第93話 追放テイマーと腕の中のぬくもり


 私の歌声に合わせて、みんなが一斉に踊りだす。

 野外ステージなんだけどね。

 スポットライトと会場の熱気が、太陽にも負けてない気がする。


 ……すごい。


『アナタに素敵な笑顔と荷物を届ける~、クロネコ~クロネコ~』


「リコちゃん、ふぅふぅ~!」

「なんて情熱的な恋の歌なんだ。なんだろう、涙が……止まらないぜ!」

「オレもだ、兄弟!!」


 歌って踊って、くるくる回って、歓声に合わせて大きくジャンプ!


 聖剣ちゃんを持ってるからかな?

 なんだかね、身体がすごく軽いの。

 イメージしたとおりに自由に動いてくれる。


 勇者って実はアイドルに向いてたりするんじゃない?


 ……ううん。

 よく考えたらそんな勇者見たことないや。



「よかったわよ、さすが転生者……あれ、転移者かしら?」

「おつかれっす、盛り上がり最高っす! 一度休憩入れるっすか?」

「大丈夫です、そのまま次いきます!」


 一度舞台袖に戻ると、刑事の鈴木さんと春ちゃん先生が声をかけてきた。


「気合入ってるっすね。このままいけば異世界に行けるっすよ!」

「行けるかはわからないですけど……頑張りますね」

「大丈夫っす。オタの愛は全次元共通っす!」


 えーと?

 わかるような、わからないような?


「うふふ。すごいやる気。やっぱり元の世界に帰りたいのね?」

「どっちが元かわからないですけど。……帰りたいです」

「それがアナタの選択・・・・・・なのね。ステキよ」

「……春ちゃん先生?」


 先生の澄んだ瞳の奥が、優しく微笑んだ気がした。

 しとやかで美しくて、まるで春の陽だまりに包まれるような気分になる。


「ほらほら、行って行って。みんな待ってるわよ。それに……」

「……はい?」

「向こうの世界に待ってる人がいるんでしょ。アナタの特別な人なのよね?」


 特別な人?

 特別な人って?


 ……魔法のような言葉に、胸がドクンと音を立てた。


「さぁ、頑張ってね。アナタの選択、応援してるわ」


 先生の手が、優しく私の背中に触れる。


 不思議なんだけど。

 身体がふわっと浮かびあがる感覚がした。

 まるで。背中に羽根が生えたみたいなんだけど、なんだろうこれ。



**********

  

『歩く~歩くよ~、ステップ踏んで、ワンツースリー!』


 気持ちが高鳴っていく。

 頬が……顔の火照りが。

 ううん、違う。身体全体が……すごく熱い。


 ――私の特別な人。


 最初はね。

 

 ……変わった生き物だなって思ったんだよ。

 赤くてまんまるで。

 ドラゴンには……。

 うーん、みえなかったかな?


 調教のスキルでテイムした後、王子様だって気づいて。

 そりゃ、カッコよかったけどさ。

 金髪碧眼で少女漫画のヒーローみたいな容姿なんだもん。

 

 でもね。


 輸送パーティーのメンバーになって一緒に荷物を届けたり。

 勇者様の呪いをといてくれたり。

 いつも優しく一緒にいてくれて。


 そのさりげない優しさがね……ずっと嬉しかったの。


 だから……。


「おお、魔法陣が輝いていく!」

「姫の歌声に反応してるんだ!」

「おお、異界への門が開く!!」

「我らどこまでも姫のお側に!」

 

 一緒に踊っていた、四人のコスプレ集団の嬉しそうな声が聞こえる。


「……え?」

 

 ステージに描かれてた、ハートや動物みたいな可愛らしい図形が強い光を放ちはじめた。

 なにこれ?

 こういう演出なの?


『きっと~空まで届くよ~、君へのこの想い~!』


 ちょっと……。

 眩しくて目が……開けてられない。

 やりすぎだよ、これぇ。 


「あの動画と同じ光だ!」

「きゃー! 私たちもいよいよ異世界へ!」

「みんな準備はいいかー!」


 観客席から、地面が揺れるくらい大きな歓声が響き渡る。

 まるでね。

 会場全体が、大きなどよめきの渦に巻き込まれていく感覚。


 え?

 えええ?

 えええええええ?!



 ――――。


「ショコラ、大丈夫?」


 なんで今、王子の声が聞こえるの?

 手をかざしながら、ゆっくり目を開くと。


 まだ眩しい光の中。

 目の前に、ここにいないはずの……子供みたいに微笑む……金髪の青年が立っていた。


「……え?」

「迎えに来たよ、ショコラ」

「……ベリル……王子?」


 今見えてるこの景色はなんだろう。


 赤いチュニックから差し出された大きな手。

 これって……本物なの?

 私の願望が……幻を見せてるの……かな? 


「さぁ、戻ろう? 僕達の世界へ」


 うん。幻覚でもかまわない。

 かまわないから……だからね。

 えいっ!


 両手を伸ばして、その腕を思いきって捕まえた。


 ――手のひらに感触が伝わってくる。

 うそ……やっぱりこれって……。


「ぷ。ショコラ……なんて顔をしてるのさ?」

「……え。だって……本物?」

「もちろん。それとも、もう僕の顔、忘れちゃったの?」

「ううん、そんなことは全然なくて! どうやってこっちの世界に……って」


 青い澄んだ瞳に、私が映りこんでいる。


 大きな水色の瞳。

 ちょっと幼く見える可愛らしい顔。

 さらりと揺れるハーフツインテール。


 ……え?

 ……なんで?


 慌てて両手で頬を触ると、桃色の髪が目に入った。


「ええええええええええええぇぇぇぇ?!」


「ショコラ、どうしたの?!」

「なんでなんで。元の姿になってるの?」

「ちょっと、落ち着いて」


 ふいに身体が強い腕に引き寄せられる。


「わ……」


 バランスを崩した私の身体が、王子の胸に受け止められた。

 頰に王子のあたたかい体温と鼓動が伝わる。


「あああ、あの、王子?!」

「ねぇ、ショコラ。しばらく……このままでいさせて……」


 だって……う、腕が。

 彼の腕が背中に回わってて、ぎゅっと抱きしめてくる。


 どうしよう。

 嬉しいけど、嬉しけど。



 これって、どういう状況なの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る