第90話 追放テイマーと異世界への憧れ


 刑事さんと春ちゃん先生、そして私を乗せた車は知らない景色をどんどん進んでいく。


 なんだろうこれ。

 だまされたってことは分かるんだけど。


 ノー!

 ノーだよ!


 おもわず、頭を抱えこんだ。

 ホントはそのまましゃがみたかったけど、シートベルトが邪魔でそれも出来ないし。

 その前に車の中だし。


 ――刑事さんと先生が、私を誘拐?

 ――意味がわからないよぉ。


「いやねぇ、そんな顔しないでよ、お姫様。アナタにとっても悪い話じゃないよの?」

「春ちゃん先生、なんでこんなことを!?」

「うふふ、それはアナタが……あ。もうつくわね」


 ガラス越しに見えるのは、寂れた工場のような場所。

 

「到着っす。ここで乗り換えるっすよ」

「乗り換えって?」

「だって、これ警察の車よ? すぐにバレちゃうじゃない」

「バレるって……」


 春ちゃん先生が、手に持っていたカギのようなものをベルトの根元に差し込んだ。


「ご主人様、今だピョン!」

「うん!!」


 ベルトが外れた瞬間、聖剣ちゃんを抱きしめて勢いよく外に飛び出した。


 地面に転がるのを覚悟したつもりなんだけど。

 なにこれ。

 宙に……浮いてる?


 私はふわっと空中で一回転した後、地面に着地した。

 まるで体操選手みたい。


「……これって、聖剣ちゃんの力?」

「そうだピョン。勇者の能力を向上させるピョン!」


 この世界で能力なんて使えるの?

 と、とにかく。

 今は逃げないと。


「す、すごいっす。ほら、やっぱり姫様じゃなくて勇者っすよ!」

「そうかしら? お姫様だって剣を使えるんじゃない?」


 後ろで何かもめてるような声がするけど、気にしてる場合じゃないよね。

 まず、安全なところに身を隠して。

 聖剣ちゃんを使って、警察に……。


 そういえば、鈴木さんって刑事なんだよね。

 警察に電話しても……信じてもらえるかな……。

 うーん……。


 走りながら聖剣ちゃんに声をかける。


「ねぇ、エリエル様と話せるかな?」

「えー……あの偉そうな女神に……ですか……」


 ちょっとちょっと、聖剣ちゃん?

 エリエル様が作ったんだよね? 生みの親なんだよね?


「……まぁ、ご主人様が望むならつなぐピョン」

「お願い!」

「わかったピョン!」


 聖剣ちゃんが鞘から抜けて、私の手に飛び込んできた。

 

 ――うわぁぁぁ。

 

 危ないから!! 危ないから!! 

 剣が飛んでくるとか普通に危ないから!!

 刺さったら死んじゃうから!!!


「聖剣ちゃん! 安全な場所についてからお願い!!」

「もうつないだピョン!!」


 刀身が金色にキラキラ光っている。

  

「なになに、さっそく何かあったの?」

「なんで嬉しそうな声なんですか?!」


 女神様の弾むような声が聞こえてくる。

 剣先に嬉しそうな笑顔も映し出された。


「偉大な女神を置いていったからよ。今度から先輩をあがめなさいよね」

「だから、先輩ってなんなんですかぁー」

「先輩は先輩よ」

「じゃなくって、えっと、大変なんです! 刑事の鈴木さんと春ちゃん先生が仲間みたいで、私誘拐されてて……」

「ちょっとなにそれ。うけるんですけど!」


 画面の中のエリエル様はお腹をおさえて大笑いしている。


「笑い事じゃないんですけど!」


 いけない。

 思わず叫んで立ち止まりそうになった。


「まぁ、聖剣の位置情報で、ショコラちゃんの場所はわかったわ。迎えに行くから待っててよ!」

「お願いします!」


 しゃべりながら走ってるんだけど、あんまり息があがったりしてないみたい。

 この工場ってさ。

 色んなところに荷物が積んであって、まるで迷路みたいなんだけど。

 その間をすごい勢いで駆け抜けていく。


 頭の中に、マンガみたいなセリフが浮かんでくる。

 『まるで風になってる』みたいな。

 

 勇者の能力、なにげやばいよ。


 ……。


 ……。


 出口は、えーと……えーと……。

 

 目の前に、高い壁が切れてる場所が見えてきた。

 見えた!!

 あれ、工場の出口だ!!


 門はしまってるけど、今の身軽さならたぶん飛び越えられる。

 勢いをつけてと……よし!


「お待ちください、姫様!」


 飛び越えようとした瞬間、近くにあった建物の影から声をかけられた。


 ――今の声、誰?


