをするエミリア。
「三日後の誕生祭で、デートしてあげるわ」
にっこり、と笑みを作ってエミリアはそう言った。
沈黙。
皆、色んな意味で言葉を失ってしまい、エミリアに視線を集める。
「な、何よ? その、何か言いたげな視線は」
「いや、確かにレーゼさんは魅力的な女性だとは思いますよ? ですが……1億と引き換えと言われれば流石に……」
あり得ない、と言わざるを得ない。
誰もがそう思っていた。だが、この男だけは違った。
「……保証はどこにある?」
「おっさん!?」
条件を突っぱねるかと思いきや、交渉に乗り気なゲオルグにウェインは驚き、ゲオルグの顔を見る。
「俺は口約束を信じる程甘くは無い。保証が無ければ無理だな」
「ここには証人がいるじゃない。流石にロゼ王女の前で嘘はつかないわ」
「……お前は白金騎士だ。当日に暇があるとは思えん」
「日が落ちてからは無理でしょうね。ただ、日がある内は大丈夫よ、そうでしょう? ロゼ王女?」
「ええ。私の名において、日が落ちるまでの間はエミリアの暇を約束いたします」
ロゼ王女もこれには二つ返事で了承をする。
実際、こんな事で条件を呑んでもらえるのであれば、ロゼとしては願ったり叶ったりの条件であった。
それを聞いたゲオルグは、エミリアに向けていた剣を納める。
「分かった。その条件で引き受けよう」
「流石はゲオ。話が分かってくれてとっても嬉しいわ」
「ちょ、ちょっと待てよオッサン! 俺が言うのもおかしな話だけど、1億オーラルと引き換えにデートって正気かよ?」
あまりにも不釣り合いな交渉条件を呑むゲオルグの事が、ウェインは理解できなかった。
「何かおかしいか?」
「おかしい所しかないだろ。だって、1億あれば大抵何だって出来る。それをデートなんてものと引き換えなんて……」
「確かに、金があれば困らない。だが、そこまで俺は金に固執する気はない。この依頼も1億というが、実際はフォックスの手元にはその何倍もの金が入る予定だろう。それを考えれば、腹も立つ」
「だけど……」
「そして何より、この条件にはそれだけの価値があると俺は思っている」
ゲオルグの言葉には、1億もの大金に対して、全く未練を感じさせなかった。
堂々と言い切るゲオルグの姿を見て、ウェインはもう何も言えなかった。
「分かったよ、オッサン。アンタがそこまで言うなら、もう何も言わない」
「それでいい」
「ハイハイ! 話は終わり。それじゃあ、カナンの女性は私と少年君で担いで運ぶから、ゲオはゴードンをお願い。さっさと帰りましょう」
手を叩き、帰る事を促すエミリア。各自、テキパキ、と手早く動く。
ゴードンは気を失わせてから、肩に担ぐゲオルグ。エミリアとウェインはイザベラの両脇について担ぐ。
「……あれ? レーゼさん、顔赤くないですか?」
「気のせいよ」
彼等はその場を後にする。
王女誘拐事件はこうして幕を閉じた。
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