第89話 私のお姫様


「よかった、よかったよぉ……リコぉ……」


 なんだかまだ、彼女の可愛らしい声が残っている気がする。

 待ち受けには二人で撮った笑顔の写真。


 頬の涙をぬぐった後、思わずスマホを抱きしめた。


 ……夢じゃない。

 ……帰ってきたんだ。


 今すぐに彼女の家に向かいたい衝動を、ギリギリのところで抑え込む。

 

 あはは。ううん、抑え込んでないか。

 もうすでに彼女の家までのルートを思い浮かべてるし。

 玄関に向かってるし。


 なんなら、スニーカー今履いたし。


『……ね。もしもだけどさ。私が異世界で生活してたって言ったら……どう思う?』


 どう思うって。

 そんなの決まってるよ、リコ。

 今度こそ、どんなことがあってもついていくよ。


 ――私がアナタを守るんだから。


 ん?

 手に持っていたスマホがピカピカと点滅している?


『もう、ヒナちゃん。どうせ今頃靴履いてるころでしょ。暗くてあぶないから絶対ダメだよ!』


 ……あはは。

 

 おもわず、笑いがこみあげてきて、その玄関の壁によりかかる。

 さすが幼馴染みだわ。

 私の行動、よーくわかってるよね。


 大切な大切な、親友のリコ。


 私の……お姫さま。



**********


 小さな頃から。

 人形遊びやおままごとより、外で遊ぶ方が好きだった。


 中でも一番のお気に入りはヒーローごっこ。

 

 男の子たちにまじって、幼稚園の砂場で大暴れしたり。

 カーテンや毛布を背中にまいてマント替わりにしたり。


 だってさ。

 私の憧れは、強くてカッコいい正義の味方だったから。


 まぁ、そんな私だったから。

 女の子の友達なんて一人もいなかった。

 別に疑問に思ったこともないし、特に気にもしてなかったんだけどね。


 部屋に戻った私は、本棚のアルバムに手を伸ばした。

 のちの大親友、水沢みずさわ莉子りこに会ったのはそんな時。

 幼稚園児にして色々こじらせてる頃だった。


 あはは、思い出すなぁ……。



 ――――。


「とうぅ! そこまでだイジメっこ!」

「うるせぇな、男女やろう!」

「ヒナだよ! ちゃんとおぼえとけバカ!」


 目の前にはいじめっ子の男の子。

 後ろには、おままごとをしていた女の子たち。


 こいつ、女の子の手を乱暴につかもうとしてたんだよ。


 弱いものいじめは見逃せない!

 だって私は、正義の味方だからね!!


「この子はイヤがってるぞ!」

「おまえ、かんけいないだろ!」

「ちょっと……」

 

 あー、この子知ってる。

 となりのウサギさんクラスの女の子。


 近くで見るのは初めてなんだけど……。

 

 大きな瞳。

 もも色の可愛らし頬。

 やわらかそうな黒くて長い髪。


 ……びっくりしたぁ。

 ……お人形さんみたい!


 なんだかお菓子みたいな甘くておいしそうな匂いもするし。


 うわわぁぁぁぁぁ。

 なにこれ。

 なにこれ……。

 

 テレビで大好きな番組を見てる時みたいに、心臓がドキドキいっている。

 今の私って、私ってばさ。

 カワイイお姫さまを助ける、正義のヒーロだ!


「お前……なにぼーっとしてるんだよ」 

「う、うるさい! 女の子にらんぼうするな! セイギの味方がゆるさないぞ!」

「うっせぇ、なんだよそれ!」


 女の子をつかんでいた手が、今度は私にむかってきた。


「カイジンめ、悪は許さないぞ!」

「だれがカイジンだよ!」


 こうなったら。

 セイギのパンチでおもいきりこらしめてやる!

 いくぞー!!


「ヒーローパンチをうけてみろ!」

「はっ、泣くなよ、男女!」

「二人ともダメ!」


 わわわわ。

 私といじめっ子の腕を、小さくてあたたかい手がひっぱった。

 あぶない、今ころぶとこだったよ。


「……な、なんだよお前!」

「ころびそうになったよ!」

「うーんと。それじゃあ、アナタがパパ役ね。で、アナタが新しいママ!!」


 ……。


 …………え?


 ちょっとちょっと。

 どういうことなのさ!!

 今、ヒーローの私が守ってあげようとしてるのに!!


「リコちゃん。その子たちあぶないよぉ。こわいよぉ」

「にげようよぉ」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。新しいおともだちだよ!」


 その笑顔に、おもわずみとれてしまう。

 やっぱりこの子……絵本のお姫さまそっくり。


「はぁ、ちょっとまてよ。オレがおままごとなんてするわけ……」

「そ、そうだよ。こいつワタシがタイジするから!」

「なぁ……ホントに……オレもいいのか?」


 えええええ?!

 こいつもおままごと、するの?


 ……ヘンなの。


 さっきから顔もリンゴみたいに真っ赤だしさ。

 リンゴカイジン……。


「ほら、二人ともこっちこっち」

「おう! オレがパパだ!」

「ちょっとカイジンのくせに。ママ……せ、セイギの味方のママだからね!」


 ――あれ?

 ――なんだか私の手、ゆれてない?


 あらためて、自分の手を見てわかった。

 私じゃなくて、お姫さまの手がふるえてるんだ。

 よく見ると目にもすこし涙が光ってるみたい。


 もしかして。こわかったのに、みんなを守ったの?

 すごい。

 勇敢なお姫様さま。

 

 ウサギの名札をみたら、『りこ』の大きな文字。

 りこちゃん……。

 りこちゃん……かぁ。


「えと、ヒナちゃん。こっち座ってー」

「うん。あ、ありがとう、リコちゃん」


 

**********


 あれから。

 小学校に入っても、ずっとリコと一緒だった。

 リコとはいつも一緒で、あの優しさと強さにずっと憧れてて。


 中学の頃には、その気持ちが友情だけじゃないって気づいた。

 気づいちゃったんだよねぇ……。


 はぁぁぁ。

 スマホを見ながら、大きなため息をつく。


 だってさ、こんなの無理だよ。


 ――もう可愛すぎなんだよ、リコ。


 少しはにかむ笑顔も。

 やわらかそうなよく動く唇も。

 いつも一生懸命なとこも。

 すごく友達思いなとこも。

 さりげない気づかいなとこも。  


 全部全部……もうどうしようもないくらい大好き。

 何度も悩んだよ。

 自分が男の子だったらって、何度も思った。

 でも……それでも。

 

 せめて彼女を守りたい。

 リコにとってのヒーローでいたい。

 一緒に……いたいよぉ。


 

 机の前にまだ貼ってある、二人で書いた高校受験の時の祈願。

 

 『絶対一緒に合格するぞっ!!』の大きな文字。


 リコは文字まで可愛いんだよね。

 これのおかげで、先生にも絶対無理って言われた学校にも入れたんだよね。


 だから……だからさ。

 もし今度、異世界なんて場所だったとしても……。

 ついていくからね。


 必ず私が守るんだから。

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