プロローグ 3

 観念した。力では勝ち目がなく、逃げる事が無理ならこうなるしかない。


「素直でよろしい。だが、一つ君は勘違いしている」

「勘違い?」

「私は君を奴隷にするつもりはない。確かに、あの呪いは古来奴隷を服従させる為の呪いではあるが、これは単純に君の逃走防止用なだけだ」

「あんたにも一応、人間の情はあったのか」

「棘のある言い方だな。そうだな……一応、わたしは君を教導する立場か。じゃあ今から私の事は『師匠』と呼んでいいぞ」

「はぁ? 師匠?」

「何だ、不服か。それなら『高名で美しく、傑出された超絶美女のエルーニャ様』と呼んでもらう事になるぞ?」

「……師匠と呼ばせて下さい」

「決まりだな」


 倒れているウェインに対し、エルーニャは手を差し伸べる。その手を掴むと、女性のか細い腕とは思えぬ力で、ぐい、と引き起こされる。

 起された勢いで、眼と鼻の先の距離でエルーニャの顔が見える。近い距離で顔を見ると、やはり歳では考えられない美貌を備えている。たまらず、ウェインは顔を反らす。


「さて、とりあえず、その格好をどうにかするか。道で歩けば相当目立つからな」


 自身の身なりにウェインは目をやる。

 長い間愛用してきた身なりは、エルーニャの汚れ一つない純白のローブと比較して、土にまみれ、黒く汚れていた。一緒に歩けば、目立つ組み合わせであり、衆目の好奇の目にさらされ、エルーニャに迷惑をかけるだろう。

 暗い路地を後にし、陽光が晒される大通りへと彼等は出た。

 

 通りに出て、真っ先に向かったのは衣服を扱う『仕立て屋』だった。

 中に入ると、何着もの見本が簡素な衣桁に掛けられてズラリと並ぶ。

 入口近くの作業台で、手早く見事な手さばきで布を服に仕立てる猫の女獣人の姿があった。仕立て屋ということもあってか、猫の女獣人の着ている服は黒を基調とした整った身なりであった。

 作業に夢中でウェイン達には全く気づいていない様子。


「おーい、お客さんだぞ」


 全く反応の無い猫の女獣人に、声をかけるエルーニャ。すると、女獣人の頭部についている猫耳が大きく震える。

 「にゃん?」と何とも気の抜けそうな愛くるしい声を発しながら、エルーニャ達の存在に気づくと、作業していたものを置いてエルーニャ達の方へ駆け寄った。


「これはこれは、申し訳ありませんにゃん。今日はどういった御用件ですにゃん?」


 ぺこり、と頭を下げた後に見せる営業スマイル。

 

「後ろの男に合う服を身繕ってもらいたい。なに、専用衣服オーダーメイドでなくても構わない。そこらにある既製品でもいい」

「分かりました。ではでは、少しばかり採寸させていただきますにゃん」


 ふむふむ、とウェインをじーっと見つめる猫の女獣人。その後、ウェインに近づくと両手で首、胴回り、腰と、ペタペタ触り始める。

 並んでいる衣服に足を向け、その中から数種類の服と下衣を手に持ってくる。


「こちらの服を向こうで試着してもらってもよろしいですかにゃん?」


 猫の女獣人が指さした方角には、部屋の一区画だけ布の仕切りがされている場所だった。言われるがまま、ウェインはそれらを持ってその場所で衣服を着替える。女の猫獣人が持ってきた衣服は全て、自分の身体を知り尽くしていたかのように、サイズが丁度の物であった。

 衣服を着替えて仕切りからウェインが出ると、店員の猫獣人とエルーニャに納得したかのように、頷く反応があった。

 上衣は赤いゆったりとした生地の服を纏い、その上に黒いベストを羽織る。下は脛まである長い黒の下衣。着用したウェインを見て、それが無法区画に居るような人間と思う者は誰一人いないだろう。


