第92話 追放テイマーと異世界の歌
ステージの裏側からでも、すでに大歓声が聞こえてくる。
なんだろうこの状況。
私は思わず、その場でしゃがみこんだ。
「うーん……うーん……」
頭の中で、ぐるぐると私の大好きなファンタジー小説を思い出してみる。
物語で異世界に行った人たちってさ……。
元の世界に戻るために努力する、っていうのが定番だよね。
……異世界に戻るために頑張る話なんて。
……あったかなぁ。
「あら、水沢さん。ほら立って立って。そろそろ出番よ?」
手を差し出してくる春ちゃん先生は、満面の笑顔。
瞳が少女漫画みたいにキラキラ輝いてる。
「春ちゃん先生……本当にこれで帰れると思います?」
「んー、試してみるしかないけど。価値はあると思わない?」
「それはそうですけど……」
ふんわり広がるスカートの裾をちょこんとつかむ。
「この格好、意味があるんですか?」
「当り前じゃない。さすがお姫様ね。すごく似合ってるわよ」
レースふわふわドレスに可愛いデザインの鎧。
なんちゃってファンタジーみたいな恰好。
お姫さまっていうか……向こうの世界でコンサートのラストに着てた衣装……なんだよね。
「それ内緒で持ち出すの、苦労したっす。いやホントに最高っす!!」
「うふふ、きっとこの後クビなるわね、鈴木さん」
「大丈夫っす。どうせこの後、異世界に行くっすから!」
うわぁ。
鈴木さんの目も、まるで少年みたいに眩しいんですけど。
これ絶対ダメなやつじゃん!
「あの、何度も説明しましたけど。帰り方なんてわからないんですけど!」
「そこは平気っすよ。同志たちでアイデアを出しあった結果がコレっすから!」
差し出されたスマホの画面には、なんだか沢山の会話ログが残っている。
「……やっぱり今すぐに警察に返しませんか?」
「世界中の異世界好きが集まって真剣に議論したっす! 自信あるっすよ!」
「こんな異世界話、みたことないんですけど……」
私はあらためて、自分の恰好を確認する。
まぁ、元々そのための衣装だもんね。
「姫。我々がステージでも護衛いたしますので、ご安心を!」
「我らロイヤルガード、命尽きるその時まで、どこまでもお供します!」
「ふっ、お前とならどこまでも一緒にいくさ……。異世界だろうがファミレスだろうが……」
「光の加護を、我らが麗しき姫に! さぁ、行きましょう」
四人のコスプレ集団が、嬉しそうに決めポーズをとっている。
そんなドヤ顔をこっちにむけなくても、ちゃんと聞こえてますってば。
「ほら、水沢さん。呼ばれてるわよ。帰りたいんでしょ?」
先生の問いかけに、私は聖剣ちゃんを抱きしめて、ゆっくりうなずいた。
胸がしめつけられるような苦しい想いは、消えてないんだけど。
もしかしたら後悔するのかもしれないけど。
でもね決めたんだ。
あの世界に戻るって。
憧れだった魔法のある異世界生活。
幼馴染で大親友のリサとコーディー。
私の大切なパートナー、チョコくん、アイスちゃん、イチゴちゃん。
あと、猫型ハウスの仮名タマ。
一緒に楽しく共同生活してる、ミルフィナちゃん、ダリアちゃん、シェラさん。
冒険者仲間の、アレスさん、ベルガルトさん。
お姉さんみたいなメルクルさん。
楽しいお笑いを提供してくれる魔王軍のみんな。
いつも勇気をくれる魔王シャルルさん。
そして。
子供のような笑顔の……王子。アナタの元に。
……。
…………。
「ふぅ~」
胸に手を当てて、大きく深呼吸してみる。
大丈夫。落ち着いて、私。
向こうの世界でやったことあるんだから。
勇気を出して一歩ずつステージへ向かっていく。
「あら、緊張してるの? 意外ねぇ」
「……春ちゃん先生。私、緊張しやすいタイプなんですけど?」
「うふふ、面白い冗談ね?」
後から声をかけてきた先生に、おもわず振り向いて反論する。
「だって好きでしょ?
「え?」
ちょっと先生!
なんで意味ありげにウィンクしてくるんですか!!
私、学校で歌ったり踊ったりしたことないですよね?!
**********
――大歓声で会場が揺れている。
ステージに立った瞬間。
会場にいる人たちを見て、思わず固まってしまった。
え……なにこれ。
光の洪水のように、色とりどりのペンライトを大きく振り回すたくさんの人たち。
それもね、すごい迫力だから驚いたんだけど。
それより……。
リボンいっぱいのローブを着ていたり。
重そうな鎧を着ていたり。
ゲームの踊り子さんみたいな恰好だったり。
勇者の冠みたいなのをつけてたり。
まるで……これ。
大規模コスプレ会場なんですけど!!
「どう、水沢さん。今の感想は?」
「なんちゃって異世界物の世界に入り込んだみたい……」
「うふふ。アナタにはそう見えるのね」
声が消えないように、大声で叫ぶ。
見えるっていうかですね。
他にどう見ればいいんですか、これ?!
「うぉぉ、キタきたきたー! 本物の
「転生者のお姫様!! カワイー!」
「リコちゃん、ふぅふぅ~!」
「ふぅふぅ~!」
うわぁぁぁ。なにこれなにこれなにこれ。
会場の熱気がすごすぎて、おもわず後ずさりする。
「それじゃあ、お願いするっす。マイクどうぞ!」
「……ホントに、ここで歌うんですか?」
「そうっす! 魔法陣もバッチリ準備してあるっす!」
鈴木さん、その満面な笑み……怖いですけど……。
「姫さまの歌声と、この空間の熱気で、異世界の門は必ず開くっす!」
キラキラ光るステージ上には、可愛らしい図形がたくさん描かれている。
なんだか絵本の中のファンタジー世界みたい。
私は改めて深呼吸すると、マイクを受け取った。
ここで悩んでも仕方ないよね。
――よし!
――いくよ!
「異世界に行けなくてもゴメンなさい。えーと。あの……歌いますー!」
せっかくだし、思い切り笑顔でいこう。
『旗をふって進もう~旗を振って進もう~、大事なにもつを届けるために~』
向こうの歌っていったら、やっぱりこれだよね。
マイクを片手に軽くステップ。
運送ギルドの旗は無いから……。
代わりに、もう片方の手で聖剣ちゃんを大きく左右にふってみた。
「まかせてピョン!」
刀身から星のかけらのような光がこぼれおちてくる。
「おお、これが異世界の言葉なのか! 神秘的だぜ!!」
「歌詞の意味はわからないけど、なんて美しい曲なんだ……」
「オレにはわかるぞ。これはきっと心躍る恋の歌だ!」
「「「なるほど、それだ!!」」」
ええええ?
運送ギルドのテーマ曲なんだけどなぁ。
『真心こめてどこまでも~、幸せを届けるために~、あの山こえて谷こえて~』
私の周りには自称ロイヤルガードさんたちがいて、カッコよさげな決めポーズを連発しているし。
観客席ではみんな思い思いにペンライトを揺らしながら踊っている。
みんなすごく楽しそう。
この感覚。
すごく懐かしい……ような……気もするんだけど。
なんだっけ……?
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