超絶性悪師匠に、奴隷にされて弟子になる
nekuro
プロローグ 師匠と奴隷の始まり
プロローグ 1
教会の鐘の音が響き渡る。
それは一点の曇りなく澄んでおり、王国『バージニア』の隅々まで、その福音は響き渡った。空はそんな鐘の音と同様、雲一つない晴天に恵まれており、
時期は四季でも過ごしやすい春の暖かさに包まれる。
この鐘の音は、バージニアで過ごす人々に、ひとつの区切りを知らすもの。
その
ヴィシュヌと呼ばれる大陸に王国『バージニア』は存在する。
立派な白い城を中心とし、そこから上下左右に主要な大通りを築き、その道を起点として根を張るように細かい道が伸びて迷路のようになっている。そして、そんな街の外周を人の手では到底乗り越えられないほど高く、あらゆる外敵を通さぬ強固な壁が円の形で囲う。
主にバージニアは四つの区画に分かれている。
ありとあらゆる物品を取り扱う売買、交易を主とした『商業区画』
女神アルテアを祀り、信仰するシスターが多く住み、魔法の学問を研鑽し、研究をする魔法学園が存在する『魔法区画』
多数の腕自慢、武力自慢が冒険者ギルド目当てに勢揃いし、そんな輩を相手に、武器や防具などを主に売り買いする店が多く立ち並ぶ『ギルド区画』
そして、最後に……『無法区画』が存在する。
読んで字の如く、そこには一般常識なルールなどなく、この国において理由があって住む所、暮らす銭を失った者。夢見てやってきて、それに破れた者、働く事ができない幼い孤児。そんな者たちが行きつく最後の場所だった。
無法区画は上下左右に伸びた主要街路に、最も離れた隅の方に存在する。
他の区画が細かい場所にまで整備が行き届いており、清潔、清涼で、立派なレンガ造りの街並みが絵に描いたように綺麗に並ぶ。
だが、無法区画はその真逆。
そこら中が目に見える範囲で汚れており、眼の血走った浮浪者が夜な夜な徘徊。家など持っていない人間が他人の家の壁にもたれ、ゴミとなった服を仕入れて暖を取る。こんな場所に偶然にでも迷い込んだ者がいれば、みぐるみを剥がされ、最悪行方不明になってしまう。
今はその規模の小ささ故に、王国は目を瞑っているが、年々その規模が大きくなっていくことに危機感を感じてはいる。
これ以上事が大きくなる前に、先手を打って排除するべきだ、という声も上がってきているのが現状。
そんな無法区画から、鐘の音を聞いて、壁にもたれて座っていた体を起こし、ふらりと立ち上がる少年がいた。
赤毛の髪で、ナイフのようにとがった目つきが印象的で、小柄でやや細身。その身なりは薄汚れた白いシャツに、上は作業用で使う
その身なりは、無法区画に住んでいるものにしては、まだまともな恰好であった。
ふらふらと、どこかおぼつかない足取りで彼は商業区画の方へ向いて歩きだした。
商業区画のある西の大通りに、少年が来ると、そこは雑踏と化していた。
昼の休憩となって、昼食を求めて働き手がこの西の大通りにやってきたのだ。
今日は特に天気の良い日という事もあってか、通常よりも多い人で溢れていた。
周辺の飲食店から漂う、食欲を刺激する匂い。
それは少年にとって毒であり、匂いを嗅ぐだけで腹の虫が鳴る。
彼はここ数日、美味い食事にありつけていない。
だから、今日こそは何としてでもありつくことを目標にこの場所に来ていた。
他の者の邪魔にならないよう、道の端で座り込む少年。
何をするわけもなく、目の前を行き交う多種多様な人間を眺めていた。
通行人の何人かが、少年を警戒する。汚い身なりをしているので、それは自己防衛として当然の行動であろう。
だが、少年はそんな輩を余所に、ただ黙って観察を続ける。
何の意味も無いと思われる行動。しかし、実際には彼の眼はせわしく動いていた。
目に見える者全てに対して、彼は品定めをしていた。
