第30話 バージニアの王女編 30
エルーニャが、王女の手を縛る縄を解く。自由の身となった王女は足早にウェイン達の方へと駆けてくる。
王女の姿を確認し、最初に出迎えるのはエミリアであった。
「ロゼ王女、お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫です。貴女の働きに感謝します、エミリア」
「王女を守る騎士として当然の義務を果たしたまでです」
ロゼからの礼に、淡々と返事をするエミリア。しかし、その表情には何処か喜びが含まれていた。
エミリアとの会話をこなした後、ぐるりと周囲に目を向けるロゼ。
「エミリアと一緒に戦ってくれた者達よ、本当にありがとうございました。貴方達の働きが私の命を繋いでくれたのです」
ロゼからの感謝の言葉に、ゲオルグはふん、と鼻を鳴らし、ウェインは頭を掻きながら恥ずかしくも嬉しさを示す。
そして、ロゼはもう一人の功労者の下に歩み寄る。
壁にもたれかかって座った状態のイザベラの横に心配そうに座り込む。
「イザベラ、大丈夫ですか?」
「ロゼ様……私は大丈夫です。貴女がご無事で何よりです」
「どうして名を伏せていたのですか?」
「正直に申し上げますが、私の事など覚えているわけがないと思っておりました」
「何を言うのですか! 貴女は私の友達! 忘れるわけがありません!」
「この事件が終われば私は死ぬ運命。ならば、名など知らぬ方が直ぐに忘れてくれると思いまして」
「死ぬ? 何故?」
「私は王女誘拐の罪人。流石にその罪は重いでしょう。ですが、死ぬ前に私の望みは叶いました。ロゼ様に会えた事、そして、
「……貴女は私の身を案じて誘拐犯を装って手助けをした。それは確実に私の身を守るためではないのですか?」
ロゼの質問に、イザベラは否定をしない。
「その通りです。私は断る事も出来ましたが、万が一私抜きで誘拐を成功させられれば、王女の身が危険であると判断しました」
「王国の方にそれを伝えなかったのは、やはりイグダスの民だからですか?」
「お察しの通りです。私が伝えてもまともに取り合ってはくれません。それを、ゴードンも理解の上で私に声をかけたのでしょう。ですから、あえて誘いに乗りました。そして王女の誘拐をすれば白金騎士も動くと判断したからです」
「ねぇ、カナンの人。ちょっと聞いても良いかしら?」
ロゼとイザベラの会話に、口を挟んでくるエミリア。イザベラはエミリアの方に顔を向ける。
「何だ?」
「貴女が『青の風』に情報を漏洩させたの?」
「そうだ。ゴードンの奴がよからぬ動きを見せ始めて、あまり時間が無いと感じたからな。ボルボという男をわざわざ酒場に行かせたのも気づいてもらうためだった。万が一、間に合わないと判断した場合、王女を連れて脱出する事も考えていた」
「通りで」
「だが、そんな事で罪を逃れようとする気は無い。私は罪を犯したのだから、罰は受ける」
「ふーん……まぁ、その必要はないんじゃないかしら? ねぇ、ロゼ王女」
エミリアが目配せをして合図を送る。それを理解したのか、ロゼはくすり、と笑う。
「ええ、そうね。私はここに居る「五人」のおかげで助かったのだから。エミリア、ゲオルグ様、ウェイン様、エルーニャ様……そして、イザベラ」
自身の名が上がり、驚きを見せるイザベラ。
「ろ、ロゼ様! ですが私は――――」
「貴女は私を助けた功労者です。私が言うのですから、それは間違いありません」
ロゼの気配りに、イザベラは思わず涙を零す。その事については賛成する者はいても、反対する者はいなかった。
「さて、と。とりあえず目的は果たしたし、皆で帰るとしましょうか」
うーん、と腕を高々と上げて体を伸ばすエミリア。そこには戦いから解放され、緊張感の欠片も無かった。
「レーゼさん、帰るのは良いけど、あの爺さんとイザベラさんどうするんだよ?」
「カナンの人は誰かが担いで帰るとして、ゴードンからは情報を聞き出したいんだけど……」
ゴードンの方を見ると、彼は幻覚の夢から醒める気配はなく、廃人手前の状態で未だ手足をばたつかせ、もがいていた。
遅れながらウェイン達の下に帰ってきたエルーニャの方をエミリアは見る。
「エルーニャさん、あの呪いを一時的に解除することは出来ない?」
「できるさ。だが、する気は無いぞ?」
「そこを何とか……アイツが何でこんな誘拐なんか企てたのか聞き出したいのよ」
「だったら、お前達で呪いを解くしかないな。それなら私も口出しはしない」
「そうなると、ここじゃ無理ね。ゲオ、担げる?」
「担ぐ事に関しては問題ない。だが、その前に……エミリア、お前と一つハッキリさせておかなければならない事がある」
「何よ急に?」
「ここを出た後、王女をどうする気だ」
「王女を城に連れて帰る。当然じゃない」
「……成程、やはりそうなるか」
ゲオルグは腕組みを解き、背に担いだ大剣の一つを取り出す。そして、その切っ先をエミリアの方に向ける。
「悪いが、王女は俺が連れて帰る。一戦交えてでもな」
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