 って。

 ジャンプしようとしてたから、バランスを崩してそのまま地面にぶつかりそうになる。


「わわわわ」

「危ないピョン!」

 

 体が光に包まれて、地面にポヨンポヨンと着地した。


 ……すごい。

 ……勇者スキル、チートすぎませんか。



**********


「身体が光った……」

「おお、さすがは姫……」

「美しい……」

「やっぱり異世界転生者……」


 目の前に現れたのは、4人の男の人。

 え? 全然見覚えないんですけど?

 

 それに恰好がすごく変わってる。

 

 長いマントにオシャレな鎧風の衣装。

 髪の色も緑だったり金色だったり。

 まるでね、ゲーム中のキャラクターみたい。

 

 ……あれ?

 ……ここ日本だよね?


「初めまして、姫。どうか剣をお納めください」

「……え? あ、はい」


 危ない。私今、剣をもった状態で走ってたんだった。

 すごい危険人物じゃん!!

 慌てて聖剣ちゃんを鞘に納める。


 彼らは、全員が大きくうなずくと、私の前で一列に整列した。 


「私たちは……」


「アナタの心をハートでキャッチ! 赤い剣聖グラフニードル!」

「素敵な笑顔と安らぎをあなたに。緑の魔法戦士セラフィーユ!」

「今日の出会いは運命だよ。黒の精霊剣レーベルト!」

「オレは甘くないよ、でも君だけは特別さ。青の双剣ガディウス!」


 ……え?


 みんなすごいドヤ顔。

 両手を広げてたり、顔の前で手をひろげてたり。大きく体が反り返ってたり。

 これってもしかして、決めポーズっていうやつなのかな。

 

 ……ヒナちゃんが好きな戦隊ものみたい。


「はぁはぁ、やっと追いついたわ。水沢さん早すぎよ」

「すげえっす。異世界転移者ってみんなこんな感じなんっすか?」


 鈴木さんと春ちゃん先生が、息を切らせながら追いついてきた。


「心配しなくて平気よ、この人たちは単にコスプレイヤーよ」


「ふっ。今はそうだが。異世界転移した折には、姫を守りしロイヤルガードとなる者!」

「その通り!」

「我らこそが、正義の剣なり!」

「世界の闇を共に打ち払いましょうぞ!」


 えーと?

 なりきりコスみたいな感じなのかな。


 でも、今はっきり『異世界転移』って……。


「あの、みなさん。異世界って何の話ですか?」 

「うふふ、こんなの見たら、誰だって信じるわよ」


 先生は、スマホを取り出すと画像を再生する。


 制服姿の女の子が光の柱の中でふわふわと浮かんでいる。

 これ、ヒナちゃんに見せてもらった、私が異世界に行った時の映像だ。


 ちょっと!

 ホントにスカートがヒラヒラ持ち上がってて、見えそうなんだってば!!

 

「……ね? そしてお姫様の恰好をして帰ってきた。どう考えても異世界に行ってきたのよね?」

「警察の上層部でも、異世界派とありえない派と意見が割れて頭を抱えてるっすよ」

「覚えてないですけど、と、特撮とかじゃないですか?」

「そんな意見もあったっすけど、姫の着ていた服と目撃者の多さを説明できないっすよね?」

「ちなみに、私も目撃者の一人なのよ? 水沢さん?」


 春ちゃん先生が、スマホを再生したまま笑顔で近づいてくる。

 なんだか怖い……。


「ねぇ、水沢さん? ……本当は全部覚えてるのよね?」

「先生も鈴木さんも、異世界って、一体何の話をしてるんですか?!」

「うふふ。光る剣を携えて、あんな風に飛ぶように走ってたのに……説得力がないわよ?」

「そうっすよ。美しくて最高に感動したっす!」

「それは……」


 女神様。

 これ以上ナイショとか無理じゃないかな?


 私だってこんなの見たら……信じると思うし。


 なにこの状況。

 ノー!

 ノーだよ!!


「姫を困らせるな、邪悪な公務員どもめ!」

「我らロイヤルガードが相手になるぞ!」

「すべては姫の為に!」

「姫、無事守り切ったあかつきには、我らも共に異世界へ!」


 頭を抱えてしゃがみ込んだ私の前に、四人のコスプレイヤーのお兄さんたちが庇うように立ちふさがる。

 ちらっと見たら、剣を構えてるんだけど、それコス用のおもちゃ……ですよね?

 本物じゃないですよね?

  

「別に困らせてないっす。仲間割れはやめるっすよ」 

「ねぇ、これ鈴木さんが主催者よ? 彼が警察の情報を流してくれなかったら、みんな確証とれなかったでしょ?」


 ……え?

 ……鈴木さん刑事なのに、なんでそんなこと……。


「くっ……卑怯な……」

「姫、惑わされてはなりませんぞ!」

「ここは、我らにお任せを!」


 鈴木さんは両手を広げて、大きなため息をついた。


「オレは異世界に行きたいだけっす。みんなも同じっすよね?」


 彼のセリフに、全員が大きくうなずいた。


 異世界に行くって?

 私も帰り方わからないのに?

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