第91話 動き出した運命


<<元勇者目線>>


 おだやかな午後のひと時。

 オレは丘の上に寝そべって、のんびり空を眺めていた。

 草と土の匂いと、澄んだ空気が心地良い。


 大きく伸びをすると、重くなっていくまぶたをゆっくりと閉じる。

 気持ちいいなぁ……。

 ずっとこうしていたいな……。

 

 まどろみの中で、とても甘い香りが風に運ばれくるのに気づいた。

 なんだろうこれ?

 まるで花畑の真ん中にいるような、でも……どこか知っている心地よさだな。  


「勇者様、こんなところにいたんですか? みんな探してたんですよ?」


 鈴のような可愛らしい声が耳に届く。

 目を開くと、ゲームのヒロインのような少女が、はにかんでほほ笑んでいる。


 桃色の髪が草原の風に吹かれてふわりと揺れていて。


 ……すごく……キレイだ。

 ……いやでも……彼女は……。


「もー。勇者様、どうしたんですか?」

「……ショコラ……だよな?」

「え、そうですけど?」


 大きな目を見開いて、きょとんとした表情をしている。


「ショコラ。オレはお前をパーティーから追放して……」

「え? 追放されるんですか、私?!」

「いや……もうそんなつもりは……ない……さ」

「はぁー。ビックリしたじゃないですかぁ」


 彼女は両手を胸にあてて大きく息を吐きだすと、両目を閉じた。

 その仕草の一つ一つが愛らしくて……。


 まずい。

 思わず、この両手で抱きしめたくなる。

 あせるなオレ。

 そんなことをしたら、前と同じことになってしまうじゃないか!


 ……ん?

 ……いやいや、待ってくれ。


 なんで目の前に、あのショコラがいるんだ?


「お前さ、魔王領の主で勇者なんだよな? なんでこんなところに……」


 それに考えてみたら、こんな場所にいるのもおかしい。

 なんで草原なんかにいるんだよ。

 

 王国のやつらに騙されて……地下牢にいたはずだよな。


「……あの、勇者様? ひょっとして寝ぼけてます?」


 片手を口の前にあててクスリと笑う彼女。


「でも私が勇者だったら、もっと勇者様のお役に立てるのになぁ」

「へ? なにそれ」

「だから、勇者様のお役に立つ勇者に……あれ?」

「ぷっ……なんだよそれ」


 思わず笑みがこぼれる。


「失敗、今のは全部無しです!!」


 今度は顔を真っ赤にして、両手をぶんぶんふっている。

 なんだこのカワイイ生き物。

 仕草が、別の少女の思い出と重なる。


 姿は全く似ていないのに……何だろう。

 どうしても制服姿の黒髪の少女が、頭に浮かんでくる。


 誰だったか……。

 確か……あの子は……前世の……。


 もう会うことも出来ない、オレの大切な思い出。 


「えーとですね。戦えなくても料理とか荷物運びは頑張りますからね!」

「いやいや。調教師テイマーなんだから、テイムした魔獣たちが戦えるだろ?」

「……魔獣? この子達は、普通の動物ですよ?」


 ショコラは不思議そうな表情をして、後ろを振り返った。


 しゃがみこんでリラックスしている、黒い仔馬。

 彼女の視線に気づいて、足元にすりよる白い狼。

 青い空に、大きな赤い鳥が旋回してるのも見える。


 ――なんともほのぼのとした景色。

 ――まるで絵本の世界だ。


 どうみてもさ。

 ナイトメアやら雪狼やらフェニックスには見えないんだが。


「それより、みんな呼んでましたよ? 冒険の準備が出来ましたよーって」

「……冒険って?」

「今から伝説の盾を手に入れるんですよね?」

「それは魔王を倒すためのアイテムだったはずだけど」

「だから探しに行くんですよね?」

 

 どうなってるんだ。

 まるで時間が巻き戻ったみたいだ。


 まさか……これも転生特典……なのか?