「随分と様になったじゃないか。それでいい」

「喜んでいただけたみたいで幸いですにゃん。他にも色んな種類がございますが?」

「あ、いや……俺はこれでいいです」


 そこまで衣服にこだわりの無いウェインは、店員の勧めを断る。店員は少し物足りなさそうにしていたが、エルーニャが気に入った様子なのも断った理由であった。


「では、代金を頂きますにゃん。三千オーラルになりますにゃん」

「さ、さんぜん?」


 声が裏返るウェイン。その額は、ウェインが有していれば、優に十日は過ごせるほどの金額だからだ。

 提示された額を聞いて、エルーニャはローブの中からじゃらり、と重そうな音の鳴る皮袋を取り出すと、躊躇いなく中から幾つかの銀貨を出して店員に渡す。


「毎度ですにゃ。是非、次も来てくださいにゃん」

「機会があればな。では、行くか弟子よ」


 店を出る際、店員は大きく手を振ってエルーニャ達を見送る。それはエルーニャ達が中々の上客と判断したためであった。

 信じられないぐらい高価な衣服を着ているせいで、落ち着かないウェイン。


「どうした? そんなにそれが気に入ったのか?」

「あ、いや……こんな高い服着たのも、買ってもらったのも初めてだからさ、落ち着かないんだ」

「言っておくが、奢ったわけでは無いぞ? 君が出世した時には倍にして返してもらう予定だから、そこのところをしっかり覚えておくといい」

「出世できなかったら?」

「この私が教えるのだから、意地でもさせるさ。帰ってから君をどう鍛えていくか、今から楽しみで仕方ない」


 何を考えているのか、ニマニマと口が緩んでいるエルーニャ。それを見たウェインは一体どんな事をされるのか先行きの不安を感じていた。

 前触れもなく緊張感のない音が会話を遮る。突然割って入ってきたウェインの腹から鳴り響く虫の音が、彼の空腹を知らせる。


「ふむ、どうやら次の行き先は決まったな。丁度目の前に良い場所もある」


 くい、とエルーニャが顎で促す。そこには二階建ての宿屋があった。


「宿屋?」

「ああ。ここの宿屋は一階は酒場を併用していてな。簡単な食事をだしてもらえる」


 入口のスイングドアを押して入る二人。一階はエルーニャの言った通り、酒場の様相をしており、広い空間に所狭しと多数の木製の丸テーブルが設置されている。

 既に昼休憩の時間は過ぎており、中には数人の客の姿しか見えない。

 適当な席に二人は座ると、そのあたりをうろうろしていた、エプロンドレス姿の女性給仕に声をかけるエルーニャ。


「悪いが、二人分の食事を頼みたい」

「かしこまりました。今時分、用意できる料理はソーセージとパン、豆のスープぐらいですが、よろしいですか?」

「十分だ。それで構わない」


 給仕はエルーニャに一度頭を下げ、奥の方へと歩いていく。

 料理が運ばれてくるまで、二人は時間を持て余す。


「なぁ、師匠。あんた本当に魔王討伐隊の一人だったんだよな?」


 興味からウェインが口を開いた。

 疑問に対し、エルーニャは拗ねたように少し口を尖らせた。


「なんだ? まだ疑っているのか?」

「いや、疑ってない。ただ、気になってさ。魔王とか、本当にいたの?」

「居たぞ。世界全てを敵に回し、地平線全てが怪物の山で埋め尽くされる大群を操り、私たちを恐怖のどん底に落とした悪しき魔王がな」

「そんなすごい相手と戦って、よく勝てたな」

「そうだな。私も直に魔王を相手にしたが、とてつもない相手だった。辛くも勝利したが、どっちが勝ってもおかしくは無かった」

「魔王もすごいが、それとやりあう師匠もすごい……」

「誉めても何もでないぞ? 魔王を討伐した私たちは、王様から莫大な報酬をもらってな、その日は大宴会を開いたものだ」

「そのお金はどうしたんだよ」


 途端に口を閉じるエルーニャ。

 先程までの饒舌は影を潜め、視線が泳ぐ。


「なぁ、師匠。もしかして……」

「三日で使い切った。今は細々と生計を立ててるところだ」

「ええ! 一体いくらもらったんだよ!」

「いや、もう終わった事だからいいだろう。私も少し耳が痛い」


 やめよう、と話題を打ち切ろうとするエルーニャに対して、ウェインは追及をするが、入口の方が騒がしくなる。

 騒音は段々と大きくなると、宿屋のスイングドアを蹴り飛ばして三人の武装集団が入ってきた。男一人、女二人のメンバー。



 男は蹴り飛ばした張本人であり、髪を箒のように逆立て、挑発するかのような目つきの悪さ。黒い胸当てを身に着け、目つきのように鋭い槍を持っていた。

 片方の女はとんがり帽子をかぶり、やや露出の高い緑色のローブを身に纏う。もう一人は白一色の大人しそうな女性。箱型の帽子に十字の装飾が施されており、それは女神アルテアを奉仕する僧侶が身に着ける物だった。

