第32話 追放テイマーと丘の上の生活

 フォルト村の外れにある小さな丘の上。

 赤い屋根の小さな我が家には、生活用の小さな部屋以外に、もう一つ大事な施設がある。


「ショコラお姉さま、早く早く!」

「ちょっとまって、このローブ脱ぐの大変だから」


 胸のリボンの下にあるフロントホックがちょっと外しづらい。

 一応魔法使いのローブだし、戦闘中に取れないようになのかなぁ。

 コスプレの衣装なのに、すごくちゃんと作られているみたい。

 

「お姉さま、私がお手伝するよー!」

「大丈夫だから、ね?」

「いいから、手伝うってば!」


 ダリアちゃんの手が、私の胸のあたりに伸びてくる。


「だめだったら、くすぐったいから!」

「ダメ! 早く一緒に入るんだから!」


 彼女の手が、器用にローブのホックを外していく。


「ちょっと。これ以上はいいから、自分でやるから。ね? ね?」

「ダメーっ! 早く脱いで一緒に入るの!」

 

 最後のホックが外れると、ダリアちゃんがローブの袖をひっぱった。

 ローブはすとんと下に降りていく。

 

「お姉さま、ハイ!」


 今度はダリアちゃんが、目をつぶって嬉しそうに両手を上げている。


「えーと、脱がしてほしいのね?」

「ハイ、お姉さま!」


 もう、全然変わってない。

 ホントに甘えん坊なんだから。


 私は、彼女の着ているローブの裾をつかむと、上に持ち上げた。


「ぷふぁ、お姉さまに脱がしてもらうの久しぶり!」

「もう。私がいない時どうしてたのよ?」

「それは自分でやってたけど、お姉さまがいるなら話は別だわ」


 ダリアちゃんは、下着も放り投げると、嬉しそうにバスルームへの扉を開けた。


「お風呂ー! お風呂―!」

「ちょっと、ダリアちゃん。危ないから走っちゃダメ!」


 ……ふぅ。


 なんでダリアちゃんが私の家にいるのかっていうと。



**********


 ――数時間前。

 ――えーとだから。


 私とダリアちゃんが運送ギルドに行く前のお話。



 ダリアちゃんは、頬を膨らまして部屋の床にぺたんと座っていた。

 そこから一歩も動かないつもりみたい。


「……だからごめんね。説明する時間もなかったから」

「お姉さまの事情はわかったわ。私を置いていくなんておかしいと思ってたから!」


 彼女は私の説明に、大きく首を縦に振った。


「それじゃあ、何をまだ拗ねてるんですか?」

「何でですって……?」


 賢者アレス様の言葉に、ダリアちゃんは立ち上がると大きな声で叫びだした。


「なにアレスだけが、お姉さまと新しいパーティーを組んでるのよ! 私も呼んでほしかったわ!」


 両手のこぶしをぎゅっと握りしめている。


「ダリアちゃん、落ち着いて!」

「そうですよ。大体どうやってこの村にいることがわかったんですか!」

「ふふん。そんなの簡単よ!」


 ダリアちゃんは近くに置いていたカバンから、ごそごそと何かを取り出した。

 

「じゃじゃーん! これよ!」


 ……えーと?

 ……勇者新聞だよね?


 彼女は勇者新聞を床に広げると、記事欄の一つを指さした。


 『このひと・こんな人探してますのコーナー』


 あーこれ知ってる。

 冒険者が伝言とかに使っているフリースペース。

 主にメンバー募集に使われてるけど、たまに仲間とはぐれた時にも使われてたりするんだよね。

  

「お姉さまもアレスも有名人だから、すぐ情報が集まったわ!」

 

 こんな田舎の情報まで集まるなんて。

 勇者新聞おそるべし!



「それで。勇者パーティーを抜け出して、今後どうするつもりなんですか?」

「はぁ? 私も、ショコラお姉さまのパーティーに入れてもらうに決まってるじゃない!」


 ダリアちゃんは腰に手を当てて、自信満々に言い放った。

 

「いや、この村で暮らすつもりです?」

「うっさいわね! 大体アンタがさっさとお姉さまを探して連れ戻さないからでしょ!」

「探しにいくとは言いましたけど、連れ戻すとは言いませんでしたよね?」

「ホントに使えない賢者様よね……」

「あはは、相変わらず変わってませんねぇ、ダリアさんは」


「ねぇ、お姉さま、いいでしょ?」


 ダリアちゃんが抱きついてきてた。

 青い大きな瞳が私を見上げてくる。

 

「うーん。あのねダリアちゃん、私たち冒険者じゃなくて運送ギルドのパーティーだよ?」

「お姉さまと一緒にいられるなら、なんでもいいわ!」


 金色の小さな頭をぐりぐりと胸に押し付けてくる。

 可愛いけど、少しくすぐったい。


「住むところはどうするんです? まぁ、一応部屋なら空いてますけど」

「はぁ? アンタのところになんて行ったら『テイソウノキキ』ってやつだわ!」

「ちょっと! 私にそんな趣味はありませんからね!!」

「ダ、ダリアちゃん!? どこでそんな言葉を覚えたのよ!」


 賢者様は慌てて、私にむかって両手を振って否定している。

 うふふ。

 普段は冷静なアレス様のこんな表情見るのって久しぶりで、なんだかカワイイなぁ……なんて。

 

「お姉さま、私、ここで一緒に住みたいの! ちゃんとお手伝いもするから!」

「あのね、ダリアちゃん。ここ一部屋しかないし、すごく狭いよ?」

「大丈夫、お邪魔にならないように頑張るから、お願い!」


 うーん。ダリアちゃんの年齢なら家なんて借りれらないだろうし、他に行く場所もないもんね。


「うん、それじゃあお手伝いお願いしようかな?」

「本当に?」

「うん。よろしくね、ダリアちゃん!」


 ダリアちゃんは、目に涙をためて、嬉しそうに微笑んだ。

 


**********


 ――なんてことがあったんだけどね。


「ふぅ、やっぱりお風呂って気持ちいい!」

「そうねー。うちお風呂だけは大きいから」

 

 普通なら丘の上にお湯を引くのって大変なんだけど、生活魔法を使えばお風呂だって簡単に使用できる。

 生活魔法っていうのは、生活に役立つ簡易魔法の事なんだけど。

 例えば、今みたいにお水やお湯を出現させたり、お料理の為に簡単な火を出現させたり便利なんだよね。


「ほら、身体あらうから、おいで」

「はい、お姉さま!」


 私はバスタブから上がると、生活魔法で手からお湯を出現させる。

 ふふふ、シャワーだってこの通り。

 魔法って便利だよね。


「はぁぁ、お姉さまのシャワー久しぶり。嬉しい」

「そこに座って。髪の毛も洗ってあげるから」

「はーい!」


 なんだか……。

 なんだか、平和で楽しいな。

 

 私はダリアちゃんのキレイな金色の髪を洗いながら、幸せを感じていた。


 世界を救う旅からは抜け出しちゃったけど。

 こんな異世界スローライフも、悪くないよね。

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