「ちょっと、なにお姉さまと二人っきりになってるのよ!」

「さぁ、先に進むぞ、勇者よ!」

「ダンジョンの場所は、賢者の私が把握済みですので、ご安心を」

「……必要な荷物はまとめて……おきましたので……」


 ツンデレなちびっこ魔法使い、ダリア。

 勇敢な戦士、ごついおっさんのベルガルト。

 勇者を導く者、イケメン賢者アレス。

 聖剣の守り手、銀髪の美女シェラ。


 ああ……。

 懐かしいこの空気……。

 オレの大切な仲間たちだ。


「ショコラ、頬をつねってもらってもいいか?」

「ええええ? なんでです?」

「いいからさ」 


 彼女の手が、そっとオレの頬に触れる。

 くすぐったくて……温かい。


「あの……勇者様……どうですか?」

「あ……ああ」


 オレは彼女の手を両手で優しく包む。


「あの、ゆ……勇者様?」

「ありがとう、ショコラ」


 頬を真っ赤に染めてうつむく彼女を見つめながら、オレは魅了チャームのスキルを発動させた。

 

 ……。


 …………。


 あはは。

 あはははははは!!


 きた! きたぞコレ!!

 お約束の異世界転生特典!


 失敗してもやり直して最強チートプレイってやつだな!!

 

 なにせ今までの事は全部おぼえてる。

 今度は失敗はしない。

 

 まずこの聖剣、実はショコラの物だっけか?

 彼女を追放せずに、このまま剣の力を使わせてもらう。

 

 グランデル王国は……そうだな。魔王に与した証拠をでっちあげて、滅ぼしてしまうか。

 公爵令嬢カトレア……あと国王とイケメン王子……無能な貴族たち……あれは死刑だな。

 王女ミルフィナはオレがもらっておこう。

 

 ショコラ、ダリア、シェラには魅了チャームをかけまくってやる。

 前回よりも大量に確実に仕留めてやるさ。

 オレ無しでは生きていけないくらいに……恋に溺れさせて……ああ楽しみだ。


 そして夢の異世界ハーレムを必ず作り上げる!! 

 たまらないな。

 

 ショコラの桃色の髪も、可愛らしい瞳も唇も。

 ダリアの生意気そうな表情がデレる表情も。

 シェラの美しい銀髪も、大きな胸のふくらみも。

 ミルフィナ王女の輝くような気品ある姿も。


 ――全て全てだ。

 ――今度こそ、全てがオレのモノだ!!


「あははは。やはりアナタは、私の見込み通りの方のようですね」


 突然、目の前でうつむいていたショコラが笑い出した。

 どうしたんだ?

 

 確かに彼女の声だったのに……。

 口調が……顔の表情が……違いすぎる。

 

「お前……誰だよ?」

「アナタの愛しのショコラちゃんでしょ?」

「ショコラは、そんな話し方はしない!」

「あらあら、せっかくいい夢をみさせてあげたのに」


 なんだこの……押しつぶされそうな感覚は!

 身体中から嫌な汗が噴き出てくる。

 自分の両手を見ると、いつのまにか小刻みに震えている。


「合格よ。いいわ、選ばせてあげる。このまま地下牢で死刑を待つか、元の世界に戻るか……」


 ショコラの姿をした彼女は、いつのまにか知らない女性の姿になっていた。


「……戻れるのか?」

「それとも、この世界でラスボス・・・・になって暴れるか……ね」

「ラスボスだと?」

「そう。この世界にとって最強最悪の存在になれるのよ。素敵よね」


 ウェーブのかかった長い金色の髪。

 緑色の美しい瞳。

 背中には大きな白い羽。


 一体なんなんだよ……こいつ……。


「ふざけるな、オレは選ばれた転生者だぞ! せっかく異世界に来たんだ。夢のハーレム生活を作るまで帰れるか!」

「あはは、さすがね。欲望に忠実な魂……それでこそラスボスにふさわしいわ」


 彼女が祈るようなポーズで両手を胸の前に組むと、金色の光があふれ出した。

 うぉ、なんだこれ。

 眩しくて目を開けていられない。 



「選ぶのはアナタよ。さぁ、どんな選択をするのかしら?」

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