 全員が人間種族で固めたメンバー。特に男は傍から見てもわかるほど、苛立ちを募らせている様子だった。

 エルーニャ達とは離れた席に三人は向かい、男が勢いよく椅子に座り、その男を挟むようにして女二人が座った。



「だー! クソ、クソ! 何だよ、今日の依頼は! ロックベアー狩りと思って受けたら、サーペントが出てきたおかげでこっちは無茶苦茶だ! あんなのあるんだったら依頼に書いとけよ!」

「落ち着きなよ、ロック。確かに、あれは不運としか言いようが無かったけど、一応幸運にも命はあるんだから」

「だけどリーザ! 依頼で入る筈の金はゼロだ! とんだ酷い依頼だったぜ!」



 男戦士と女魔術師の会話が静かなホールに響く。

 仰々しいその会話に、周囲の客も目を合わせぬようにそっぽを向く。

 


「何か、凄い客が入ってきたな師匠」

「あれぐらいで凄いと言ってたらキリがないぞ。見た所冒険者のようだが、ああいう輩はギルドに行けばごまんといる」



 冒険者一向の大声を聞きつけてか、あわただしい様子で先程の女給仕が一向の方へと駆け寄る。どうやら、先程エルーニャ達に伝えた内容をその一向にも伝えると、不機嫌そうな声が聞こえ、何か怒鳴りながら文句を言い散らす。何度も頭を下げ、両端の女性メンバーが落ち着かせてようやく納得した様子。

 奥へと消えて、しばらくして手には木製トレイに乗せた料理がエルーニャ達に運ばれる。

 テーブルに出された料理は、先程給仕が言ったメニューだった。

 熱が通ってカリカリに焼き上がったソーセージに、バスケットに入った形の凝った多種類のパン。それから湯気が立つ、ふんだんの豆を使用した黄金色のスープが運ばれる。スープは二人分に分かれているが、ソーセージは大皿に盛られていた。

 料理を目の前にして、ウェインの空腹は限界に来ていた。



「では、頂こうとするか」



 手を組み、何かに祈りを捧げるような仕草を取るエルーニャ。それを見様見真似でウェインも一緒に行う。それが終わり、ようやく飯にありつく。

 ゆっくりと上品に食事をするエルーニャに対して、数日呑まず食わずのウェインは貪りつくようにその料理を喰らう。

 空腹を満たし、まともな飯にありつける。それはウェインにとっては何よりの幸福を感じていた。それが、普通ではない暮らしを続けていたのだから。

 あまりに急ぎすぎて喉に詰め、用意された果物水を一気に飲み干す。



「そんながっつかなくても、料理は逃げないぞ」

「ああ……悪い師匠。このところ何も食ってなくて」



 喉に詰めた料理を流し込むと、再び料理に食らいつくウェインだが、その下品な食べ方が癪に障ったのか。



「うるせーな! もうちょっと静かに食えねえのかよ!」



 男戦士が吠える。

 声の矛先は明らかにウェインに対して向けられたものだった。ウェインは男戦士の方を見ると、「お前の事だよ」と言わんばかりに睨みを利かせていた。

 今にも噛みつきそうな態度。ウェインは途端に食事のペースを落とした。

 


「別に気にしなくていいぞ。むしろ、うるさいのは向こうのほうだからな」

「し、師匠……! そんな事言ったら!」



 小声でエルーニャに提言するウェインだったが、そのエルーニャの声は男戦士の耳にも届いてしまっており、一層不機嫌になるのを示すように、眼光の鋭さが増す。



「何だと、テメェ! 聞こえたぞ!」

「ああ、これは失礼した。つい、本音が出てしまった。謝ろう」



 咀嚼しながら語るエルーニャの言葉には謝罪の色など欠片も無い。むしろ、相手を挑発しているかのような言葉に、男戦士が立ち上がろうとするが、二人の女性が制止する。なだめられ、その場は事を収めるが、やはり男戦士の気はすまない。