彼の眼には少なからず、危険か危険でないかを判断できる材料があった。
少しでも怪しいと思われる人間には近づかず、イケると思った相手にだけ彼は窃盗を働いていた。
物心ついたときには両親はおらず、掃き溜めのような無法区画で生き続けた。
そのため、悪事に手を染めるのは早かった。
大抵の悪い事には手を染めた少年であったが、唯一殺しにだけは手を染めない。
その理由は二つ。
ひとつは、
殺しなどをすれば王国直属の騎士団が動きだすし、ギルドの連中も黙ってはいない。
以前、身近で殺しをした者を少年は知っていたが、その者は三日と経たず捕まり、その大罪から、斬首刑に処された。
その出来事を少年は記憶に刻んでいる。
そして、もう一つ。
単純に、彼が殺しを好む性格ではないという事だ。
そこまでして生きようとするのであれば、きっと彼は他の道を選ぶだろう。
悪党でありながらも、彼なりの信念だった。
昼の休憩時間の終了が刻一刻と迫っていた。
だが、少年のお眼鏡に叶う相手が見つからない。ここ最近、悪事を働く者が多く、誰を見ても警戒されており、食指が伸びなかった。
このままだと、また今日も食い物にありつけない。それが頭をよぎる。
(流石に今日は何とかして金を手に入れたい)
焦る少年。だが、そんな思惑とは裏腹に
少年の目の前を、一人の若い女性が横切った。
優雅に蒼い長髪を靡かせ、整った目鼻は造形の域。見事な容姿端麗。女性にしては長身で、その身を純白のローブで纏っていた。
それを見た少年は声を失い、過ぎ去るその女性に対し、なぜか目を離せないでいた。少年は立ち上がり、気づけばその場を離れ、女性の後ろを追いかけていた。女性の背中を流れる長髪が揺れるたび、何故か少年の心は酷く揺さぶられる。
前を歩く女性を見失わないよう、細心の注意を払いながら追いかける。
だが、彼はこの時気づくべきだった。
前を歩く女性が、何時の間にか歩く速度をゆっくりと落としている事に。
そうとは知らず、追いかける少年。
すると、前を歩いている女性が立ち止まり、左右に首を振って何度も確認している。
気づかれたのか? と、少年は離れて観察を続ける。
やがて、女性は店と店の間にある路地へと入っていく。
この時、少年は確信をした。
――あの女性、最近ここに来た人間か。
このバージニアは、四つの大通りの他は入り組んだ地形で、細かい道が幾つも派生している。そのため、土地勘がない者は道を間違える事が多々ある。
女性も、その一人だと少年は確信していた。
何故なら、女性が入った道はL字のような構図で、その先は行き止まり。しかもその道幅は狭く、逃げ場はない。少年にとってあおつらえむきな展開。
都合よく路地に入ってくれた女性に、少年は感謝した。
路地に一歩踏み込むと、両側が店の壁に挟まれており、それが暗い影となって不気味さがそこに存在していた。
少年の視認できる範囲では女性の姿が見当たらない。どうやら、奥の方へと進んでしまったのだろう。
(手荒な真似はあまりしたくないが、こっちも生き死にかかっているのだから、そうも言ってられない)
足音を立てず、ゆっくりと慎重に獲物を追い詰める。曲がり角の前に差し掛かると、少年は一度足を止めた。
逃げられぬよう、曲がり角の手前から勢いよく飛び出す少年。
だが、目の前に居る筈の女性はいなかった。先に見えるのは行き止まりだけで、女性の姿や形は見当たらない。周囲に人が隠れられるような空間はおろか、障害物すらない。女性は煙のように消えていた。
自分は白昼夢でも見ていたのか? 少年がそんな事を考えていると。
「誰を、捜しているのかな?」
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