第94話 追放テイマーとキラキラ輝く世界


 キラキラと輝くステージの上でベリル王子は私を強く抱きしめる。


「ねぇ、ショコラ?」

「は、はい!」


 王子の声色はものすごく甘い。


 え? なんで? なんで?

 王子ってもっと子供っぽい感じでしゃべってたよね?


 なんて思ってたら。

 王子がのぞきこむように顔を近づけてくる。


 うわぁ、顔が近すぎてドキドキする!!


「……その髪飾りさ」

「へ? あ、こ、これね、あの、先生が、黒髪に似合うからって」


 私は頭に手を当てる。


 春ちゃん先生が先生が渡してくれた、白い花の形をした髪飾りは。

 ラインストーンとパールビーズが入ってて。

 あと葉の部分がレースのようになってて、小さいのにすごく可愛らしいデザインなんだよね。


「……黒髪?」

「あ、あ。そっか」


 私は慌てて両手を小さく振った。


 そうだった。

 さっきまでとは違って、今は異世界バージョンの姿だったよ、私。

 おもいきり桃色の髪色だし、髪型ハーフツインテだし。

 

「あはは。ゴメン、ちょっと別の姿の時のアクセなの。だから今はあんまり似合ってない、かも」

「ううん、似合ってるよ、カワイイ」

「……へ?!」


 なにそれ、さわやかな笑顔で不意打ちなんですけど、王子!

 なんだかもう。

 顔が蒸発して、今すぐなくなってしまいそうに熱くて……。


 ……まっすぐ顔をみれないよ。


「えーと……」


 思わず顔を横にそらすと。

 私たちの周りに広がっていたのは、幻想的な風景。

 

 ステージの上の魔法陣に描かれていた動物や図形。

 不思議な模様たち。

 あれがね、妖精のように、ぷかぷかと空中に浮かんで輝いている。


 まるで絵本の中にいるみたい。 

 すごくロマンティックな世界。


 キレイなんだけど。

 キレイなんだけどね。


 ……何が起きてるの、これ?

 私の頭の上にもハテナがたくさん浮かんでるかも。


 なんて思ってたら、女の子の声があたりに響いた。


「ショコラちゃん、ショコラちゃん、ショコラちゃん~!」


 え。この声って……。


「会いたかったですわー!」


 空を見上げると、両手を広げた少女が、まっすぐこちらに向かってくる。

 フリルたくさんのドレスが、まるで空に咲いたお花みたい。


「ええええ? ミルフィナちゃん!?」  

「受けとめてくださいませー!」


 受け止める?

 受け止めるって?


「ミルフィナ、危ない!」

「平気ですわ、お兄様!」

 

 ミルフィナちゃんは、ふわりと空中で一度止まると。

 両手を広げて待っていた王子じゃなく、私の首に抱きついてきた。


「わわわわわ」

「ショコラちゃんー!」


 全く重さは感じなかったんだけど、勢いがすごくて。

 私たちはその場でくるくると回転して、そのまま床に倒れた。


「ミルフィナちゃん、大丈夫?」

「ショコラちゃんだショコラちゃんだ。本物のショコラちゃんですわー!」


 私に抱きついたまま頬をぴったりとすりよせてきた。

 柔らかい感触とバラのような香りに全身がつつまれていく。


 なんだか懐かしくて……嬉しい感覚。


「バカぁ。ショコラちゃんのバカぁ。もう帰ってこないかと……会えないかと思いましたわ……」

「ええ!? なんで?」

「だって、他の世界から来た勇者って元の世界に帰るのが定番ですもの!」

「それは……」

「もしショコラちゃんが別の世界を選んだとしても……わたくしは……」


 彼女のうるんだ瞳から、ぽろぽろと大きな雫が流れ落ちる。


「……ミルフィナちゃん。私どこにも行かないよ?」

「……本当です……か?」

「……うん、本当」


 だって私は帰るんだから。

 みんなのいた、あの世界に。


 ――でも。


 あらためて周囲を見てみても、歌ってた場所から移動とか転移とか……してないんだよね。


 変わったのはキラキラ不思議な図形たちが浮いてることと。

 王子とミルフィナちゃんが来てくれたこと。

 会場の空気が止まったようにしずかなこと。 


 あと……私のこの姿、だよね。


「ねぇ、ミルフィナちゃん、ベリル様。どうやってここに?」

「それは……わたくしの愛の力ですわ!」

「コラ、ちがうだろ。あのね、僕らと、元勇者パーティーと、魔王軍とでさ、異界のゲートを召喚したんだ」

「ゲート?」


 ベリル王子は、私に抱きついているミルフィナちゃんを引きはがしながら、顔を上げた。


「……空?」

「うん、ほらあの場所」


 よく見ると、ふんわり浮かんでいる白い雲の上に、黒く丸い点がある……気がする。

 なんだろう……あれ。

 じっくり眺めようと目の上に手を当てた次の瞬間、また別の大きな声が響きわたった。


「うにゃーん! ご主人様、来たにゃーん!」


 黒い点が大きく広がって、巨大な猫型屋敷がぴょんぴょん跳ねながら飛び出してきた。

 うそ……あれって。


「タマちゃん?」

「お姉さま~!」

「ご主人様~!」


 窓から手を振ってるの、シェラさんと、ダリアちゃんだ。

 

「みんなー!」


 私も両手を広げて大きく振り返した。

 どうしよう、皆に会えるのが嬉しすぎて……心臓がばくばくして……倒れちゃいそうだよ。

 

 空を見ながら泣きそうになっていると。


『一体どうなってるんだ?』

『この光は魔法よね? もしかして、ここ異世界なの?!』

『ちょっとまて、なんだあの空に浮かんでるネコ型の建物は!』 


 まるで急に音が戻ってきたみたいに、会場が一気にざわめきだして、コスプレ四人組が武器を構えながら私たちを取り囲んだ。


 え、ちょっとちょっと!


『異国の言葉を話す少女たちよ、我らが姫をどこにやった!』

『この状況を説明してもらえるかな?』

『ここは異世界なのかな、キミたちは異世界人?』

『カワイイ……いやいや……オレは姫一筋だから……』


 ベリル王子とミルフィナちゃんは、私を庇うような姿勢を見せる。……と思ったら少し驚いた表情で四人を眺めはじめた。


「この武器、どうみても……オモチャですわよ?」

「この世界の武器は……みんなこう……なのかい?」


 あはは……。

 よくできてるけど、やっぱりコスプレの武器だし。

 それは、すぐにわかるよね。


 コスプレ武器を持つ四人と、困惑したような王子とミルフィナちゃんが向かい合ってる中。


『ちょっとアナタたち、少し落ち着きなさい』


 ステージの影から声が聞こえた。


 姿は見えないんだけど。これって、春ちゃん先生の声だよね?



『うふふ。いい? 今のこの場所はね、アナタたちの世界と異世界との間。どちらの世界ともつながっている空間なのよ』

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