「こんな昼間から餓鬼を連れて、食事か。良いご身分だぜ」

「何か問題でもあるのかな? 別にやましい事などない」

「どうだかなぁ。そういう餓鬼を好む下衆がここにいるようだが?」

「依頼を達成できず、周囲の客の迷惑を顧みない下衆もここにいるようだが?」



 一番気にしている事を言われた男戦士は、槍を手に持った。ただ事ではなくなると悟った女性二人は彼を押さえるのではなく、杖を持って正面に立ち塞がった。



「どけリーザ、ルナ! あの女はただじゃおかねぇ!」

「頭冷やしなよ、ロック! 一般人に危害加えるつもりなの? そんなことしたらどうなるか分かってるの!」

「うるせえ! 喧嘩売ってきたのは向こうだ!」

「ロックさん、落ち着いてください。私たちもこのお店にいるお客さんに迷惑をかけたのは事実です。ですから、これ以上印象を悪くすれば、ギルドの査定にもすくなからず響いてくるのは事実です」



 頭に血の昇った男戦士だが、僅かながらに理性も残っていたようで、二人の説得を聞いて、持っていた槍を一度大きく地面に突き立てた後、矛を収めた。周囲の客も今から争いが起きてしまうのではないかという不安も有り、それを見て緊張が一気に解ける。それで全てが丸く収まるはずだった。

 矛を収めて座る男戦士を見て、二人もホッと胸を撫でおろして元居た席に戻る。だが、その二人には聞こえない小さな声で男戦士はボソリと呟いた。

 すぐ隣にいた女性二人に聞こえないのであれば、その声は周囲の客にも当然聞こえない。聞こえる筈がない。

 だが、たった一人その言葉を聴きとれた人物がいた。

 エルフという種族は耳が良い。それは森で狩りを生業とする彼らはその卓越した耳を頼りに風の音や、獣の位置を探る事にも使う。

 そしてそれは少なからず、ハーフエルフであるエルーニャにも備わっていた。

 

 それは汚い罵倒。聞く者が聞けば、それは烈火の如く怒りを買う禁句。その意味を男戦士は知らないわけではなかった。

 ただ、小声であるから聞こえる筈が無いと思って告げた一言。

 上機嫌で咀嚼していたエルーニャの口がピタリと止まる。その耳に届いた言葉を看過することは出来なかった。

 席をおもむろに立ち上がるエルーニャ。食事の最中というのに、何も言わず立ち上がるエルーニャを見て、ウェインは背筋が凍った。

 一目見てエルーニャが並々ならぬ怒りに満ちているのがわかったからだ。

 止めなければ、何か恐ろしい事が起こる。

 それを分かっていながら、ウェインはエルーニャを止める事が出来なかった。声を掛ければ、その怒りに触れてしまいそうだったからだ。

 ゆっくりと、そして着実にエルーニャは歩を進め、男戦士のいるテーブルに辿り着く。そして、座っている男戦士を見下ろす。その眼には魔法でもかかっているのか、見たものが震え上がるような凄みがあった。



「な、なんだ……? 何か文句あるのか?」



 ただならぬ様子に気づいたのか、あれほど虚勢を張っていた男戦士も、その眼に気圧されたのか、先程までの口の悪さが消沈していた。



「表に出ろ」

「……は? 何だと?」

「私だけならまだしも、あのような罵詈を用いて人の弟子を虚仮にするとはな。それはが出来てると、私は取ったぞ」



 危険回避能力など持たずとも、エルーニャの危険性はひしひしと伝わる。

 それは対峙している男戦士だけではなく、周囲の客ですら感じていた。

 キャンキャン、子供のように喚き散らしていた男戦士の軽い言葉とは違う。この女は間違いなくそれを実行に移す。そう、思わせる重みが含まれていた。

 周囲の客でそう思うほどだ、直接面と向かって言われた男戦士は嫌と言うほどそれを感じずにはいられなかった。

 引けない。引ける筈がない。

 あれだけ騒ぎ散らしておいて、こうして喧嘩を売られて、引けるわけがない。ギリッ、と歯ぎしりの音が男戦士から鳴る。それは怒りと後悔から鳴るもの。

 


「上等じゃねぇか……やってやるよ」



 言葉の威勢とは裏腹に、小刻みに震える体。男戦士は何故こんなにも震えているのか理解できなかった。当然だろう、彼の本能が察知して怯えているのだから。

 このまま外に出れば、一方的な蹂躙ショーが始まる。それで得する者など誰もいない。言うなれば、これは損得勘定など無い、ただの下らない誇りプライドが生んだものだからだ。

 そんな避けられぬ悲劇が行われようとした時。宿屋の入口から誰かが入ってくる。

 短髪を鱗のように逆立て、片目眼帯を付けた男。顔の所々に付いた様々傷は、彼にとっての勲章であり、誇り。体を黒い甲冑で覆い、背中には二本の大剣を背負っていた。

 その姿を見て驚かなかったのは、ウェインとエルーニャだけだった。



「げ……ゲオルグ! 『双剣の黒き嵐』のゲオルグ・ハーディラント!」



 震える声で男戦士は入ってきた男の名を呼ぶ。

 ゲオルグ・ハーディラント。それは王国バージニアにある冒険者ギルドの中で五本の指に入る強者である。

 彼は人間と竜族のハーフで竜人というカテゴリーに入る。それゆえ、強靭な肉体は勿論の事、人では成しえぬ膂力の持ち主であり、それは二振りの大剣にも表れている。基本、彼は群れる事を嫌い、一人旅ソロで見かける姿を度々目撃されることもある。一人で自分の数倍の身の丈を持つ大型モンスターですら彼は葬り去る。ギルド屈指の実力者である彼は、バージニアで名実ともに高い評価を得ていた。

 ゲオルグは店に入ると同時に、異常を察する。彼の片目がゆっくりと右から左に宿の中を観察すると、その出所が、男戦士とエルーニャにある事を瞬時に突き止める。



「揉め事か。この店に迷惑をかけるな」



 強面の外見の印象にガッチリと嵌る雄々しさのある声が響く。それは真っすぐに男戦士とエルーニャに向けられていた。



「け、けどな……!」

「その槍と鎧の身なりから貴様は冒険者と判断するが、ギルドに報告しても構わんのだぞ?」



 その一言は男戦士にとってトドメとなる。

 どんな理由があるにしろ、ゲオルグほどの戦士がギルドに報告すれば処罰は免れない。下手をすれば冒険者資格の剥奪すらあり得る。

 周囲の視線に、ゲオルグの思わぬ乱入。この場に留まっても自身の恥を上塗りするだけと判断した男戦士は、二人の女性メンバーに声をかけ逃げるようにして宿屋を去っていった。

 重々しい雰囲気は去った。エルーニャも怒りの対象が居なくなったことで、ウェインのいる席へと戻っていく。



「びっくりしたぜ師匠。見てるこっちの息が止まりそうだった」

「向こうが調子に乗りすぎていたからな。少し、その鼻をへし折ってやろうと思っただけだよ」



 その返しにウェインの反応は鈍かった。

 もし仮に、喧嘩が行われたのであれば、目の前の女は鼻をへし折るついでに、骨や心を立ち上がれないぐらい粉々に打ち砕いていたはずだとウェインは確信していた。

 入ってきたゲオルグはエルーニャ達から遠く離れた壁際の席へと向かうと、背中に背負っていた大剣を壁にかけ、席に座った。流石は有名人と言ったところか、他の客もゲオルグの方をチラチラと見たり、宿の給仕はゲオルグの姿を見ると、注文を自分から進んで聞きに行く。その存在感はウェインやエルーニャも気にはなったが、ゲオルグとは初対面で、接点もない。宿屋に安寧の時間をもたらせた功労者に、むやみに近づくこともしなかった。

 時間が経ち、ウェイン達に出されていた料理は綺麗に平らげられていた。



「よし、腹も満ちたことだし、行くぞ弟子」



 エルーニャの声に反応して立ち上がるウェイン。給仕に代金を支払い、二人は宿を後にした。

 その去り行く二人を値踏みするかのような片目の視線が付いて離れなかった事を二人は知る由も無かった。


 

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